「月ぬかいしゃ」 東から上がるのは、大月の夜?

●あなたの子守歌は何ですか
 そう聞かれてとっさに口をついて出たのは「月ぬかいしゃ」。思いがけない曲名が口から出て一番驚いたのは自分自身だった。後に改めて考えてみるもそれ以外の子守歌は思いつかない。眠りへ誘うゆったりした2拍子、容易に思い描ける歌詞の情景。もしかしてそれはDNAの記憶が言わせた曲名だったのかも知れない。そう思えてきた。
「月ぬかいしゃ」は歌い出しによって、そうよばれているが「夜の子守歌」といわれ、月以外の歌詞もある。

●「大月の夜」に違和感
 月が美しいのは十 三夜/娘が美しい のは十七、八歳の頃
名歌だ。続けて、月の出の瞬間を歌った歌詞がある。
 東から上りよーる大月の夜(うふつ
 くぃぬゆ)/沖縄ん八重山ん照ら
 しょーり
訳は「東の空から上ってくるお月様、沖縄も八重山も照らして下さい」。
 複数の資料に概ねそう記述されている(『八重山民俗誌・下』『八重山生活誌』『精選八重山古典民謡集2』『島うた紀行2』)。
 しかし、東から大月の夜という「状態」が上がってくるという歌詞がしっくりこない。そこに違和感が残る。

●ある民間伝承・口述資料
 その違和感を払拭する説があり、興味深いので記録しておきたい。
 生きておられたら155歳の「祖母が歌っていた」という90代女性の記憶、つまり口述資料である。女性によると、祖母は
 東から上りよーる/ツキンガナスィ
(お月様)
と歌っていたというのだ。これまでそのような活字資料を見たことはないが、歌詞の文章として、また歌意ともピタリ合致するのでしっくりくる。

●お月様は「ツキンガナスィ」
「ガナスィ」とは『石垣方言辞典』(宮城信勇)『竹富方言辞典』(前新透)によると接尾敬称辞で、「マユンガナスィ」「ソーロンガナスィ」のように、敬愛するものにつけるという。
 東から上がってくるのは「月夜」という状態ではなく「お月様」だという訳の方に歌詞を整えると、前述の伝承のとおり「ツキンガナスィ」のほうがぴったりくるのではないか。

●歌詞誤記の可能性はないだろうか
『八重山民俗誌・下』にはこんな歌詞も集録されている。
 東から昇りおーる大星様(うふぷしぃ んがに)/吾家ぬ頂まで昇り給ぼーり
 (*「がに」も接尾敬称辞)
 あんだぎなーぬつくいぬゆ/ばがけーらあさびょーら
 現在「大月の夜」と歌われている歌詞は、記録時か出版時に誤記されたという可能性はないだろうか。
 古い出版物は大きな力を持つ。これが著名人の著書ならなおさらだ。
 一方、庶民の小さな声のなかに貴重な宝物が眠っている場合も少なくない。だから名著の説に安住することなく小さな庶民の声も検証の対象としたいものだ。そのためには記録し、残していくことが大切であり、それは字誌などの役割だと思う。
 諸説ある状態は自然で豊かな姿である。

八重山資料研究会 山根 頼子

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