息子との旅 vol.19

 窓の外には丘の上に建てられた高層住宅の群れが並んでいる。その夜景を眺めながら酒杯を傾ける刻がぼくにとっては至福だった。だが、いずれこの住宅も出て行かなければならないだろう。しかし、今は息子をどう説得するかだと思うと、立ちあがった椅子がとてつもなく遠くに感じた。
 息子と妻のすすり泣きが地虫の泣き声のように聞こえる。
「父さんお願いがあります」
 背後から息子の決然とした声が届いた。窓から椅子へ戻るぼくを廉太郎がじっと視ている。その目がなぜか涼やかだったことに安堵してぼくは腰を降ろした。
 息子の頬は涙の跡で光っていたが表情には曇りがなかった。「中学三年までの授業料は払えるんだよね」
 廉太郎が居住いを正して聞いてきた。
「それだけは約束できる。なあそうだよな」
 ぼくはまだ目頭を拭いている妻に同意をもとめた。
「それと大学の入学費までは用意してあるわよ」
 赤くなった目を廉太郎に向けた妻は少し弾んだ声で告げた。
「だったらそのお金で塾に通わせて欲しいんだ。中学は今学期で辞めて来年からは地元の中学に通うから…」
 廉太郎の提案にぼくと妻は思わず顔を見合わせた。経済的に住宅ローンの半分近い授業料はどうしても負担になるから私学は辞めてもらうしかないという結論だけを見ていたぼくは息子の申し出に面喰らった。
「今の中学で三年までいて高校受験は厳しいと思うんだ。他の連中は入試なんて考えていない。どうせなら小学まで一緒だった仲間と塾に行って高校受験をしたいんだ」
 息子の言い分は正鵠を得ていた。私学中学卒業という履歴にこだわっていたぼくより、息子は現実を見捉えて動きだそうとしている。その考えは即席で出たものではなくそれなりの熟慮を重ねたであろう。
 ぼくは胸を撫でおろしながらふたたび窓辺へ向かった。
「お父さんはお兄ちゃんの意見に賛成だよ。ありがとう」

小浜 清志

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