息子との旅 Vol.40

 小浜島と背中に書かれたTシャツを廉太郎は三枚買うと、もう売り場の興味を失ったように出ようと呟いた。ぼくはもっといろいろと眺めたかったが息子の後に従った。
 背丈以上もあるソテツの背後に広がる海とともに記念写真を撮った。普段の生活ではカメラを向けるだけで露骨に嫌な顔をする廉太郎が、旅の途中ではまったくその様子を見せない。旅とは空間的にも精神的にも日常から乖離するがゆえに、いつもはつきまとっている束縛が消えるのだろう。それは単なる解放感とは異なる自らの輝きを帯びているようにも見える。高校三年という人生の端緒についたばかりの息子に旅の充実を味わってほしいと願いつつ、ぼくは懸命にシャッターを押した。
「今度はお父さんを撮ってやるよ」
「いいや、俺はいいんだ」
 カメラを取ろうと近寄ってくる廉太郎を制してぼくは海を指した。
「あれをおばあちゃんはテダーのパンだと教えてくれたことがあった」
「テダーのパン?」
「これは黒島の方言だろうが、テダーは太陽で、パンは足のことだな。つまり、雲の間からのびる陽差しを太陽の足だと昔の人は表現したんだな」
 廉太郎は雲間から差し込む陽光が海へ降り注ぐ光景をしばらく眺めていたが、ふいに顔を向けると切り出した。
「それは昔の人ではなくておばあちゃんが考えたのではないのかなあ」
 思わぬ言葉にぼくは一瞬たじろいだ。いままで考えたこともなかったことである。ぼくは息子に写真を撮られることを嫌って指を海に向けただけだった。息子は旅の解放を味わっているかもしれないが、ぼくには到底そのような心境にはなれなかった。だが、息子の突然な発想から、ぼくは一気に母と見た遠い昔の情景を思い出していた。
 母とぼくと妹の朝子は、夕暮れの迫ってくる川岸に立ちすくみ、重い雲のたちこめる空を見ていた。数日前の雨で川の水流は増えていた。しかし、その川を渡らなければ家へは辿りつけなかった。

小浜 清志

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