息子との旅 Vol.41

 母が予定を変更して家に戻ると言い出したのはその日の朝だった。由布島から石垣の街へ来たのは二日前で、予定ではもう一泊して春風丸に乗るはずだった。しかし、何らかの事情があったのだろう。由布島の隣り村の古見行きの船に乗ったのは昼を過ぎていた。
 天候は悪く、船は揺れに揺れ、いつもの時間を大幅に過ぎて古見へ着いた頃には陽が大きく傾いていた。多分母の頭の中にはその誤算はなく、一刻も早く幼子と夫の待つ家に戻りたかったのだろう。両手に荷物を下げ、ぼくと朝子を従えて桟橋から村はずれの川までやってきた。川の水位も母の誤算だったのだろう。ぼくたち三人は黙って川と向き合っていた。野良仕事帰りの爺さんが麦わら帽子を脱ぎながら声をかけてきた。
「あんたら川を渡るつもりかね」
 母が口元に笑みをつくりながら小さく頷く。
「昨日から水かさが増えていて危ないよ。よかったらうちのはなれに泊まって明日の朝にでかけるといい」
「ありがとうございます。でもどうしても今日中に戻らないと、もうひとりのチビの具合が悪いんです」
 爺さんが同情するように首をふり川へ眼をやる。泥の混ざった流れはぼくの目にも危険に見える。
「あそこに岩がとび出しているだろう。あの岩の海側が一番浅くなっている。渡るならあそこを歩くといい」
 爺さんが指さす方向をじっと眺めていた母が決心したように足元の荷物を手にした。
「それじゃ、これから渡って帰ります。お礼を申し上げます」
 母が深々と爺さんに頭を下げた。爺さんはあわれむように頷くだけだった。
 妹の朝子は母が背中におぶった。僕は荷物のひとつを背にくくりつけ、母の後に従った。買ったばかりの運動靴が水の中に沈む。数メートル進むと水はぼくの胸まで達した。母の腰あたりまできた水が妹の足を濡らす。
「母ちゃん、怖いよ」
 妹の朝子が叫んだ。
「すぐに渡れる」
 母の声が心なしか震えているように聞こえた。

小浜 清志

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