息子との旅 Vol.35

 クバザキから桟橋方面へバイクを走らせる後を廉太郎が懸命に自転車で追ってくる。道が少しでも上り勾配になると、ぼくはバイクの速度をゆるめて距離を保った。
「気にしなくていいから、どんどん走ってよ」
廉太郎が不満を口にする。
「湘南海岸のときのように迷子になったら困るだろう」
 バックミラーに映る彼の表情が少し曇った。まだ四、五歳の時だった。海の家近くにパラソルを立て、家族四人で陣取っていた。ジュースを飲みたいと訴える彼を従え海の家に入った。
「じゃあ、ママの所に戻ってね」
 紙コップを手渡すと彼は満面の笑みで頷いた。直線距離で数十メートルである。ぼくは喫煙所でのんびりと煙草を吸いながらビールを飲んでいた。久し振りの旅行だった。宿はすぐ近くだし、どんなに酔ったとしても誰に迷惑がかかる訳でもない。酒好きな人間がビール一缶で終わるはずがない。しかし、疲れが溜まっていた。照りつける陽光と血管で蠢くアルコールが疲れに拍車をかけた。昼食前とあって海の家は誰もいなかった。三つ目のビール缶を開けゴザ敷きの広間で横になった。暑さは衰えてないが海風が身体に優しかった。
 気がついた時、がらんとしていた広間が人で埋めつくされていた。酔っ払いのぼくはひとりでかなりの場所を独占している。上半身を起こすと隣の席の婦人から冷たい視線を投げかけられた。あわてて腰を浮かしパラソルへ向かった。見覚えのあるバックはあったが誰もいなかった。まだ寝足りなかった僕は再びそこで横になった。潮騒とあちこちであがる喚声は、夏の昼下がりの心地良い子守り唄だった。
 激しく肩を揺さぶられた。
「お兄ちゃんはどこ?」
 まだ寝ぼけ眼に妻の怒った顔が映った。
「お兄ちゃん?」
「そうよ、お父さんと一緒にジュースを買いに行ったでしょう」
「ジュース?」
 僕は遠い記憶をたぐり寄せながら背筋に冷たいものを感じた。あれはもう何時間も前のことではないのか。

小浜 清志

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