歌う人が主人公 なかどう道ぬとぅばらーま

 9月10日午後6時半からとぅばらーまの碑がある三番アコウの木のそばで、「なかどう道ぬとぅばらーま」が開催され、多くの市民が集まって八重山の代表的な民謡とぅばらーまの歌声を堪能していた。

 このイベントは、毎年旧暦8月13日開催の石垣市主催の「とぅばらーま大会」の前日に実施され、チャンピオンが決まるコンテスト色の大会に対し、この「なかどう道ぬとぅばらーま」は「いずすどう主(歌う人が主人公)」を掲げて、歌う人の思いを大切に開催。

 参加者も明日の市主催の大会へ向けたリハーサル替わりに出場する人や、純粋にとぅばらーまが好きで人前で歌ってみたいという人、仲間でいっしょに歌うグループや、野とぅばらーまの自由な歌い方に挑戦してみたい人、いつかは「とぅばらーま大会」に出てみたいと熱心に練習している人など多彩で、それぞれの思いでステージに立ち、自由に歌える場となっている。

 過去には、昔歌われた、今は聞けない調子のとぅばらーまなど、とぅばらーま愛好家には見逃せない舞台が、様々に発信された場でもある。

 また与那国で歌われるとぅばらーまを披露して、離島ごと違うとぅばらーまのバリエーションの自由さを披露するステージを見せたり、なかには本土出身者がとぅばらーまの練習成果を披露したいと、まず故郷の民謡を披露してから、とぅばらーまを歌って見せ、本土の民謡との違いを披露する人も出たりしたもの。

 今回は、職場の仲間での参加や、大阪から参加する人、昨年も挑戦して渋い声を披露した人、明日に大会出場の人、野とぅばらーまを披露する人など20の多彩な歌声と、2ステージの舞踊が披露されていた。

 今回初となる石垣安史石垣市教育長や、明日の大会の盛り上げに参加する中山義隆石垣市長も三線なしのアカペラで歌って見せるなどしていた。

 昨年の開催場所が、長年実施されてきた登野城の三番アコウの木のそばから真栄里公園に変更され、その理由はアコウの木に異変が見られたためだった。

 今回は、アコウは回復したとして開催場所を三番アコウに戻して、従来のとぅばらーまの碑のそばでの開催を実施。歴史ある場所でもあれば、近隣の人には戻ってうれしい開催でもあった。

 昔の夕暮れ時、畑から帰る仕事帰り人がこのアコウ木のそばまで来て、一休みする光景がよく見られ、とぅばらーまが良く歌われたとされている。

 古老が誰もが知る、島の夕暮れ時の原風景にちなんで、とぅばらーまの碑がこの地に建立され、ここでのイベントとなって開催が継続されてきている。

 この日、イベントの最後の挨拶で大会役員の蔵下氏が「なかどう道」について解説。真ん中の道という意味ではなく、この地一帯は低地で、へこんだ道という意味であることを伝えた。

 代表的なとぅばらーまの歌詞の「なかどーみちぃから ななけーら かよーんけ なかすじぃ かぬしゃーま そうだんぬ ならぬ」にもある「なかどーみち」。この道を「仲筋かなし」という美人を見たさに、何度もこの道を人が通い、ふられた話がこれ。

 蔵下氏は仲筋かなしさんが、その後どうなったかも解説。話の続きは来年を楽しみにと話を切り上げて、「いずすどう主ですから、聞くばかりではつまらない。落ちる心配はないので、自信をもって、来年こそはオレはスターだという気持ちで、歌って頂きたい」と、舞台への参加を呼びかけてイベントを締めくくっていた。

(流杉一行)

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