水牛車に乗って由布島へ

ここができたのは、
ひとりの人の想いから。

水牛車で渡ると亜熱帯の植物楽園


 島の周囲2kmほどの小さな島、由布島。西表島に寄り添うようにあるこの島は、いまや八重山観光を代表する場所。西表と由布を結ぶのは水牛車。ゆらりゆらりと揺られながら、のんびりと水牛のペースで島を渡る。由布島は、島ごと植物園になっている。ハイビスカス、ブーゲンビレアなどの南国の花々が年中咲き乱れ、ヤシやガジュマルなどの緑が溢れ、オオゴマダラなどの蝶が優雅に飛んでいる。

 もとは無人島だった由布島に、人が住みはじめたのは昭和20年のこと。黒島や竹富島から移り住んだ人が多く、昭和30年頃には、農耕につかうため各世帯で水牛をもつようになったという。徐々に人口が増え、公民館や小学校もでき、昭和40年頃には25世帯100人を超える人が住んでいた。昭和44年の台風による高潮で島が水没、3世帯を残して住民は対岸の西表に、美原という集落をつくって移住した。現在は、由布島内に植物園の寮があり、20人ほどの人が暮らしている。学校があった場所には、現在、正門のみ当時のまま残り、「由布小学校」の文字が見える。
 島に残った3世帯のうちの一軒は、西表正治さんの家族。植物楽園は、正治さんがつくりあげた。昭和47年に、ひとりでヤシを植え始め、まわりの人も自然と手伝ったりして、昭和56年に「由布島植物楽園」を開園させた。今では年間30万人の人が訪れている。

水しぶきをあげて海を進む


 由布島と西表島とは約400mの距離。水牛車で10分ほどでつなぎ、御者さんは三線をひいて唄ってきかせたり、水牛のことや、島のいいところをお客さんたちに話している。この水牛車渡しも正治さんのアイデア。この日も、夏休み真っ只中で、たくさんの人が訪れ、島の間を水牛車が行ったり来たり。御者さんと水牛はパートナーが決まっている。みなさん自分の子どものようにかわいがり、時にはきびしくしつけをする。

 ベテランの御者さんたちに混ざり、20歳の女性がいる。河野麻由さんは、正治さんのお孫さん。山梨生まれで、現在東京で学生をしているが、夏休みを利用して働きにきた。子どもの頃から何度も訪れていた由布島で働きたいと決断したそうだ。御者を難なく務め、三線もひいて唄う。「おじぃがつくったこの場所をもっと多くの人に知ってもらいたい」と元気に話す。麻由さんのお兄さん、航さんも園内の売店で働いている。航さんは西表に移住し、勤務して1年になる。
 現在、由布島では、19歳から90歳までの人が働いている。大家族のような職場は、みなさん本当に仲がいい。

すごい出勤スタイル!


 8月9日、この日の満潮は9時13分、潮位193cm。海抜が約1mなので、地上90cmほどまで海水が上がり、水牛の顔が出るギリギリの高さだった。7月、8月の満月の大潮の時は、水牛も顔が埋れてしまい、歩いても渡れないほどなので、スタッフは小さなボートでお迎えがくるという。この日は水牛車は渡れたが、人が歩いて渡るにはちょっと大変な高さ。そんな時には、胴長着用で渡るのが基本だが、サーフボードに乗って出勤する人も!

 由布島では、水牛の繁殖にも力を入れている。今年はすでに4頭生まれていて、生後1ヶ月のかわいい子牛もいた。目がクリっとしてバンビのような顔。現在竹富島で水牛車をひいている中にも、由布島で生まれた水牛が何頭もいるという。水牛の管理責任者を任されているのは奥原洋さん。ふだんの世話から、繁殖の管理、調教、ケガをした時の対応などを担当する。由布島では、西表島内にいくつも牧草地をもっていて、水牛のえさはすべてスタッフがつくっている。

真夏の炎天下


 真夏の炎天下、水牛もやっぱり暑い。非番の水牛たちはほぼ1日中池の中にいる。体を水の中に沈め、顔だけだしている様子はとっても気持ちがよさそうだった。

 ここにいる40頭ほどの水牛はすべて、アジアスイギュウで、もとは台湾からやってきたもの。水牛はおとなしく、なき声がかわいい。「キュー」とか「キュッ」とか、愛らしい声でなく。なく時はだいたい、気分が乗らない、いやな時だという。例えば、池に入って涼んでいたのに、仕事につれていかれる時などはほぼないている(笑)。
 ちょうどこの日由布島にきていた、昭和46年までここに住んでいたという崎原長洋さん、文さん夫妻に会った。現在は対岸の美原集落に暮らしている。由布小の運動会では、タコとり競争があったという。長洋さんは、小浜島が目の前に見える浜まで走ってきて、タコをとって、46秒でゴールという記録の持ち主だそうだ。この浜が見えるところには、ジェラートやコーヒーが味わえる由布島茶屋がある。ここから小浜島までは直線で2kmほど。

 観光の人たちが帰った後の夕方の由布島は穏やかな時。水牛の世話をしたり、植物に水やりをしたり。水牛たちも小屋に戻り、えさを食べ、明るい時間から眠りについていく。由布の外に住む従業員のみなさんが、水の中をジャブジャブと歩いて西表に渡っていく。その水音だけしか聞こえない静かな時間。西表の力強い山々が水鏡に映える。

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