2020年2月11日午後2時から石垣市大川の結い心センターで「第1回多文化交流ゆんたく会」が石垣市主催で開催された。
昨今、石垣島に在住する外国人の増加は加速化傾向で、建設現場、第一次産業、観光現場での人手不足から、外国人研修生も飛躍的に増えている。
これに伴い、石垣市平和協働推進課が今回第1回目となる多文化交流ゆんたく会を開催し、この日は9名の外国人と市民17人が集まった。
冒頭、玻座真保幸課長が挨拶で、この会の目的を「言葉・暮らし・文化などで悩みがある場合、市民や移住歴の長い人と友達になれれば相談にものってもらえるようになる。そんな石垣在住の外国人と市民との交流をねらってのイベントである」と述べた。
また石垣島が合衆国といわれることも紹介して、いろんなところから人が集まっていることを指摘。
皆が安心して、幸せに暮らせるようにするには、どうすればいいか、考えていきたいと玻座真氏は述べていた。
実際、石垣島は八重山の各離島の出身者が多く、また島の字ごとにも方言に違いがあるほど互いの島や字の文化の違いを尊重する傾向がある。
また、北部には沖縄本島・宮古島からの移民の集落が多数あり、戦前に台湾から帰化した子孫も続いていて、文化の違いを認める素養が備わっている。
県外からの移住者も年々増えており、よそ者意識や文化の押しつけが島外より少なく、多様性を受け入れる傾向から、石垣島は合衆国と言われる理由もそこにある。
各文化の理解を深めることができれば、互いの違いも親しみやすいものとなる。今回、時勢に沿って平和協働推進課が始動させたこの取り組みは、石垣島の特性を上手に引き出せれば、多文化渦巻く島の中でも、良い関係で暮らせることになる。
この日、会は参加者の自己紹介からはじまり、みんなリラックスして出身地を披露しながら挨拶。
その後、ゆんたくタイムとなって、お菓子を食べながらゆったりと賑やかに楽しい時間を過ごした。
台湾・シンガポール・フィリピン・インドネシア・中国・韓国と、近隣アジアからの外国人に、市民は地元出身だけでなく、本土からの移住者、ヨーロッパ諸外国を巡った経験者など多彩な人が集まり、会場はほとんど初対面にもかかわらず打ち解けて大いに盛り上がっていた。
会半ばでは、結婚して島に来て25年になるシンガポール出身の伊良皆シティさんが立ち上がって、日本語の学習に苦労した経験を話し、多文化の共生の難しさを指摘。
助けになった日本語学習会(平和協働推進課主催)とボランティア指導員の上原里紀子さんを紹介した。また、「やさしい日本語を話してほしい」、「筆談も難しい漢字をいれないでほしい」と、おどけながら要望も添えて会場を沸かせた。
同様に25年暮らす金城アニータさんも伊良皆さんの隣で、言葉で苦労した話を披露しながら、話せば分かり合えた経験を述べ、「石垣は住みやすいです」と島の良さをアピール。
「わかりやすい日本語だと通じるので、わかりやすい日本語を話す場として日本語学習会へ参加してください」と会への参加を誘っていた。
続いて台湾からの黄郁絲さんも、二人に比べると島に来て短いが、漢字があるので言葉では障害が少なかったことを紹介した。
夫が島に20年以上住んでいるので多くの友人を紹介してくれてラッキーだったと述べ、「周囲にいる人は県外から来た人が多いようで、皆、外国人ぽいですね」と笑顔で話していた。
黄さんは石垣島の合衆国的特質を実感しているようで、玻座真課長も黄さんの「8年間住んで一度もイジメに遭わなかった」という声に、大いに喜んでいた。
インドネシアから来たアナスタツァ・アファリァさんは、「楽しい時間を過ごせた」と、会に参加できたことを喜んでいた。
また、ボランティアで日本語学習会の指導をする上原さんは、元八重山商工高校の国語教師。定年前に退職して外国人の日本語指導に取り組んできた。
外国人との会話のコツを聞くと、外国人にしても日本人にしても「まず、声をかけること」と、最初にきっかけを自分でつくることが大切だと述べていた。
この日、同推進課の石嶺真実職員からからは外国人の島居住者について発表があり、昨年12月時点で、48か国・634名いることが述べられ、もっとも多いのがベトナム人で174名とのこと。
次いでインドネシア76人、中国68人、台湾57人、韓国53人、フィリピン52人の順で、2014年はゼロだったベトナム人がこの5年間で174人になり、同時に各国からの人も増えている。
それを受けて同推進課の大川みさこさんは、「こういう場を設けて、いろんな国の人からいろんな話を聞きながら、市役所が手助けできることがあればやっていきたいという思いからこの会をはじめました」と、会の趣旨を述べた。
なお次回は2020年3月18日の午後2時~4時、市役所2階の第2会議室で開催が予定されている。
(流杉一行)