10月10日午前11時55分から石垣市新栄公園で「十・十空襲犠牲者追悼」平和祈念鐘打式が開催され、約20名の市民が参集。
まずは犠牲者への哀悼の誠を尽くし、1分間の黙祷を行った。
十・十空襲は、終戦前年の1944年10月10日からはじまった米軍による空襲で、フィリピンへの侵攻のために米軍が日本のフィリピン守備の支援拠点となりえる南西諸島から台湾方面に点在する日本軍基地を破壊するために行われたもの。
犠牲者は民間人を含めて1300人にものぼり、これより終戦まで苛烈な空襲が続くこととなる。
この日、世界平和の鐘沖縄支部長の上門孝子氏の代理で挨拶文を代読した崎浜秀崇(ひでみつ)副支部長は、「石垣島には8機が飛来し、12日13日には石垣島全土で空爆がおこなわれ、多くの尊い命が奪われました。」と述べ、「今もなお世界で紛争が起こり、そこでは十・十空襲の時のように、多くの罪なき市民が犠牲となっている。(中略)世界平和の道はたやすいものではないが、ここ日本最南端の石垣島から世界平和の鐘の音を響かせて、恒久平和を願いたい」と、参加者に世界平和の鐘の音を響かせるようお願いしていた。
この世界平和の鐘はニューヨークにある国連本部にも設置されており、この施設で国連旗をはためかせることができるのは、国連から許可を得ているからで、国連と島がつながる拠点ともいえると崎浜氏は述べ、世界平和の鐘の意義深さを語っていた。
(流杉一行)