10周年を迎えた新石垣空港でセレモニー

 3月7日午前10時より石垣空港到着ロビー広場で、石垣空港10周年のセレモニーが開かれた。10周年を告げる「南ぬ島空港祝開港10周年」横断幕の前で、石垣市長の中山義隆氏が挨拶に立ち、10年の節目を迎えられた喜びを述べていた。

 旧空港の1500mしかなかった滑走路から、現2000mになったことで、利用客の増加に触れるなど、好転した観光状況に触れ、空港の安全管理に尽力する人への感謝の言葉を述べていた。

 そのあと、空港関係者による鷲ぬ鳥節、かたみ節、繁昌節、マミドーマなどが披露されていた。

  また、市長をはじめ空港関係者らによるエプロンでの見送りがおこなわれていた。

  チンスコウやティッシュなどの配布をするなど、航空会社ごとに開港10周年を記念したサービスを展開。
 
 売店各所でも様々に実施した模様で、国際線のフロアに昨年10月にできたファミリーマートでも、指定した品目の30円引きサービスを壁に大きく張り出すなど、10周年を盛り上げていた。

 元来、新空港は白保海上案の建設着手から開港に37年の歳月がかかる、全国でも注目の難題空港だった。建設予定地の海上建設をトップダウンして、住民の怒りを買い。また県知事のトップダウンで、これまた反対運動が展開。2転3転の難題を抱えながらも、37年目にようやく実現。環境保全に注力した空港として、内外にアピールして実現したもの。

 この特殊な、厳しい状況を、住民代表の協議の元に、単なる建設だけでなく工法検討、環境保全と細かに協議を展開。その間、1500m滑走路に溝を切っての、逆噴射を常とする着陸をB737型機で実施。轟音が市街地まで届く状況を、この間続けての長い空港問題を抱えてきたもの。

 迎えた37年目は、実に感慨深かったものだった。あれから10年の観光客の増加によるオーバーツーリズム。

 その多忙な群民の困惑は、コロナ禍で忘れ気味となっているが、今また復活の予兆の中、その体制づくりに難しい綱渡りを考える地元に対し、増築、新設で観光に照準を当て続ける資本家の思惑が、見えないところで様々に始まっている。資本主義の国は、民主主義である以上、そこを警戒して、対抗できなければ、民主国家の内実が資本家専制国家となってしまう。

 加えての尖閣問題、米中覇権争いに、台湾有事問題が関心事の主流となってきている。単なる遅れた微細で意味のない国防の体制が、こんな形でしか進められないみっともない事態。しかも、米軍の情報だけで動いている感じが強すぎる。

 分断がいろんな場所で進み、話し合うことができない状況が、コロナ前から進んできた結果が、世界だけでなく、国内でも、県内でも、あるいは市町村でも、起こっている。その象徴かも。

 この分断状況は、万事、共通認識を外れて、自分が重視する情報だけを念頭にすることを、みっともないと考えない事態が、その問題の根源。インターネットの情報取得方法が、遠因といえる。

 歴史を自分の関心事だけで解釈することを、恥としないのは、あまりに安っぽい。表面的でしかない。
 新空港の建設にかかった37年で、得られたものを誇りとするところが消えた首長の挨拶文の作成にも、その一端がうかがわれる。担当者は何をしているのかだ。知らない職員が担当しているとすれば、いう言葉はないが。

 空港駐車場のヤシの光景は、いろんな意味で考えさせられる。八重山の観光がこの先、自然を壊し、旨味を吸い上げられ、すたれていくのか、どうなのか。その様子を象徴しているかに見える。放置されていくことで、将来、子孫に何を遺すのか。


 いろんな意味で、再考が必要の光景だ。

 (流杉一行)

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