夏になると空にひばりが囀り、地上にウズラが鳴く野原がありました。
今の八重山商工高校あたりだったと思います。もう50年以上も昔のことだから場所のことは定かでありません。島のウズラは夕暮れになると「ん」の字を少し伸ばして 「ん~、ん~」と鳴き、その低く単調な鳴き声は迫る島の夕暮れに物悲しく溶けて広がりました。子供の頃の僕はその野原のウズラを獲るのが 得意でした。それも素手で獲るのです。登野城七町内では「ウズラ獲りの名人」とまで言われました。きょうはそのウズラの獲り方を君にだけ そっと教えましょう。
はじめは巣の見つけ方からです。
ウズラが飛び立ったあたりを注意深く探すとネズミの通り道にも似た細く微かな獣道が見つかります。地面の上にじかに 巣をつくるウズラは危険が迫るたびに巣の位置を相手に知られないように巣からある程度離れたところまで走りそこから飛び立つからです。
その心細い獣道を広い荒野で敵の足跡を追うインデアンのように根気よくたどると巣を見つけることができます。
そうやって見つけておいた巣の中でウズラが眠る頃猫のように足音を忍ばせて近づきます。もうこれ以上近づくと気づか れる恐れがあるというところまで来たら、後は一気に駆け出します。そこからは出来るだけ足音を大きく響かせて巣の周りをぐるぐる回りま す。はじめは大きく回り、少しずつその輪を狭めていきます。恥ずかしくなければ大きな叫び声を上げながら回るとより効果的です。
突然の襲撃に巣から離れる機会を失ったウズラは巣の中でじっと動かなくなるのでそこをパッと両手で押さえて獲りま す。
いつも飢えていた子供の僕はひとりでそれを焼いて食べました。
ジャン・フランソワ・ミレーの『落穂拾い』はバルビゾン村あたりの麦畑で収穫後の落穂を拾う人々を描いた絵です。食 べる物の無い人たちが落穂を拾い集めているのです。
この絵を見ると今でも記憶の彼方から、島の夕暮れの野原に物悲しく溶けて広がるウズラの鳴き声が聞こえてきます。
「ん~、ん~」