小菅丈治「アジアから見た八重山の海」

小菅丈治「アジアから見た八重山の海」

【作品のテーマ・目的と方法】
 本作品のテーマは「八重山の自然は本来、熱帯の視座から読み解かれるべきであろう。本書は、主として八重山より南の東南アジア海域での生き物の生態、人との関わりを記述し、そうした知識を前提に改めて八重山の自然を観るとどう見えてくるかに重きを置いた(まえがき)」ものである。
 この目的を達するため、魚・イカ、そして貝や蟹などの海の小動物を主人公にして、著者の長年にわたる現地滞在による観察と研究室における調査・研究によって得られた結果を、読みやすい文章で報告している。
 全体として、八重山の海の動物たちが遠く熱帯アジアの海の動物と相関わりながら、地球的規模の時間を(あるものは現在まで、そして、あるものは、今から700年前までの時代を)生きてきたことを、読みやすい文章のなかから教えてくれている。

【作品の構成】
 本作品は「まえがき 熱帯の視座から」から始まって「あとがき 理(ことわり)は世代を超えて」までの間に「1,たどりつく場所としての島―オカガニ達の夜」以下「27,安南の記憶―海を越えたつながり」の本論と「芭蕉の一房」「ウチワフグとオーギバー」「ウムズナーの楽園」「『ミャンマー海』を見に」の4つのコラムを配している。
 本論部は、海生動物に焦点をあてた「理系エッセイ」とでも表することのできる、27の文章を列挙する。取り上げられる主な動物を標題から拾うと、オカガニ、あまん(ヤドカリ)、クロマグロ、ソデイカ、オウムガイ、アカマチ、ウチワフグ、マドガイ、スナヒトデ、蟹、チゴガニ、「兵隊ガニ」、ミナミコメツキガニ、ウムズナー、ヤドカリ、アマオブネガイなどで、本文に名前の出る海生動物の名前は相当数にのぼる。
 各節は平均6千字程度の文章と1ページ程の図版(写真と図)よりなっている。図版・写真は取り上げられている貝・蟹などの小動物についてほとんどもれなくフォローしており、読者の理解を助けるものになっている。

【評価】
 人文系科学を専攻する者にとっても、文句なしに面白い読み物である。八重山の海や浜に住む魚・貝・蟹などの小動物の生態について面白く、かつ、眼前にみるように詳しく、そして、わかりやすく説明してくれ、楽しみながら学ぶ本となっている。
 小動物間の寄生・共生関係についてとりあげられた名蔵湾における動物の多様性(58p)などは、八重山の地が地球的規模でみてもユニークな地域であることを教えてくれる。そして、熱帯アジア、大陸の海浜動物と八重山のそれとの類同性が次々と解き明かされるのをみて、我が八重山の地球的位置づけについてもまた、納得させられる。その意味で、大きなスケールで八重山の島々の価値を教えてくれる作品であり、何故八重山の自然が特異なのか。何故八重山の自然は守られなければならないか。そのような疑問に対する答えのつまった作品と言ってよいだろう。
 そして、この大部の著作の結論として示される「人の世を超えて存在する生き物たちの『理』。その理屈を読み解かなくして、世代を超えた自然とのつきあいは成り立たないともいえる。つきあい方を知るには、自然から学ぶほかはない。そうして授かった知恵を子孫に伝えることこそ、ヒトとしての本質的な生き方、与えられた命という時間の本来の、または自然の意に沿った使い方だと言えないだろうか(あとがき)」という見解は、十分説得的である。
 なお、目次に所載ページがないことは注意すべきである。また、所出動物・植物名の一覧および索引が付いていればなお良かったと思う。単行本化の際にはぜひ実現して欲しいと思う。
 このように本著作は上質な科学エッセイ集である。今年度の南山舎やいま文化大賞の大賞受賞作品と決定した次第である。

