石垣市制施行61周年記念式典

石垣市制施行61周年記念式典

 7月10日午前10時から石垣市民会館中ホールで、石垣市制施行61周年記念式典が挙行され、瀬名波昇氏仲吉八重氏などへの自治功労、また地方自治部門、教育部門、体育教育部門、社会福祉部門、産業経済部門で市政功労、また4つの感謝状などが計24名に授与され、また特別感謝状が人間国宝玉那覇有公氏に贈られました。1947年の7月10日に石垣町が石垣市となり、9月20日に大浜村が大浜町に、与那国村が12月1日に与那国町となりました。戦後3年がたって、市制が施行され、次の年に石垣市長選挙が実施され牧志宗得氏が初代市長となり、1964年に大浜町と石垣市が合併。2003年に市町合併の法定協議会が設置され八重山市誕生が模索されたものの、2005年頓挫。八重山市という名が生まれていれば、61という数字が刻まれていなかったわけであるが、この長さは進歩の長さか、惰性の長さかは不明。還暦を越えてしまったわけで、このまま高齢化するのか。あるいは国レベルでは道州制を導入して、効率よい地理的特性を生かす国作りが目指される中、国境の最南端拠点市はどう進むべきか。その必然の道をどう模索するか。この日は、功労者への表彰の日となっている今、石垣市は9年後にこのままで喜寿を迎えるのが正しいのか、新たな構想が必要となってくるのではないか。来年はそんな議論が芽生える日になってほしいもの。沖縄州が生まれれば、先島島嶼圏(八重山・宮古・尖閣)における県的なブロック形成は、あり得るかである。ちょっと飛躍してはいるが・・・。

この記事をシェアする