地震

 今年の天候は異常だ。寒さが続き稲の発芽が遅れ、なかなか成長しない。色もだんだん黄色気味になり、もう田植えした方がいいと知人に促された。
 ポカポカ陽気のなか石垣正一さんと二人で田植えを始める。糸をはっての手植えだが、振り返れば曲がりくねっている。恥ずかしい。石垣さんは大丈夫、大丈夫だよと励ます。知人がやってきて「なんでお前のはマガレークガレーしているか」、「精神がたるんでいる」などと冷やかされる。大和の早乙女たちの田楽や風流太鼓などがあれば田植えも弾むだろうにと思ったりする。
 十八歳の頃、稲刈りが済んでのブガリノーシ(慰労会)のとき、古老がニヤニヤしながら、昔、田植えの時、女性の後ろにいてチビ(尻)やら、サナイ(ふんどし)からなにかがチラチラ見えて良かったといい一同大笑いになった。
 あのころはあらぬ想像をしたが、六十も過ぎると、泥だらけの女性を見て男性たちは色気を感じたのだろうかと思ったりする。
 太陽が傾き始めたころ石垣さんの携帯電話がガンガン鳴る。なかなか切れない。石垣さんが会話をしていたが、津波が来るので孫を迎えて来いとの電話だといって慌ただしく帰った。
 津波? またいつもの十センチでは? と思いながら田植えを終えて泥を落としていると、サイレンが聞こえる。娘に電話すると「まだわからないの。大変だよ。六時過ぎに津波が来るってよ」と怒鳴られる。「津波? 地震もないのに何が津波。大袈裟な」。風呂を浴びてブガリノーシにまず一献とビールを飲みながらテレビをつける。目を疑った。映画ではないか。以前観た韓国映画の「TUNAMI」のシーンではないか。現実とはとても思えない。壊滅である。絶句。
 福島原発は大丈夫だろうか。知人でチェルノブイリ原発事故に詳しく、映画「アレクセイの泉」の本橋成一監督や歴史家の色川大吉先生から日本原発の危険な状態を聞かされていただけに脳裏をかすめる。
 それから心がざわつき落ち付かなくなった。
 被災者たちが食糧を水を薬をと叫んでいる。総理大臣がうつろなまなざしで空から被災地を視察しているのを見るととてもこんな人が大災害に立ち向かえるとはとても思えない。
 なぜ、全国のヘリや飛行機を集め空から救援物資を投下しないか。それだけの機動力もジンブンも持ち合わせていないのだろうか。
 それにしても石原慎太郎東京都知事の「津波は天罰」発言は許せない。日本人の我欲がその理由という。我欲の張本人は石原であろう。泥田にまみれて国民の胃袋を満たし、クリーンだの安全だのという東京電力を信じて、石原が都知事をつとめる東京へ送電する原発を設置させた朴訥なひとたちに向ってよくもそう言えるものだ。地方の民よ地産地消せよ。東京を兵糧攻めせよ。
 原発からは放射能が漏れているにもかかわらず、テレビに登場した枝野長官やこれが学者? 素人でもわかるような解説者たちは「ただちに身体に影響を及ぼすものではない」を繰り返す。馬鹿な。放射性物質が大量に放出するという事がいかに危険な状態であるかは素人でもわかるはずだ。
 ここ数日から、深刻な状態にあると盛んに述べている。こんな国や、保安院、東京電力の説明、御用学者や無意味な解説者など信じる事はできないだろう。海へ放射能を流失させ、農作物も放射能汚染された。田は津波で海水の塩分が残り、数年間にわたり使用が難しいという。原発如何によってはどうなるか分からない。農民の怒りと無念さが目に浮かぶ。我が田の稲は大災害を受けた福島産である。
 種籾を作ったひとはどうなったのであろうか。青々とし始めた稲をみると愛おしさと身が引き締まる。頑張れ東北。

大田 静男

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