受賞のことば
「やいま」発! 知の廻りへの期待
2月の暖かな日の午後「大賞決定」の通知を受けました。目に映る海、山、空から祝福されているように思いました。
 沖縄県立石垣青少年の家(指定管理者NPO法人八重山星の会)事務長在職中に、第2回やいま文化大賞を受賞する廻り合わせとなりました。1976年に「石垣少年自然の家」として造られた建物は、手直しや修繕を重ねながら今日まで続き、76万人をこす人々に利用されてきました。小学生の時に泊ったことのある方も父母や引率の先生となり、あるいは施設の維持管理業務に携わる委託業者の職員として青少年の家へ仕事をしに来られます。日々接するこうした方々が、青少年の家を、ひいては同僚や私の糧を支えて下さっているわけです。そして、私の活動の結果としての受賞作が出版されますと、そうした方達が本を手にとり、私が見たことや考えたことが伝わっていく。こうした「知の廻り」を、海から立ち上る水蒸気が雲となり陸に雨を降らせ川となって海に還る循環になぞらえることができましょうか。それほどに自然なこととして、八重山に住み、関わる皆さんと受賞の喜びを分かち合いたいと思います。
 八重山から1500キロ北の本州沿岸にはサンゴ礁も発達しませんし貝や魚の顔ぶれも随分と異なるのにひきかえ、6000キロ南にあるオーストラリアの海辺では、マングローブや「ガザミ」など、八重山と同じ生き物と出会います。「亜熱帯」と呼ばれる八重山の自然を北から見れば違いばかりが際立ちます。が、八重山より南に広がる熱帯水域の広大さ、そこに暮らす人の多様さを意識すれば、八重山の海を知ることが地球規模で大切な意味を持つと見えてくるはずです。本作品は、海辺に暮らす貝やカニ、マングローブやサンゴ礁の魚も含めた生き物の暮らしぶりや、人々との関わりについて東南アジアからオーストラリアの熱帯域に視座を置いて紹介した読み物です。「温帯人にとって熱帯とは何か」「都市化が進む現代において自然と人間との関わり方の新たな規範はどうあったらよいのか」など、将来に向かってさまざまなことを考え、行動するきっかけとなる「知の廻り」がこれからも八重山の地を発信源として生まれ続けることを願いつつ受賞の言葉とさせていただきます。

小菅 丈治(こすげ たけはる)
1964年東京生まれ。
海の生き物の研究をすることを志し、
1983年京都大学理学部に入学。同年初めて八重山を訪れる。
卒業後、沖縄の海の生き物を研究することにし、
琉球大学理学部生物学科の大学院へ。1987年から1993年まで沖縄在。
ミナミチゴガニなど海辺のカニと貝の研究にいそしむ。
1993年理学博士号取得(九州大学)
1994年より西海区(せいかいく)水産研究所勤務。2年間の長崎勤務(有明海の干潟の生物研究など)の後、1996年から石垣支所配属。
1999年より1年間オーストラリア・クインズランド州立博物館に派遣される。
2008年より国際マングローブ生態系協会主任研究員。東海大学沖縄地域研究センター研究員、放送大学非常勤講師(「アジアから見た沖縄の海」を開講)
2010年より3年間 株式会社テツゲン社員としてベトナムに出向「アジア熱帯養殖研究所」副所長としてエビ養殖の現場に携わる。
2013年帰国。4月より石垣青少年の家(指定管理者NPO法人八重山星の会)事務長。(現在に至る)
「アジアからの視点」「熱帯から見た沖縄」をテーマに海岸動物の研究に取り組み、成果を論文として公表するほか、学校教育や自然観察会を通した普及活動にも取り組んでいる。

著書
「有明海の生き物たち」佐藤正典編, 海游舎, 2000年 共著
「南の島の自然誌-沖縄と小笠原の海洋生物研究のフィールドから-」矢野和成, 編,. 東海大学出版会, 2005年 共著執筆協力
「干潟の図鑑」財団法人日本自然保護協会,ポプラ社,東京,2007年.「名蔵アンパルガイドブック」名蔵アンパルガイドブック制作委員会編,石垣市市民保健部環境課,2013年学術雑誌などへの講評論文多数(八重山の生物に関する論文100編含む)。

波照間 永吉

この記事をシェアする