菊池寛賞受賞に想う奢らぬ男へのご褒美

菊池寛賞受賞に想う奢らぬ男へのご褒美

昨年10月19日に第59回菊池寛賞が発表され、「小さな島の大きな辞典!!」をキャッチコピーにした『竹富方言辞典』が栄えある大きな賞を受賞した。菊池寛賞というのは全国的に知名度が高く、私も賞の名前は知っていたが、その内容については詳細を知らなかった。 そこでネットで調べてみると、昭和27年(1983年)に制定され、日本文学振興会が主催し「菊池寛を記念して設けられた年1回の文化賞。文学・演劇・映画・新聞・放送・出版などの分野で、その年度に創造的な業績を挙げた個人や団体に授与される」とある。
 受賞理由には「27年かけて採集した方言を収録し、日本最南端の出版社から刊行されたこの辞典は琉球語などを研究するための貴重な文化遺産である」と記されており、主催者は著者の前新透氏と南山舎さんを褒め称えている。
 菊池寛賞は出版社が発行した本を差し出して審査してくれというシステムのものではなく、選考等のすべてが主催者の日本文学振興会の手に委ねられている賞なのである。だからこそ受賞の意味が大きいのである。果たして日本文学振興会はどうして『竹富方言辞典』の存在を把握したのであろうか。一般に街の書店で市販されている本ではないのだからできればその経緯をぜひとも知りたいものだ。そういう意味においては今回の陰の立役者は日本文学振興会かも知れない。
 それにしても竹富の方言採集に27年もの長い時間をかけたというのはただの情熱だけではできない大仕事である。前新透氏には「残さなければ」、「後世に引き継がなければ」という強い義務感と責任感のようなものがあったのではなかろうか。そして見落としてならないのは、前新透氏が自分の生まれ島を忘れることなく、いわゆる島人としての島に対する深い思いと愛情を持っていたことであろう。方言採集にあたっての島の先輩諸氏からの聞き取り調査にしても私たちが考える程容易なものではなかったはずだ。そのご苦労と忍耐力は察するに余りある。
 発行元の南山舎さんも前新透氏と同様の思いでこの仕事に着手されたのではないかと思う。前新透氏は方言の採集はしたもののこれを辞典として世に出す術までは持ち合わせていなかったところに最適任者の南山舎さんが現れたのである。前新透氏はきっと願ってもないことと思ったのではなかろうか。それが証拠に、受賞の記者会見が南山舎さんで行われた折に前新透氏は万感を込めて「南山舎さんのお陰」と述べておられ、会見の席上からは気負ったところや奢ったところがまったく感じられない。また、南山舎社長の上江洲儀正氏も前新透氏と同様、とてつもない大きな仕事をしたにもかかわらず奢りや気負いがない。
 そういう意味において今回の受賞は前新透、上江洲儀正両氏に共通した奢らぬ男に贈られた大きなご褒美なのであり、このお二人の心意気と努力がこの快挙を成し遂げたのである。
 また、感心させられるのはこの辞典には共通語から竹富方言を逆引きできる索引編が掲載されていることおよび国際音声字母による音声表記がなされていることであり、南山舎さんならではのことと頭が下がる。
 辞典が完成した時に上江洲儀正氏に「これだけ努力と苦労をしたのだから、必ず後でなにか良いことがある。」と言ったが、その時はまさか菊池寛賞のことなど考えてもみなかった。せいぜい地方区程度かなと思っていたのである。それが今回の全国区での受賞である。今はそれなりの評価ができなかった自分を恥じている。
 この辞典が発売されて間もなく上江洲儀正氏に電話を入れた折「初版が完売できるように今セールスに出歩いている」とのことだったが、立場上売れ行きを心配していたのだ。しかし、初版本完売後に第二版を重ねてきた実績からは辞典の好評ぶりがうかがえ、上江洲儀正氏の心配は杞憂となった?
 授賞式は12月2日に東京都内のホテルで行われたそうであるが、主催者は著者だけではなく出版社の南山舎さんも授賞式に招いてくれたそうである。なんという粋な計らいであろうか。当日の東京は最高気温が8度という寒い日であったが、前新透氏と上江洲儀正氏にとっては、これまでで一番のホットな日になったのではないかと思われる。
 日本の南の島で一生懸命努力して成し遂げた仕事が中央の目にとまって日の目を見たのであり、小さな島にこれ以上ない大きな金字塔を打ち建てたのであるから、これは大いに誇りにしてよいことだと思うが、前新透氏も上江洲儀正氏もそれらしい目立ったことは一切やらないような気がする。
 さて、南山舎さんは1987年12月15日に『八重山手帳』1988年版発刊を機に創立されたが、南山舎さんの出発原点がこの『八重山手帳』であることを踏まえると今年は節目の25周年を迎えることになる。この節目の年に南山舎さんはどのようなことを発信して新しい八重山を見せてくれるのであろうか。今から楽しみであるし、期待している。
 前新透さん、あなたのなされたお仕事が大きく評価されました。苦労が報われました。私にもあなたの良心が伝わったような気がいたします。誠におめでとうございます。今後はお体に十分ご留意なされ、さらなるご長寿を願っています。
 南山舎さんと上江洲儀正さんの良心も伝わりました。お疲れ様でございました。

星 美博

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