息子との旅36
廉太郎に紙コップを渡したとき、何の心配もしなかった。夏休みの湘南は人波で埋めつくされるとはいえ、目と鼻の先にパラソルがある。しかし、あれからすでに三時間近くが経っている。
「お父さんはどこにいたの?」
「俺はそこで煙草を吸ってた」
「ずっとそこにいたの?」
「ああ、少し飲んだら眠くなったんだ」
妻の眼付きが鋭くなる。根が穏やかで滅多に怒ることはないが、事は重大である。
「お兄ちゃんとはいつ別れたのよ!」
「ジュースを買ってすぐ」
「ええ、あれからずっと知らないの!」
妻の表情がさらに険しくなる。
背負っていた娘がその声に刺激されぐずりだした。
「案内所へ行ってくるからここを動かないでよ。廉太郎が戻ってくるかもしれないから」
ぼくは妻の怒りから逃げるように走った。真夏の砂浜は熱い。戻ってサンダルを履こうかとの想いを打ち消し必死で走った。
真っ黒に日焼けした若者が案内所とペンキで書かれた小屋にたむろしていた。
「迷子の届け出はありますか?」
息せき切って尋ねるぼくに、まだ二十歳そこそこの若者が悠然と対応する。
「お子さんは何才?」
「多分四才…」
ぼくが曖昧に答えるのをまったく意に介さず次々と質問を投げかける。男女、服装、髪型、いつ頃から見えなくなった。
「多分、二時間くらい前から」
ぼくは優に三時間は経っているだろうが、一時間サバを読んでいた。
「二時間も何してました」
若者の口調が詰問になっている。
「いえ、あの…」
口ごもるぼくを眼の隅で扱えた若者が奥にいた若い女性へ合図を送る。
「これからアナウンスしますが、お子さんは自分の名前が言えますか?」
「多分、大丈夫です」
「では、名前を」
「コハマ、レンタロウです」
「お父さんはしばらくここにいて下さい」