ウミガメが見た石垣島

谷崎樹生
~いつまでもウミガメに選ばれる島であるために~

命がけの産卵上陸


ハリテンボクの根っこに挟まって動けなくなったアオウミガメ

私達がカメ調査を始めてからの15年で、4頭のウミガメ(アオ2・アカ1・タイマイ1)が産卵上陸中に事故に遭いアカウミガメ1頭が死亡しています。
1994年には大雨で増水した沢の水で削られてできた砂丘の段差から転落・転覆して動けなくなっていたアオが1頭救出・放流されています。1995年には浜の砂が減って洗い出された大岩の隙間に挟まって動けなくなってしまったアカが1頭、炎天下ですでに死亡しておりました。解剖の結果体内からは多数の卵が確認されました。2004年には台風の高波で基礎をえぐられたコンクリートの遊歩道の下にはまり込んでしまって出られなくなったタイマイが1頭救出・放流されています。2006年には台風の高波で洗い出されたテリハボクの根っこに挟まって動けなくなったしまったアオが1頭、これも無事救出・放流できましたが、こんな計算ができます。石垣島全体での年間の延べ上陸回数を200回とすると、15年間で3000回の上陸が有り、4回の事故が発生していますから事故率0.13%、同じカメが年に10回上陸するとすると事故率は1.3%、15年間に5回産卵回帰するとすると、なんと6.5%もの母ウミガメが上陸中の事故に遭遇するということになります。
その他にも産卵上陸の数日後に沿岸にしかけられた小型定置網に迷い込んで死んだカメも1頭いますから、まさに命がけの産卵上陸ということになります。 
「浜でビーチパーティーをしていたらウミガメが上陸してきた!」というお話も時々聞きますが、ウミガメは人を恐れないというわけでは決してなく、やむにやまれず決死の覚悟で産卵上陸に踏み切ったと見るべきでしょう。
近年、温暖化の影響でしょうか台風が大型化し、水温の上昇で海水が膨張するからか海水面が高くなる傾向も見られ、雨の降り方も集中豪雨が多くなって浜の状態が悪化しています。ウミガメたちの不慮の事故を防ぐためにも私達カメ研は島内全ての浜を少なくとも週に2回は見回りたいのですが、いかんせんマンパワー不足で週1回の調査もままならない状況です。先に紹介した四頭の事故例も全てたまたま浜を歩いていた方が知らせて下さったものでした。地域の皆さんからの情報提供が頼りです。新鮮な情報提供をよろしくお願いします。

ウミガメの産卵行動

前足でボディーピットを掘る

①渚から上陸中のカメは非常に神経質で、放牧場の牛と出くわして驚いて海に帰ってしまうこともあります。浜のスロープを上ってグンバイヒルガオやハマゴウが生えている所までくると前足を使って体がすっぽり入るほどの浅い皿型の窪み(ボディーピット)を掘ります。地面を網目状に覆っているハマゴウの太い幹やグンバイヒルガオのツルを蹴散らしながらの力仕事です。この時砂は後方に飛ばされます。浜の上のほうの砂は風によって吹き上げられたものが多く、表面の植生をはがすと掘りやすい細かいきれいな砂が出てきます。
 

後足でネストホールを掘る

②ボディーピットが完成すると、後ろ足を器用に使って産卵のための竪穴(ネストホール)を掘ります。後ろ足を下に伸ばして深さ50cmにもなる壺型の竪穴ですが、せっかく掘った穴の底に太い木の根や大きな石が出てくると産卵せず移動してしまうこともよくあります。

産卵

③ネストホールが完成すると、後ろ足で穴を隠すように覆い、産卵が始まります。卵の数はアオウミガメでは60~130個、平均すると100個前後です。産卵そのものは15分足らずで終わりますが、その後の埋め戻し、カモフラージュ作業が長いのです。

