第5回 アコウギの下の不思議

第5回 アコウギの下の不思議
第5回 アコウギの下の不思議

 ナカドーミチィが平得部落に行く 道と真栄里部落に行く道に分かれる三叉路に大きなアコウギがありました。アコウギの根は複雑に絡み合ってその絡みの間に子供が入れるくら いの小さな洞を作っています。
 その洞の中に隠れて近くのサトウ キビ畑から折ってきたサトウキビをかじっていると日が暮れて、夕闇の中からリヤカーを引いたおばあが現れました。真栄里部落の畑で昼の間 に収穫した野菜や卵を登野城市場で売った帰りでしょう。
 おばあはアコウギの根の洞の中の 僕に気が付き「どこの子かねえ、親に叱られたのかねえ、かわいそうに」と言ってそのまま行き過ぎました。その間に奇妙なことが起こってい ました。僕とおばあが入れ替わったのです。僕を見ていたおばあは僕になり、僕はおばあになり、おばあになった僕が僕になったおばあを見て 「どこの子かねえ、親に叱られたのかねえ、かわいそうに」と言ったのです。おばあになった僕はリヤカーを引いて真栄里部落に帰り、僕に なったおばあは根の洞の中でサトウキビをかじり続けました。
 それから長い長い時が流れ、僕に なった真栄里部落のおばあは絵描きになり、フランスで元ミラージュ戦闘機パイロットのジャックさんの肖像画を描くことになりました。
 肖像画を描いている間、絵描きは モデルを観察しているのですが同じようにモデルも絵描きを観察しています。絵描きはモデルをキャンバスに描き、モデルは絵描きを頭の中に 描きます。絵描きは描いている自分の姿を頭の中に描いているモデルをキャンバスに描き、モデルは絵描きを頭の中で描いている自分の姿を キャンバスに描いている絵描きを頭の中に描きます。絵描き
は……
 するとそこでも奇妙なことが起こ りました。僕が描いているジャックさんは本 当はジャックさんになった僕で、僕になったジャックさんがジャックさんになった僕を観察し、僕が描いたジャックさんの肖像画はジャックさ んになった僕が僕になったジャックさんに観察されて描かれた僕の絵だということになったのです。
 つまり僕になった真栄里部落のお ばあはジャックさんになり、ジャックさんは僕になった真栄里部落のおばあになったということですが、分かった?
 アコウギの下で真栄里部落のおば あになった子供の僕は今も島のどこかに住んでいます。

与座 英信

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