地元石垣島から春夏の甲子園出場を決め、その後、ドラフト1位で千葉ロッテに入団し、15年間をプロ野球選手として活躍した大嶺裕太選手が今年引退。
その功労を称えようと、地元有志による引退式イベントが12月30日午前10時から16時まで実施された。
この日の午前予定された少年野球教室では、雨のために室内練習場で実施された。9チームの学童球児が大嶺裕太さんの指導を受け、キャッチボールなどでのフォームに細かなアドバイスを受けるなどして、この日の半日を子ども達は嬉々として白球を追いかけ、練習に汗を流した。
午後からは、金城長靖との対戦、八重山商工OBと浦添商業との対戦と、地元野球ファンならだれもがわくわくするカードが織り込まれ、引退イベントは大いに盛り上がっていた。
大嶺裕太投手は、最後に感謝の言葉を述べ、引退後の新たな歩みへの希望を語っていた。
全行事の終了後、最後に声を聴かせてもらった。
大嶺裕太さんは、「たのしい一日でした」と、地元ファンとの引退イベントができたことを喜んでいた。八島小学校の八島マリーンズの仲間からはじまった野球の縁が、今を築いている。このことに触れると、「仲間に恵まれていた」と述べる大嶺投手。ひとりの栄誉とせず、周囲を大切にする大嶺氏の人柄が出ていた。
この日のイベントの、集まる予定の市営球場も、室内練習場も、ドラフト1位の大嶺裕太獲得をきっかけにロッテ球団が石垣島での春キャンプを決めたことから、必要整備で建設されたもの。今ある石垣島の野球設備は、2007年のロッテ球団への入団からのもので、大嶺さんありきで実ったものでもある。
野球ファンの多い石垣島には、地元石垣島出身の選手がプロ野球で活躍するシーンが、ネットのサイトのダゾーンなどで見ることができるため、格別な思いになる人が多い。
福岡ソフトバンクホークスの左の抑え嘉弥真投手や西武ライオンズの平良投手の中継ぎ、クローザーなどで、二人がマウンドに立つ様子が見られる。
しかも、この2チームの対戦で大詰めでマウンドに立つ時には、大いに盛り上がるもの。
野球解説者も二人が石垣島出身なのを知らないのか、一度もそれに触れたことがない。
切り札で使う有名なピッチャーが、石垣島出身であるうれしさは、多分、地元野球ファンには格別。
そして、たまに大嶺投手が先発で出る。
中継ぎでの出場もあった。2人の抑えをきっかけが、大嶺裕太投手であることを、野球解説者もアナウンサーも知らない。
この日は、あの2006年の春夏甲子園を沸かせた八重山商工高校OBナインが揃って、浦添商業と対戦。打線の強さは今も健在で、15年前に甲子園に出場して、右と左の両打席からホームランを放った金城長靖も、大嶺裕太対決で2ベースを打ち切って、見ごたえある対決を見せていた。
2006年段階で、「八重山」という名前が、どこを意味するかは全く知られていなかった時代に、八重山商工高校が甲子園に出たことで、初めて全国で知られることになった。
テレビで「八重山商工高校:やえやましょうこうこうこう」という呼び声がアナウンスされる新鮮さが、特別な感動を島人はもったはず。
その4年前に、BIGINと夏川りみが紅白歌合戦に出場して、石垣島が注目されてはいた。観光ブームも同じタイミングで持ち上がっていた。しかし、八重山の地名は出ることはなかった。
(流杉一行)