4月11日午前8時スタートで始まった石垣島トライアスロンは、男子では久保埜一輝さん(30)、女子では川崎由理奈さん(34)が優勝に輝いた。
この日、コロナ禍ながら開催を決めた石垣市主催の石垣島トライアスロンに、993人が参加。
東京都から304人と最多で、沖縄県の143人についで大阪府から89人、神奈川75人、愛知県51人と、沖縄と大都市のアスリートを中心に、47都道府県の内の宮崎、鳥取、高知、福井、福島、岩手の6県除く、41都道府県から参加。石垣島のスイム1.5キロ・バイク40キロ・ラン10キロのショートディスタンスの51.5キロのコースを堪能した。
昨年、石垣市はコロナ禍から同大会を中止としたが、今年は厳重なコロナ対応で開催を実施。
ただ、チームでの競技はなしで、チーム優勝をねらう競技者には残念なものとなっていた。
当日は制限区域への入場ポイントにサーモグラフを用意して、競技者全員の体温チェックを実施。
また、スイム会場全域とラン会場の一部は、スタッフと競技者以外は入れない入場制限エリアとなっていた。
入場規制エリアへは、大会スタッフおよびマスコミ関係者に対しても厳重な体温測定を実施。平熱を確認され、入場を許可された人は手首にテープを付けるなどして、入場者を徹底チェック。
ランコースの一部観戦可能なエリアはサザンゲートブリッジ上の歩道と、その延長道路の折り返し地点までで、厳重な密を避けての開催を挙行。
それでも競技者の友人・知人などの応援者が、サザンゲートブリッジを渡って、観戦可能エリアで、「ファイトー」「がんばれー」とがんばるアスリートへ声援を送っていた。
市長の挨拶の後、トライアスロンアスリートのレジェンド庭田清美さんが激励の言葉を添えた後、午前8時に好成績の記録持つ選考された20人がスタート。水しぶきを上げて、全力で水上の折り返しポイントの浮きに向かって泳ぎ始めた。
その次のみ10人が1分後に出て、その後は10秒後に10人づつが次々にスタート。
水泳で水上での混雑を避けるための措置で、タイム差が出るため、ゴールを決めてもスタート時間が違うために、ゴール順がそのまま順位とならないため、上位の競技者は実際の順位が不明のまま競技する形となっていた。
また、開会セレモニーも縮小、交流会もなく、またスイムからバイクへのトラディションエリアへの間のシャワーも省くなど、コロナ禍対策に力を入れ、三密回避の取り組みに注力した開催となっていた。
今回も、石垣島トライアスロンの名物でもあるスイム直後のバイクでの急坂や、石垣島南部の左周りコースゆえの、北東の向かい風走行と、前半から負荷のバイクコースで、初めての競技者には、厳しいコースだった模様。
また、ラン会場がサザンゲートブリッジの先であったことから、そこまで移動ができない市民には応援ができず、地元にも競技者にも少々寂しいものがあったのは、仕方がないこと。
ただ、ゴールをきめた競技者らは、ゴールポイントで次々にゴールしてくる人への激励をして会場を盛り上げていた。
競技者同士の交流が、交流会なくとも、良い形で自然に生まれていたことが、救いに見えていた。
優勝した久保埜さんはアイアンマンレースと呼ばれるロングディスタンスのトライアスロンを主流に参戦するアスリート。佐渡国際トライアスロンB総合優勝、アイアンマン世界選手権inハワイで日本人1位、アイアンマンアジア太平洋チャンピオンと、数々の戦績を持つ選手。
「今回石垣島トライアスロンへは、世界との差を確認できたことから、強化のための取り組みとして短い距離を挑戦しました。」
「久しぶりのレースですし、優勝できてうれしいです」と、素直に喜ぶ久保埜さん。
「これまでコロナでレースの中止が続いていたので、今回、石垣島トライアスロンに出たのは、レース感の確認もあります。優勝はしましたが、スイムとバイクがもう少しタイムを稼げると思ってましたが、力不足でした。そこが正直なところです。ちょっと調子に乗ってしまって、これじゃ、アイアンマンレースでまた同じ展開になってしまう。」と、反省点の言も。
久保埜さんのレース展開は、スイムは一周目でトップ。二周目では2位だったが、トランジション1位で出られ、その後そのままトップでゴールの久保埜さん。
タイム向上のポイントを聞くと「バイクではアップダウンが多いので、ダウンで休まず、アップの終わりからいかにスピードに乗るかですね」と応えていた。
目標は「父親が30年前に、アイアンマンレースで9時間20分の記録を出しているので、それを目指しています。現状は2019年の大会で24分まで来ていて、あと4分でした」とのこと。
川崎由理奈さんは、トライアスロン競技歴15年。トライアスロン:世界シリーズ横浜大会エージの部の女子総合トップに5連覇を果たしている。来月は6連覇がかかるレースを控えての石垣島での優勝だった。
「21番だったのですが、21番から500番は10人づつのスタートで、並んだのが遅かったので、後ろの方からスタートしたため全く前が見えない状態でした。何番で走っているかわからないまま、前を追うことばかりでした。」
「後ろからスタートした焦りがあったと思います」
「スイムは1周目ではぶつかったりして前が見えませんでしたが、2周目からは人が減って前が見え、自分の展開でレースができるようになりました。」
「バイクは終始向かい風で、結構アップダウンが有り、きつかったがあきらめずに前を追いました。」
「ランになったら、大田選手が見えたので、付いていこうとがんばりました。」
「風がきつかったです。関東でもこんな風はないです。石垣島ならではの風かなと思いました。それとアップダウンが激しく、普通はフラットなコースが10キロの4周回でコーナーやカーブがあるんですが、石垣島はまっすぐな道でアップダウンが多いので、本当の実力が出るところだと思います。スイムでは波が強くてダメージがあり、そこに今度はバイクでこの橋(の坂)ですから、バイクで足を使ってしまったという感じでした。トライアスロンらしいいいコースだと思いました。」と述べていた。
(流杉一行)