尖閣諸島開拓の日式典

 1月14日は尖閣諸島開拓の日。石垣市民会館中ホールで午後3時から尖閣諸島開拓の日式典が開催された。

 2010年12月20日に尖閣諸島開拓の日を定める条例ができてより、2011年から続けられている尖閣諸島開拓の日。

 これは、明治28年(西暦1895年)1月14日に尖閣諸島が日本領土に編入され、沖縄県の所管となることが閣議決定されたことから、石垣市が制定。あれから13年目の式典が開催された。

 当初、石垣市役所が案内した記者クラブでの連絡の式次第には、県知事の挨拶以外、島外からの参加者が載っておらず、コロナ禍や台中の火種の深刻さからのさみしい開催なのかと思われたが、当日に自民党の西銘恒三郎衆議院議員、立憲民主党の原口一博衆議院議員、日本維新の会の鈴木宗男参議院議員、国民民主党の棒葉賀津也(しんばかずや)参議院議員、NHK党の浜田聡参議院議員、内閣官房領土・主権対策企画調整室長の渡部良一内閣審議官が参加。会場には120人を越す人が集まった。

 式辞で中山義隆石垣市長は、1884年の古賀辰四郎氏の探検調査等を経て、1895年1月14日に日本の領土に編入され、沖縄県の所管とすることが閣議決定されました。その後、八重山郡大浜間切り登野城村に編入され、1909年に開拓者の古賀氏に因んだ古賀村として、最盛期には99戸、248人が羽毛の採取、漁業、鰹節製造など事業が展開されており、紛れなく日本の固有の領土としての歴史的事実があります」と述べ、「国連機関による東シナ海の海底調査から石油の埋蔵が発表されると、中国政府は尖閣諸島に関する独自な主張をはじめた」として、「中国公船による領海侵入は常態化しており、日本漁船への接近も多発している。昨年の海警局による領海侵犯は延べ103隻、接続水域での確認日数は336日になっている」と述べ、昨年政府は昨年12月に、関連機関との連携強化や基盤整備を通じ、海上保安能力を高めることを主軸とした海上保安能力強化の指針を定めたと述べていた。

 また、石垣市が取り組むSDGs未来都市の一貫として、また石垣市海洋計画の実行の一貫として、昨年1月31日から2月1日にかけて石垣市周辺海域実態調査を実施し、尖閣調査の視察をしたことを述べ、やぎの被害の深刻さを公表し、早急な再確認が必要と述べていた。そして、尖閣諸島の海域調査は今年度も同調査の実施にむけ準備を進めているとも述べ、同調査は周辺海域の環境保全と漁業者を含めた利活用に期すると、意義にも触れていた。

 また尖閣情報を多くの人に知ってもらうために令和3年12月に石垣市尖閣諸島情報発信センターを石垣港離島ターミナル2階に設置したことにも触れていた。

 3年ぶりの通常開催となり、講演があることを付け加えていた。

 来賓祝辞と島外から参加した各党からの出席者のあいさつがあったと、ビデオ上映でなかなか見られない尖閣映像を堪能してから講演会がおこなわれた。

 東海大学・島根県立大学の客員教授の下條正男氏による講演は「尖閣諸島が中国領ではない理由」と題し行われた。

  下條氏は冒頭、「国会議員の先生方にお勉強してもらいたいのは、日本の領土問題は竹島と北方領土しかないといわれたが、尖閣諸島は外交問題であり、政治問題であり、同じレベルなんです。それをわけて、尖閣は領土問題ではないから大丈夫という発想は、是非やめていただきたい」と、くぎを刺して、これまでの領土問題なしのワンパターン調の話から一転しての新たな論調に、会場は真剣な空気に包まれていた。

 まず、下條氏は、歴史的に尖閣諸島が中国のものか日本のものかを、歴史的に明らかにしていないと指摘。そして、竹島の様子の写真と尖閣諸島の写真を見せ、不法占拠をする竹島に韓国の接岸施設があり、ヘリポートがあり、40人の警備隊が常駐し、灯台守が3人いることを述べ、不法占拠の姿であり、尖閣にはそんな施設がないことを見せて、不法占拠の島と実効支配する島との違いを見せた。

 写真を並べて見ることで、韓国がこうしてまで、自国領にしたがっている所業が、そのまま克明に示され、いわば自国領ではない姿を晒していることになる。という意味と思われる。

 そして本題に入った下條氏は、「尖閣諸島が中国領であったことがありません」と述べ、清朝による台湾領有がいつであったかを調べると1684年で、福建省に属している。福建省の台湾の「台湾府志」なる地図には、北端に尖閣はなく、中国が持つ歴史上の資料に尖閣の存在はないことがはっきりしていることを示していた。

 下條氏は、ほかにいくつか当時の資料を示して、中国側の歴史資料から尖閣が中国領であったことがないことを立証していた。
 正面からこれを突き付ければ、両国もはっきりしたこととして国民もわかるとしていた。

 もはや、島に早くから事業をしたと主張しても、彼らは日本が奪ったからと、言い張るだけのことと、効果のなさを指摘。

 この中国由来の史実を突きつけていくことを、大事とする論には目を見張るものがある。

 また、中国は1971年時点で尖閣諸島の領有権を主張して、1992年に領海法を制定し尖閣諸島を中国領としていた。そのあとの2010年になって海保の船に中国漁船がぶつかってきた事件なわけで、すでに尖閣諸島を領有しようというねらいからだったことが明白だった、とした。

 この中国の意図的な行為をしっかり出すことで、血を流すようなことに及ばないようにすることが、両国には大事かも。
 台湾中国の紛争問題も、血を流せば人命と物資の消耗がはじまる。

 話し合いのテーブルをつくれるか否かは、英知が必要で、強権に出ればロシアのごとくになる。

 軍関係者の暴走が発端になる怖さは、日本は経験している。中国も日本も米国も、武器を大量に持つことで、誘発したがる勢力がどちらにも現れるリスクの自覚があるのか。後で汚名をかぶる事態は、米国もイラクで経験している。

 互いに、その誘発を防ぐ姿勢こそ、共同で発信すべきかも。

 (流杉一行)

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