2月4日、午前9時から新栄町の八重山漁協荷捌き場で始まったセリで、これまでにないことが起こっている。
この日から魚の入ったトロ箱の一部には、値1500あるいは値2700などと記された、見慣れない指値(さしね)の紙札が付けられている。
指値とは紙札に数字が書かれ、セリを開始する際の最初の値のこと。セリ人がその値からスタートさせるので、その値以上の値からはじまることになる。
通常、魚を捕ってきたウミンチュ(漁業者)が自ら底値を決めて、それ以下では売らないことを告げる指値の札は、よくあること。特別珍しいことではない。今回、指値を付けるのは漁協。組合員が直接上場した漁獲物に対してのみ指値がつけられる。
実は、コロナウイルス禍で低迷する景気から、魚の値段が落ち、漁業者も張り合いを失い兼ねない事態が起こっている。
そこで、石垣市は価格変動の激しい魚種に限り、指値を付け漁業者を補助する事業を開始。八重山漁協が委託され実施する。
指値が付けられたものは、石垣市が指値の半額をコロナ臨時給付金から漁協へ支援。指値以上の値でセリ落とした仲買人へは、3月末にまとめてセリ値の半額分の補助金が支給される。
ただ、仲買人が補助対象の魚を泊市場など、他の市場へ上場した場合は、補助されない。
これは2月4日から3月20日まで実施されるもの。
指値が付く魚種は決められている。理由は、電灯潜り、一本釣り、カゴ網など漁法ごとに漁業者はそれぞれ獲る魚種が違う。そのため平等に吟味して7種に限定。(値の数値は1キロの値段を意味する)
トンボ(和名ビンナガ)の指値はキロ500円。この時期定番の深場のマグロだ。
アカマチ(和名ハマダイ)の指値は2キロ以上3キロ未満で2700円2キロ未満3キロ以上1500円。沖縄3大高級魚のひとつ。真っ赤なこの魚がセリに並ぶと、華やかで雰囲気が活気づく。深海250mから350mで獲れる。
シチューマチ(和名アオダイ)の指値は1100円。伊豆諸島や小笠原、相模湾から台湾まで広範囲で獲れる魚。水深150mから250mに生息する。ポピュラーな魚。
チョーチンマチ(和名ハチビキ)の指値は800円。漁業関係者には、刺身が美味で知られている。特別鮮度が命の魚で、広く一般には出回りづらい。正月の初セリに、振舞われるとマグロよりもこれの刺身から先に、皿から消えていく。300mから380mの深海に生息し、アカマチねらいで漁獲される際に混ざって捕獲される。これはフカヤービタローも同様。
フカヤービタロー(和名ハナフエダイあるいはウスハナフエダイ)の指値は600円。見栄えのある高級魚で深場で取れるビタローとして知られる。最近、薄い色のフカヤービタローが新種だったことが判明して話題になった。250mから350mに生息する。
クチナヂ(和名イソフエフキ)の指値は800円。八重山では3月に産卵期を迎える人気の魚だ。サンゴ礁、岩礁に生息する。
オーバーチャー(ゲンナーとも呼ばれる和名ナンヨウブダイ)の指値は2キロ以上3キロ未満で1300円、2キロ未満3キロ以上が800円。もっともポピュラーなイラブチャーの仲間で、頭の瘤がゲンノウで殴られたように見えるのでゲンナーともいわれる。
余談だが、イラブチャーの仲間は、死んだサンゴに付着する藻を食べるのに、固いサンゴを直にかじっていっしょに食べるので、糞が真っ白の粉状となる。これが海底に溜まることで、真っ白な砂が敷き詰められた海になる。この白地に空の青色が海面に映って、海が青く見える。そう、空の青を海に映しているのは、イラブチャー達の糞の白色なのだった。いわば、青い海を実現してくれている大事な魚だ。
7種の魚で、指値が入れられて、仲買い人が買えば、セリ落とされた額がウミンチュの手に。買わない場合は漁協が買い上げて、その額が漁業者の手に。
セリで仲買人が買う魚は、沖縄本島の泊市場に上場される場合が多いため、セリ値は運送料も計算しながら泊市場より安い値で決まりがち。
コロナで価格が落ちる傾向は、それをなおしのぐ低価格。そんな事情から、コロナ禍の値下がりは尋常ではなく漁業者の意欲はかなり下がりがちとなる。
この給付金は漁業者の意欲高揚に加え、島内での魚消費を狙った取り組みでもある。
新鮮魚が、島で出回ることで、地産地消の促進となり、島の景気の浮揚にも一役買うことになる。
この日、1番アカマチのセリは指値が2700円で、仲買人も馴れないのか、パス(値が決まらず)からはじまるも、2番からは指値1500円に1510円とついたあとは、次々に値が決まり、順調そうだった。
全体的にはこれまで以上にパスも多く、漁協の冷凍庫に運ばれる魚もいつもより多く見られていた。
仲買人の1人のAさんは、「同じ魚種で指値があるものとないものがあり、切り替えが難しい」と馴れないセリになっていたという。それでもAさんは「漁業者を助けることは、こちらも大賛成で、いい取り組みだと思う」と、指値を歓迎していた。
石垣市役所水産課の平良守弘課長は、「コロナの影響で、海で苦労して魚を捕っているウミンチュが、セリ値の安さに生産意欲がなくなるのが問題。漁業者への支援をスタートして。臨時給付金を漁業者に限って実施していく。」と、島の第一次産業は島の経済の根幹でもあり、生産物の供給意欲がコロナ禍で低くなるのを抑えることをねらいとしている。
また、さしみ屋に並ぶ刺身やテンプラも、半額で買えた魚をサービス満点で店に並べば、うわさがうわさを呼び、さしみ屋への集まる消費者層も厚みを増すというもの。ついでに、刺身以外の品も売れることになる。
また、島の新鮮魚介類が島でより多くの島人に利用され、島の経済を島で活発に回せば、落ち込んだ観光にいくらか対応できる景気浮揚策にもなり得る。家呑みや食卓での健康維持につながる。
八重山の水産物の生産力は、多彩な魚種が水揚げできることで知られている。それがほとんど島内では一部でしか知られていない傾向がある。
なんといっても、毎日午前9時に実施されるセリには水揚げされる多彩な魚が並んで、見ごたえある光景が見られる。島の新鮮魚介類の食卓利用の途を広げることは、島経済の伸び白に見える。
なお、石垣市は八重山漁協がパスされた魚を冷凍して、加工に回す予定で、成人式の新成人への贈呈品や、
鍋セットなどのコロナ対策に活用の利用される。
島の生産物の供給力の維持こそ、島内総生産の維持そのものでもある。コロナ禍の厳しい経済状況の中でも、もっとも大切にするファクターであることに、まず手を回している石垣市の取り組みは、評価できるものがある。
コロナ禍の臨時給付金のウミンチュ版である。
(流杉一行)