息子との旅 vol.21

 目が覚めると息子の廉太郎の姿はなかった。旅に出てから早起きにったのかと思って時計を見たら七時を回っている。いつもなら登校時間であり、僕が寝坊したにすぎない。
 酒の残る身体をシャワーで流していると息子が戻ってきた。
「今日はやっぱり小浜島に行きたいな」
 ぼくがシャワールームをでると窓外の風景に顔を向けたまま、旅の変更を口にする息子の後ろ姿が急に大人っぽく見えた。
「別にどこの島だっていいさ、行きたい所に行くのがこの旅の最大の目的なんだから…」
「じゃあ、この便にしよう」
息子はパンフレットの時刻を指で示すとTシャツを脱いだ。
「少し走っただけなのにやたらと汗が出てきた。やっぱり東京とは違って気温が高いな」
「あたり前だろう。二千キ口近く南下して来たんだぞ」
「先に飯行ってて。シャワーをあびたらすぐ出発しよう」
 ぼくの返事を待たず、息子は着替えを持って浴室へ消えた。エレベーターで朝食バイキングのある階へ降りた。あまり食欲はなかったがともかく腹に何かを入れなくてはと思いつつ、自動販売機の前に立っていた。迷わずにオリオンビールのボタンを押した。
 時間が遅いせいか食堂に人影はなかった。窓際に席を取り、まず一気にビールをあおった。冷気が腹に降りてくる。昨夜の酒の残りが誘発されるのか酔いが回る。
 窓の外には鉢植えの観葉植物が陽に照らされていた。葉先が時折ゆっくりとゆれる。この旅が終わればいやおうなく厳しい現実に戻るしかなかった。息子は私学を辞めて都立高校に進学した。会社運営は毎日が薄氷を踏む思いで来たがいよいよ幕引となるのは確実だった。それが故に最初で最後となるかもしれない息子との二人旅を思い立ったのだ。現実を少しでも忘れようと思って石垣島まで来たが、ひとりになるとどうしても引き戻されてしまう。
「またビールかよ、倒産寸前の社長にしては優雅じゃない」
息子の声で我れに返った。

小浜 清志

この記事をシェアする