十六日祭の昼ごはん

十六日祭の昼ごはん
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 旧暦一月十六日に、家族親戚がお墓に集まり、飲み食いをして先祖供養をする十六日祭。今年は2月25日の月曜日だった。午後から学校も、多くの職場も休みになり、お墓に家族親戚が集まり、あの世のお正月といわれるこの日に、先祖供養をする。今年は天気にも恵まれあたたかく、まさに十六日祭日和。墓地群といってもいいほどの数の墓があるバンナ岳の南側では、車も人も混雑し、なにかのイベントかのような賑わいだった。
 遠方に住んでいる出身者も、この日に合わせ帰郷する人も多い。八重山では十六日祭が主流だが、沖縄本島出身家系では、十六日祭ではなく、旧暦の3月に同じようにお墓に集まる、清明(シーミー)祭をする。沖縄本島でも北部のほう、そし宮古では十六日祭が行われるようだ。

 高良さんちのお墓におじゃました。12時すぎにお墓へ出かけ、線香をあげ、そろってウートートーをしてから食事をする。高良家のお父さん新盛さんの七年忌を終え、昨年完成させたばかりのお墓で、初めての十六日祭を迎えた。前日からごちそうを準備したのは敬子さんと弥生さん。魚と豆の天ぷら、昆布巻、三枚肉、ゴボウ、コンニャク、大根の煮付け、カマボコなどのごちそうを重箱につめ、中身汁も準備した。オードブルも頼んで、親戚が集まり、新盛さんを懐かしみながら食事をした。

 新川の瀬名波致正さん宅の大きなお墓の前では、5家族、4世代が集まった。12時前から来て、ごちそうを囲みながら親戚団らんが続いていた。この時期にたくさん出まわり、十六日祭でよく食べられるソーギナー(フダンソウ)も準備されていた。

 福里さんちのお墓では、13時前から4家族が集まり、持ち寄った、サラダ、煮物、かまぼこ、お肉と野菜炒め、味噌汁、フルーツなどたくさんのごちそうが並んでいた。
 中でも賑やかで目立っていた粟盛康吉さん、スミエさん宅のお墓。7人兄弟のうち3人の家族、孫も10人集合した。今日のごちそうはほぼスミエさんの手作りで、3日ほど前から準備にとりかかったという。スミエさんは福岡県出身で、石垣にお嫁にきて、この習慣に「はじめは戸惑ったけど、もう慣れましたよ」と笑顔。
 最後に、あの世のお金、ウチカビ(紙銭)を、ご先祖さまがつかえるようにたくさん燃やして帰宅。お墓でピクニックの光景が広がった八重山の1日でした。

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