息子との旅 Vol.39

 はいむるぶしが小浜島にできるという報せを友人から聞いたとき、ぼくがすぐに思い出したのは、小学生の頃母に連れられて由布島から石垣島へ向かう途中の風景だった。当時、石垣島へ行くにはふたつの海路があった。小浜島の東側と西側のどちらかを通るのであるが、圧倒的に東側の方が多かった。しかしあの日はなぜか西側を船は走っていた。小浜島の海側には竹林がずっと続いていた。
「ほら魚がたくさんいる」
 母の言葉に促されて海面を見ると、色とりどりの魚が泳いでいた。海底の白い砂が鮮やかに見える。
「かあちゃん、きれいだね」
 ぼくが興奮した声で叫ぶのを、笑みを浮かべて母が頷く。
「うわあ、魚が魚を食べている」
 ぼくの声につられて母も身をのりだす。美しい海での残酷な光景であったが、ぼくの脳裏には澄み切った海の色が今でも刻まれている。そして、なぜか小浜島に大型のリゾート地ができると聞いた時、ぼくは遠い昔に見たあの時の海と並んで建つリゾート地を想像していた。
 自転車に乗った息子がぼくの真横にならんだ。
「島の風景はどこも同じだな」
 額に汗を浮かべて息子が呟く。
「同じに見えるか?」
「ああ、全部一緒だよ」
「それはお前が他者だからだよ。ここに住んでみな。木の枝ぶり、雑草の生え方、すれ違う婆さんの顔色、微妙に違って見えてくるもんだよ」
 息子は何も応えなかったが、僕の言葉を懸命に理解しようとしているようだった。
 ようやく辿り着いた「はいむるぶし」は、僕が想像していた場所とはまったく異なる所にあった。
 きちんとした制服を身にまとった従業員が、ぼくたち親子にも型通りの挨拶をする。
 息子は土産売り場でTシャツを手に取っていた。小浜島と大書きされたTシャツを何枚も物色している。かつて湘南の海岸で迷子になりべそをかいていた面影はないが、夢中になる目の輝きは幼い頃と変わらない。
「何枚でも買っていいぞ」
僕に向かって息子がVサインを送る。

小浜 清志

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