忘勿石慰霊祭

 8月15日の終戦記念日に、西表島の南風見田の浜にある忘勿石慰霊碑の前で毎年慰霊祭がおこなわれています。この忘勿石慰霊碑は、第二次大戦中、軍の命令で波照間島から西表島のマラリア有病地帯に強制疎開させられた学童の慰霊碑。当時の波照間国民学校の校長、識名信升氏が、波照間島へ引き上げる際に、疎開地の海岸の岩に、「忘勿石」と文字を刻んだ場所に建立されています。校長は、有病地に強制疎開したことで学童22名が死に、その死を無力なまま見守ってきた無念さへの憤りを、その「忘勿石」の文字に込めたもの。(帰島後にマラリアで44名が亡くなっています)この地で起きたこと、およびマラリアで亡くなっていった子ども達のことを忘れないことを誓い、恒久平和を誓うために刻んだもので、後にこの文字をそのレプリカに、識名氏の銅像とともに碑に掲げられています。慰霊碑として碑が建立されたのは、1992年。15年前のこと。以来、毎年、慰霊祭が開催されており、今年で16回目。この日も、100人の遺族・関係者でなる忘勿石保存会のメンバー20名近くが慰霊祭に参加。保存会会員は波照間島在住者が多く、高齢で船を乗り継いで、西表島まで来るのは大変なために、参加できない人が多いの実情。しかし、炎天下ながら参加者は、黙祷したあと、献花を実施。忘勿石の歌を歌って、御霊を慰めていました。この日は、保存会の会長の平田一雄氏が、日本武道館でおこなわれた全国戦没者追悼式に参加したため、会長の挨拶を、大原小学校の養護教員の友利真利子さんが代読。

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