7月3日午後2時から石垣市新川舟蔵にある慰霊碑の前で、尖閣列島戦時遭難死没者慰霊祭が開催され、約40名が慰霊碑の前で哀悼の誠を尽くしていた。
桃林寺住職の小林昌道住職の読経が終わると次々に、遺族会会長、生還者、来賓、参列者が焼香に立ち、線香を炊いて手を合わせ、冥福を祈った。
このあと、玻名城健雄遺族会副会長が式辞を述べ、昨年亡くなった慶田城用武遺族会前会長を悼むとともに、生前の尽力を高く評価して、亡き後も会の存続・継承をしっかりしたい旨を語っていた。
このあと、いつもは生還者による講話がおこなわれてきたが、今回は、生還者の現在を前野愛子さんが報告して、生還者の高齢化および鬼籍に入る人が増えており、今も生存する人は11名と、なったことを報告。ひとりひとりの状況を語っていた。
この日、参列すること3回目の知名克昇さん(58)(登野城在住)は、父親の先妻である義母知名チヨさんとその義姉二人ヨネ子さんと清子さんと義兄定次の4名が被災して慰霊碑に刻まれている。
知名さん自身は、30数年那覇で暮らしてきて、3年前、石垣に戻り、慰霊祭にも参列。戦争の悲惨さを伝えるためにも、「今後も毎年参列したい」と、慰霊祭に寄せる思いを告げていた。
(流杉一行)
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