6月23日午後3時から石垣市バンナ公園Aゾーンにある八重山戦争マラリア犠牲者慰霊之碑の前で、平成30年八重山戦争マラリア犠牲者追悼式が開催された。
炎天下の会場に200人を越える関係者が集う中、中山義隆石垣市長が式辞を述べ、「過去の悲惨な経験を忘れず、共に力を合わせて八重山から世界へ平和の願いを発信するとともに、その教訓を正しく後世に伝えていくことを誓うものであります」と、追悼式に集う人々に、一堂に会する意義を述べていた。
このあと八重山戦争マラリア遺族会の佐久川勲会長は、篠原武夫前会長の奮闘によりマラリア有病地への強制疎開を軍命で行ったことを国に認めさせ、慰藉事業により戦争マラリア犠牲者の追悼施設ができたことを表明して、篠原氏の功績を讃えていた。
代表焼香のあと追悼の歌が披露され、八重山戦争マラリア遺族会により「八重山戦争マラリア犠牲者 鎮魂歌」が歌われたほか、玉盛邦則さんによる「このすばらしき世界」がトランペット演奏されていた。
このあと一般焼香がおこなわれて、犠牲者縁者が多数焼香に並んで、73年目の祈願をして冥福を祈っていた。
73年目ともなり、多くの戦争経験者が鬼籍に入り、また少ない経験者の式典参加も難しくなりつつあるも、犠牲者の縁者の参加により同追悼式典は、今なお多くの市民の参加で維持されている。
八重山という島々へマラリア原虫が侵入すれば、どんな場所となるかを、忘れてはならず、それは天災が引き金になる場合もあり得ること。
有病地への強制疎開と戦中戦後の中で巻き起こった飢餓状態から、マラリア原虫によるマラリア罹患者の大量死をまねいたことを、忘れてはならない。
八重山にはマラリア原虫が入らないよう細心の注意を続けなければならないことを、年に一度、この日に八重山群民はかならず確認しなければならないと、…。
(流杉一行)