息子との旅 vol.18

 一度傾きかけたものは慣性の法則と同じようにいかなる手立てを加えても止めることはできない。
「お兄ちゃんもそれくらいはわかっていたでしょう」
 眉間にしわを寄せた妻が低く洩らすと、廉太郎は頭をたてに振った。ぼくはどのように切り出そうとか悩んでいた。沈黙が重く流れる。窓の外には秋を伝える雲がゆっくりと流れていた。
「今の学校だけど中学だけで辞めてほしい。それまでの授業料は払えるけど高校は都立に行ってもらいたい」
 ぼくの言葉を聞き終えると廉太郎が顔を伏せた。薄々は予想していただろうが、はっきりと言われたことで動揺しているのが見ていて辛かった。涙が頬を流れ落ちる。隣の妻も目頭をハンカチで押さえていた。
「どんなに無理をしても中学だけは卒業させてあげるからさ」
 言いながらぼくも涙声になる。
「お兄ちゃん悪いね」
 妻が悲痛な声で同じ言葉を二度くり返した。廉太郎の目から大粒の涙があふれ嗚咽が洩れる。天井を仰いでいたぼくの目からも涙がこぼれた。息子の人生を狂わせてしまうのかもしれないという不安が横切る。いっそのこと発言を取り消そうかとも思うが、それを保障できるものはない。息子も辛いだろうが、僕も辛いし、妻はもっと辛いだろう。そもそも中学受験なんかさせなければよかったという後悔すら頭をもたげる。廉太郎はうつむいたままテーブルの上のティッシュを手さぐりで取ると鼻水を拭いた。妻もハンカチを裏返して何度も目頭をぬぐう。午後の陽射しが窓外にはあふれていたが部屋の中は暗く重い空気だけが流れていた。二十年近く続けてきた事業の破綻が惨めだと思った。
 私立中学のユニホームを着てバスケットボール大会に出場していた時の写真が見えた。レギュラーである息子は来年こそ中央大会に出ると意気込んでいた。これまで歩んできた道を親であるぼくが閉ざすのかと思うと、慙愧の念がこみあげてくる。ぼくはいたたまれなくなって椅子から離れると窓辺へ向かった。

小浜 清志

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