やいま特集

とばらーま大会創設のころ

宮鳥の杜は聴衆で鈴なり 第一回とばらーま大会  第一回とばらーま大会は、終戦翌々年の昭和二十二年(一九四七)九月三十日、旧歴の八月十六夜、宮鳥御嶽隣りの石垣会館で開催された。主催は海南時報社(浦添為貴社長)で、私は記 ...

ソーロン アンガマ 後生の精霊

三線、笛、太鼓で奏でる  軽快なアンガマ一行の  道行きの音楽が響き出すのは  八重山の盆には  欠かせない風物詩である  今年もアンガマは  あの世からやってくる   旧盆~ソーロン~  八重山の盆行事を「ソーロン ...

あの世からの精霊アンガマ

 八重山のソーロンといえばアンガマ行列。青年会を中心に伝統が受け継がれているが、本来のアンガマ行列の姿が変わりつつあるのも事実。またできるだけ昔のカタチに戻そうと努力している動きもある。アンガマに関わる人たちの声から ...

八重山の手技

~八重山にのこる手技の世界~  プラスティック製品が溢れた高度経済成長期は、都市部の職人の手業はなくなっていく定めであった。大量生産品のコストはどんどん安くなる。人が多いと、それだけスケールメリットが即効くからだ。こ ...

島に生きる生物たち

~八重山は貴重な野鳥の宝庫~ 「八重山は地理的条件もあって、めずらしい鳥や、渡り鳥の宝庫なんです。日本中から多くのバードウォッチャーがやってくるんですよ」と教えてくれたのは、日本野鳥の会八重山支部長の本若博次さん。 ...

乙女たちの戦争体験

1945年の終戦から63年。終戦の年に生まれた子どもは63歳、当時20歳であった人はもう83歳である。ある資料によると、戦後生まれは総人口の74・1パーセント(2006年現在)であるという。とすると戦前生まれは約26 ...

星ふる八重山に生きる

星にロマンと夢を求め、地域に貢献 望遠鏡の使い方を説明する新崎善國さん 八重山星の会は、2000年11月22日に24人のメンバーによって設立された。現在50人あまりのメンバーが所属し、主な活動として毎月旧暦3日に「星 ...

ウミガメが見た石垣島

谷崎樹生 ~いつまでもウミガメに選ばれる島であるために~ 命がけの産卵上陸 ハリテンボクの根っこに挟まって動けなくなったアオウミガメ 私達がカメ調査を始めてからの15年で、4頭のウミガメ(アオ2・アカ1・タイマイ1) ...

虫採網のララバイ

 八重山諸島の魅力のひとつに、自然の豊かさ、日本本土とは異なる生物層の多様性、そして、未知な領域がまだ残されている可能性のあること、などが挙げられる。生物関係の学術出版物を見ても、年に数種の「新種」が報告され、数多く ...

気象と季節の言葉

ウルズン・バガナツ 終戦直後、八重山の学制がまだ整っていないころ、八重山初級高等学校(ジュニアー・ハイスクール)という学校があった。この学校には校歌は制定されていなかったが、高宮広雄先生作詞、糸洲長良先生作曲による『 ...

八重山新時代~20世紀から21世紀へ~

日本復帰 日本復帰  1970年5月15日、午前零時を告げる石垣市消防署のサイレンと船舶の汽笛が吹鳴されたなかで「新生沖縄県」が誕生、同時に八重山三市町も復帰の夜明けを迎えた。 ・左右を問わず祖国復帰運動に盛り上がり ...

「真謝井戸」(マジャンガー)に関する一考察

文 石垣繁 はじめに 南島の八重山諸島には「ウリカー」と称する古式の「下り井戸」がある。このウリカーは、地上において釣瓶を下ろして水を汲み上げる掘抜き井戸とは形態を異にするものである。すなわち、水のある所まで切り下げ ...

八重山の野鳥 その撮り方と描き方

青く澄んだ空に悠然と翔ぶカンムリワシ。鷲の一条の翼帯は、太陽の光で透けて見え、まるで太陽の申し子のように思え、脳裏を「鷲の鳥節」がよぎったのです。   ひと味違う八重山の野鳥たち リュウキュウコノハズク[全長22cm ...

谷崎樹生の八重山夏の自然観察入門

自然に嫌われない地球人になるために  島の子どもたちは、大きくなると一度は島を出て外の世界で生活するでしょう。だからその前に島の歴史や文化だけでなく、自然についてもある程度は理解しておいてもらいたいものです。世界中ど ...

世界に誇るサンゴの海

八重山の海は白い砂浜の海岸と美しいサンゴ礁からなっている。人々の生活に結びついたサンゴ礁文化がある。 石垣島のサンゴ礁  島と海とを分ける美しいラインがサンゴ礁である。石垣島の海は、観音崎から白保に至る南部、観音崎か ...

目で見る人頭税時代

 人頭税は通常「じんとうぜい」と呼ばれ世界のあちこちにあった税制で、広辞苑には「各個人に対して頭割りに同額を課する租税。納税者の担税能力の差を顧慮しない…」とありますが、ここでは、1902年(明治35)まで宮古・八重 ...

八重山の戦争と皇民化教育

戦火の前ぶれ-教員の弾圧  昭和初期、アメリカに端を発した世界大恐慌は日本にも波及し、東北では娘の身売りをするなど国民生活は日ごとに苦しくなっていった。  八重山でも初の労働争議が突発。料亭への娘の身売り、失業者の増 ...

海人ひとすじ

 石垣市・竹富町・与那国町は、四方を海に囲まれ、島々はその中にぽっかりと浮かんでいるように見える。海はどこまでも続き広がっていく。その海を、自分の庭のように波をきって走り、魚を追いかけてゆく男たち海人がいる。  沖縄 ...

追悼特集「金城朝夫と八重山」

[座談会]金城朝夫(友寄英正)の視点と足跡 参加者(発言順):上地義男、大田静男、高嶺善伸、砂川哲雄 金城朝夫の原点 ―今年(2007年)の5月1日に友寄さんが亡くなってもう4か月がたちました。友寄さんがこの八重山や ...

佐久川親子

 昨年、商工野球部の主将を務めた佐久川直浩さん。部員が2名になったときも野球部に在籍し、部の存続を守ったという話は有名。また父・浩敏さんは商工1期生で初代野球部キャプテン。彼らが野球とともに歩んできた人生を紹介する。 ...

島を出る子どもたちに伝えておきたいこと

3月の卒業シーズンをむかえ、進学・就職をする為に生り島を離れる子どもたち。石垣島へ、また沖縄本島や県外へ、夢と希望を持って旅立ってゆく彼らに伝えておきたいメッセージ。島で充実した生き方を送っている人生の先輩たちに語っ ...