明石エイサーまつり 来場者と一体となる旧盆の踊り

8月14日午後6時から石垣島北部集落の開拓の里で知られる明石で明石エイサーまつりが開催され、多くの来場者で会場は賑わった。

北部3大まつりのひとつで、野底のちんだらまつり、星野の人魚の里まつりに続く今年最後の北部の祭典であり、地域活性化をねらい3つが互いに盛り立てあう中で、北部活性化にも取り組んでいるもの。

冒頭、明石舞踊クラブによる座開きから、元気な子どもエイサーが披露され、エイサーまつりの皮切りを楽しく印象づけていた。

まず吉川詞剛明石公民館長から主催者挨拶があり、明石は沖縄本島の13市町村からの計画移民であり、入植当初は各戸道ジュネーのエイサーだったが、昭和40年代の台風、かんばつで、人口が激減したことから、公民館開催となった明石エイサーの経緯を述べた。

入植30周年を機に読谷村楚辺のエイサーを中心に、その他の地域のエイサーを取り入れ、今の形の明石エイサーに統一したことも紹介した。

挨拶のあと、野底、星野の実行委員が挨拶に立ち、地域おこし協力隊の青木省吾さんも声をあげて、北部地区の振興に協力を呼びかけ、たのしい一日を過ごしてほしいと、北部一体となっての来場者を歓迎していた。

かくして明るい夕刻ながら、明石エイサーがスタート。司会より明石エイサーまつりは、2度エイサーが披露されることを紹介。

最初は明石出身者が中心になってのエイサーで、最後におこなわれるエイサーは来場者皆で参加可能となることが紹介していた。

女性3人が加わる男性太鼓隊に男性の舞踊の列が勇壮に連なり、また女性舞踊の列が細やかな手踊りを見せながら、広場をそれぞれ大きな円を描いて練り歩き、そして盛り立て役のチョンダラーが会場巡って、踊り手をサポート。

八重山における見ごたえある大規模エイサーは、大いに来場者を惹きつけて、ダイナミックな太鼓の響きに触れ、写真撮影にも熱が入っていた。

このあと福岡で研究所を運営する田里友邦さんや、全国でライブ活動に取り組む宜保和也さんらが、ライブを披露。会場は、大いに盛り上がった。

乾杯の音頭の金城通彦明石小学校長や祝辞に立つ中山義隆石垣市長、松林豊石垣島製糖社長、東黒島新泉JAおきなわ八重山地区本部長やは、明石エイサーに集まる多くの人に、改まり過ぎることなく上手に挨拶して、会場の盛り上がりに華を添えた挨拶をしていた。

なかでも東黒島新泉JAおきなわ八重山地区本部長は、指笛を披露。その音の大きさに会場は驚き、「人を呼ぶとき」「民謡」「豊年祭」「鳥の声」「不発だった打ち上げ花火」を披露して見せるなど、会場を盛り上げるのに一役買っていた。

宜保和也ライブのあとは、ナチュラルスピリットによるファイヤーダンスが行われ、炎と切れのあるダンスでアートなパフォーマンスが展開。

見たこともない大きな炎が空に広がるダイナミックな炎の芸術に会場は大いに沸き上がっていた。

最後は、来場者参加可能なエイサーがはじまり、続々円の中に加わって、いくつもあるエイサー踊りの手を習う人や、太鼓も教わる子供たちも加わり、和気あいあいに楽しめる時間が続いて、会場は暑さを忘れて笑顔あふれる時間を過ごしていた。

この日、真栄里から参加した長嶺フミ子さん(84)は
「はじめてきました。たのしいです。実家のトートーメを長男に渡して、お盆行事から解放され、今年はじめてお盆に自由になって明石のエイサーを見ました。どの曲も歌も最高です。創作エイサーとは違って、沖縄本島の本来のエイサーで、ヌチグスイされ、うれしいです」
と、感激していた。


(流杉一行)

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