前津栄信さん(82)に電話を入れたら、いま畑にいる、テングノハナが満開だから見にいらっしゃい、と言う。これは日本では石垣島にしかない花だ、と。えっ? すぐに車を飛ばした。
連絡したのは『月刊やいま』11月号を届けようと思ったから。特集「やーぬまーる座談会・網取」に出てくる植物の方言名の、その和名調べでお世話になった。これまでも植物のことでわからないことが出てくるとたびたび教えを乞うてきた。
校長を定年退職後、NPO花と緑の石垣島代表、薬草・ハーブ文化をはぐくむ会会長、石垣市文化財審議会委員長、石垣市文化協会会長などを歴任した偉い方なのだが、気さくに懇切丁寧に教えてくださる。ありがたい。
テングノハナというから、ヤツデのような葉をもった天狗の鼻のようなでっかい花? ところが想像とはまったく違って、…とても可憐な花だった。
「花は3月から5月、10月から12月と、年に2回咲く。これまで文献では年に1回7月から8月に咲くとされていたけど、しかし違う」と。
じつは年2回の開花を初めて確認したのはなんと前津さんだった。
日本植物分類学会誌『分類』第15巻2号(2015年10月14日)に早川宗志・楠本良延・西田智子・前津栄信「石垣島産テングノハナ(ハスノハギリ科)の花期と系統的背景」という文章がある。概ね以下のような内容。
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日本では沖縄県石垣島のみに分布する絶滅危惧種テングノハナ(フィリピン、台湾南部にも分布)は常緑の藤本(多年生の木質の茎をもつ、つる性植物)である。葉柄で他物にからみつき、和名は果実の翼を天狗の鼻に見立てたことに由来する。
大井(1937)による石垣島における発見報告以降、石垣島には3か所の自生地が知られていたが、現在は1か所のみである(2006)。
前津は、石垣島の海岸林において本種を発見後、系統保存のために挿し木(2004年)繁殖と種子繁殖を行ってきており、挿し木個体は春と秋の2度開花することを観察(日の出に花を咲かせ正午前に花を閉じる)している(2007年~8年間)。
石垣島産テングノハナは、台湾産と花期が異なり、フィリピン産と系統的に異なることから、固有の系統群である可能性が示唆された。(要旨)
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テングノハナを挿し木から殖やした前津さんは、2014年9月には苗112鉢を石垣市教育委員会に寄贈した。「群がって咲いて、花はキレイだし、日本では石垣島にしかない貴重種だから各学校へ配って繁殖させてくださいとお願いした」と。
前津さんの畑には、花が香水の原料になるというイランイランノキ、食紅の原料になるベニノキ、在来マンゴー、オオニンジンボク、タシロマメノキ、ヤエヤマネムノキなど珍しい植物や薬草などがいっぱい。
ところで、どうして植物を?
「3つぐらいの時から僕はじいさんの後について畑に行っていたずらばかりしていたけど、5歳の頃には馬を貰った。草をやったりして、そのときの自然との触れ合いが大きかったかもしれませんな。中学校の時は山羊を12頭養っていました」
「教員養成講習会を受けるときに、音楽、職業科、理科があって、もちろん理科を選んだ。教員になったら、子どもたちからコレ何?といろいろ聞かれる。子どもたちに信頼される教師になるために、自分で植物を採集してきて図鑑を調べたりした」
「植物は面白い。自分で栄養をつくるためには光を受けなくちゃいかん。光を受けるために上に行かないといけない。アサガオなどは蔓で巻いて上がる。ウリ科の植物は巻きひげでほかの物に絡まって上がる、棘で上がるものもある。そういう自然の不思議などを子どもたちに話すんですよ」
理科研究会設立に関わり、少年科学展を始め、「教員時代に理科教育を粉骨砕身やってきたと自負しています。退職してもそれがずーっと続いているんですね」と言う。
最近は顧問・相談役というかたちでさまざまな団体と関わっていらっしゃるが、薬草めぐりの案内をしたり講演をお願いされたり、相変わらずお忙しそう。
「テングノハナのような珍しい植物を集めて、保護して、知らしめ、みんなで誇りをもって育てていけたらと思いますね」