息子との旅 Vol.37

 ラウドスピーカーから息子の名前が連呼された。それは心細い私にとって応援歌のような力強い響きだった。さっきまで若造と思っていた若者が急に頼もしい存在になる。十分ほど経って案内所奥の電話が鳴り、ポニーテールに髪を結んだ若い女性が声高に話している。
「お父さん見つかりましたよ」
「ありがとうございます」
「この案内所は西側ですが、ここから五百メートル程先に東側の案内所があります。お子さんはそこで保護されています」
 ぼくは女性の指さす方向へ歩きだそうとした。
「お父さんそれじゃ熱いでしょう。このサンダルを使って下さい。あとで返してくれれば結構ですから」
 真っ黒に日焼けした女性が白い歯を見せて声をかけた。ぼくは言われるままにサンダルを履き何度も頭を下げて歩きだした。無事だと判ってから急に足取りは軽くなったが、疑問が次から次へと出てくる。一体この三時間をどうして過ごしていたのか。アナウンスをしてすぐに連絡をしてきた人物はどんな人なのか。迷子だとわかっていればもう少し早く案内所に連れてこれなかったのか。ぼくはすっかり酔いの覚めた頭の中で堂々巡りの疑問をくり返していた。
 東側の案内所にも日焼けした若者がたむろしていた。小屋の隅でべそをかきながら待っているだろうと想像していたぼくの眼に映ったのは、若い二人の女性とボール投げをしている廉太郎の姿だった。遠目には無邪気に遊んでいる童であり、とても迷子として保護されている子供には見えない。しかし、ぼくの姿を発見した途端、廉太郎の表情が一変した。笑顔が消えみるみるうちに涙が流れる。一緒にいた二人の女性がぼくに小さく頭を下げた。
「コハマ、レンタロウの保護者の方ですか」
 案内所から出てきた若者がぼくに尋ねる。ぼくは廉太郎から目を離さずに頷いていた。
「よかったね、お父さんが来て」
 女性二人は廉太郎とぼくに交互に手を振りながら去って行った。ぼくはお礼も忘れ呆然と二人の後姿を見ていた。

小浜 清志

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