後足で埋め戻す

④産卵を終えたカメは後ろ足でかき集めた砂でネストホールを埋め、しっかり押さえます。そして少しずつ前進しながら前足で盛大に砂を後方に飛ばして大きな砂の山(マウンド)を作ってネストホールの場所をわからなくしてしまいます。この作業は2時間以上続くこともあり、時には幅2m長さ10mを越す巨大なマウンドができてしまうこともあります。

前進しながら前足でカモフラージュ

⑤気がすむまでカモフラージュをすませたカメはおもむろに海に向かい降海します。カメが去った後にはマウンドの終点の大きな窪み(ピット)から渚に続く足跡が残されます。

産卵から孵化・脱出まで

産卵直後のネスト

①産卵直後のマウンドの下には50~80cmの深さに100個もの卵が埋まっていますが、卵と卵の間には空隙があります。この空隙は卵の呼吸や水分調節、温度調節に非常に重要な意味を持っています。
 

雨風でマウンドの砂が締まる

②産卵から孵化までには50~60日かかりますが、この間風雨にさらされたマウンドの砂は徐々に硬く締まっていきます。
 

孵化開始

③コガメが鼻先の卵角(卵歯)という鋭い棘を使って殻を破り孵化が始まると、卵白が流れ出した分だけ全体の体積が減るのでネスト内にドーム状の空洞ができます。空洞の底には卵の殻や未孵化卵が敷き詰められ、その上に100頭ものコガメがひしめくことになります。孵化直後のコガメはお腹に付いている袋の中の卵黄を吸収するまではほとんど動きません。
 

ドーム状の空間が上昇

④卵黄の吸収が終わるとコガメ達は断続的に一斉に動きます。コガメの動きのよって空洞の天井の砂が少しずつ崩れ落ち、空洞は徐々に上昇していきます。
 

大脱出

⑤コガメを乗せたドーム状の空洞がある程度の浅さまで上昇すると、突然ドームの天井が崩落し、地表までの砂が陥没によって軟らかくなります。コガメ達はこうして軟らかくなった砂の中をいっせいに上昇して地上に出、海に向かいます。大脱出は普通一~二晩で終わり、出遅れたコガメが単独で脱出するのは極めて困難です。

卵とコガメの受難

産卵からコガメの降海までの50~60日間に卵やコガメはさまざまな試練に遭います。

①高温障害

高温障害 砂が適度に湿っていると炎天下でも30㎝も掘れば砂はひんやりしているものですが、旱魃が続くとネストの深さまで砂が乾燥してしまうことがあります。こうなってしまうと親ガメがネストホールを掘ることさえ困難になりますが、ネスト内の卵も高温にさらされ死んでしまうことがあります。特に岩場の近くのネストでは岩がパネルヒーターのように熱を伝えるので高温障害が起こりやすいようです。
 

②過湿障害

過湿障害 雨が多すぎるのも問題です。特に大岩の近くや崖下のネストは雨が降るたびに岩肌を伝って流れる水にさらされ、過湿障害を起こし死んでしまうことがあります。
 

③水没

水没 台風時に長時間高波を被ったネストでは、卵と卵の間の空隙が砂で埋められ、卵が窒息死することがあります。孵化が始まってから高波を被れば被害はさらに深刻で、ネストが全滅ということもあります。
 

④流失

台風の高波や大雨で増水した川の水で、浜の砂と一緒にネストが丸ごと流失してしまうmこともあります。
 

⑤カニ・シロアリ・イノシシによる被害

ほかの野生動物にとって、ウミガメの卵やコガメはご馳走です。スナガニやツノメガニがネストまでトンネルを掘って卵をつまみ食いしたり、脱出・降海中のコガメを襲うこともあります。イノシシはネスト探しの達人で、おそらく臭いで探すのでしょう、卵を噛み潰し中身だけを食べてしまいます。ごく稀ですがシロアリがネスト内に巣を作ってしまうこともあります。

ここで紹介した卵やコガメの受難は、むしろ自然度の高い海浜で起こる自然現象ですから放置すべきだという意見もありますが、少しの工夫で救えることもあるため、カメ研内でも議論のある課題です。

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