30年ほど前、魚は元来、寿命がないとされ、環境が良ければいくらでも生きられるような話を水族館で聞いたように思う。
今は、マイワシの寿命は5~6年、カタクチイワシは2~3年とされている。
マグロは10年から15年、チョウザメは30年、ハタ類は40年から50年。記録されているデータから断定されている。これは、魚の耳石を採取して年齢を記録する作業があって、分かったことだった。
去る2月7日の八重山漁協のセリに52キロもあるヒロサーが出て話題となった。
漁協に水揚げされる魚で50キロ程度は、キハダマグロやビンナガマグロのサイズからすれば、特別なものではない。
ただ、ヒロサーの50キロオーバーがセリに出るのは、珍しい。その大きな魚がセリに出てくることは、稀だからだ。
魚を扱うサシミ屋の店主がいうに「ヒロサーは旨いが、身が柔らかく、切って飾っても見た目がよくない。だから、店頭にはサシミに出しずらい」とのこと。
この魚の旨さを知る人だけが、買っていくという。
この日、八重山漁協でいつも魚のサイズを記録している県の水産海洋技術センター石垣支所の須藤裕介さんが、捕獲したウミンチュ(漁師)に、耳石を獲らせてほしいと打診。魚の年齢が判明する部位をもらうことで、資料のひとつにしようとの考えだった。
ただ、須藤さん、この52キロもある大きなヒロサーの耳石は取った経験がない。
なんとか水産関係の応援を呼び出し、採取に成功。かくして、その結果は、なんと20歳と判明。研究者と漁師が連携すると、海の生物のことが日々よくわかってくる。
20歳のヒロサーの雄は、群れで雌を引き連れてコロニーを形成するが、雄が死ぬと雌の中から雄化するものが出て、また産卵するという。いわば、雌は雄の予備軍ということになるのが海のヒロサーの世界。
この52キロの雄ヒロサーは、捕獲によって新たに雌が代替わりするものとみられる。
この20歳ヒロサーは、なにしろ大きい。人が安易に近づいて尾びれで頭を叩かれたりすれば、まず脳しんとうは免れない。強烈なパンチ力がある。捕獲した漁師は、深夜、電灯による潜り漁で、岩場に隠れる獲物を銛で突いてからその大きさに驚いたという。
まず引き上げがまず大変で、それを船にあげてから、今度は漁協まで水揚げ。52キロである。二人がかりでしか持てない。八重山漁協ではキロ600円がついて、3万1200円。
二人の若い漁師は、徹夜で海から戻り、そのまま魚を3枚に捌くところまでサービス。
セリ落とした仲卸には、巨大な魚を捌くには、若くない。
やさしいウミンチュは、徹夜のまま巨大な魚と格闘。「海で難儀して、陸でも難儀するさ」と、へとへとになりながら、鮮やかに3枚に下ろして見せた。
石垣でも時々マグロの解体ショウがおこなわれるが、ヒロサーの解体ショーはそう見られない。見物人も自然に集まって、手伝いまでしたいた。
新鮮なヒロサーが食べられる機会はそうそうないが、そういう機会があっても、それはウミンチュが即さばいてくれて、実現するのだった。
この日、セリの後に、「ちょっと痩せてるね」という仲卸の声があったのを考えると、やはりもっと太ったヒロサーが、サシミ屋さんの間では、人知れず出回っていることに察しがつく。
ヒロサーは、観光に訪れるダイバーにとってナポレオンフィッシュといわれる人気の魚。でも、地元では水産魚種。今、オニイトマキエイはマンタと呼ばれる人気の魚だが、昔は食べたという声を石垣島東部で聞いたことがある。ただ、カマンタと呼ばれる小さいものもマンタといっていた村もあるとのこと。
いずれにしろ、取り尽くすことがなければ、そこは水産物。有効利用が大事だ。イルカに芸をさせて、「可愛いさ」を喜ぶが、鯨は食べる日本人。
そこを海外でいろいろ言われるのは、イルカと鯨の違いは、実はサイズだけで、同じだからだ。
イルカは、野生でもひとなつっこいのは、知られている。食の習慣がもたらす味の旨さには逆らえないとすれば、命の尊厳を思えば、獲れば最後まできれいに食べ切る姿勢が大事では。
そういう意味で、ウミンチュの魚の捌きサービスも、しっかりした姿勢そのもの。
(流杉一行)