≪島の特性を使ったノウハウ作り≫
与那国町商工会の経営指導員である米城智次さんは、23歳のときに与那国に帰ってきた。特に10年前頃から島の良さ、魅力を改めて感じるようになり、足下を見つめ島を愛するようになれば島がよく見えるようになったという。与那国町商工会では、むらおこし事業3点セットとして「ヨナグニサン・与那国馬・長命草」をあげている。
「従来型のキビ・水稲・畜産だけではなく、薬草をやってみようと思ったのは、第一に人間は健康でなくてはならないという発想から長命草の商品化に向けて取り組んできたわけです。商品は乾燥させてそばにしたり、サーターアンダギーにも使ったり、ジーマーミーにもまぶしたり、最近はお茶にしたり、伝統的なモチにも使って幅広く用途は広がっています」
長命草は商品化されて約3年、7点ほどの商品となっているが、米城さんは「こういうものはすぐにヒットするものではないので、徐々にやっていくしかない」と腰を据えて取り組む。長命草の栽培は、商工会の役員が率先し、商工会長自らも植えている。収穫した長命草は農協の施設を使用して乾燥させて粉末にし、加工をして商品にする。生産から加工、そして商品化まで与那国の中で行われているのである。
「商工会として長命草という一つのものを取り上げているんですが、製造から商標、販売に至る流れをつくれば、それを他の薬草にも応用できるんじゃないかと。一つのモデルケースとして長命草があるんです」
ただ、長命草だけで農業が成り立つというわけではなく、従来の第一次産業に付随した形で所得につながればという段階である。長命草は、一つのアイディアであり販売までのノウハウをここに凝縮させれば、他にも応用できる。そしてそれからは商品化されたものを、島外にアピールし販売していくというのが課題なってくる。
また商工会では与那国馬を活用して、茨城県大洋村と交流を行っている。
「茨城県大洋村でも与那国と同じように馬を活用して地域おこしをやっているんです。平成10年にフォーラムをやったんですが、そのときにお互いに何をしていこうかということになり、やはり子どもに焦点をあててやっていこうということになり、小学生の交流が始まりました」
今年は、大洋村から与那国に迎え、2学期からは与那国の小学生が1ヶ月間ホームステイで行くことになっている。馬が結ぶ人の交流が始まっている。
≪将来は台湾経由で世界へ羽ばたく≫
与那国の西崎から天気がよければ、111km彼方に台湾が見える。与那国町は昭和57年10月8日に花蓮市と姉妹都市を結び、人の交流、文化の交流を重ねている。
「今年も台湾から中国語講師をお招きして、約1ヶ月半ぐらい中国語講座を開きました。講座終了後に中学生が6人、台湾でのホームステイに行くことになっています」
与那国町教育委員会では7月3日~8月8日の月曜~金曜の19時半から小学校4年生を対象に第7回中国語講座を開いた。もう7年の実績を積んでいる。
「気候も動植物も与那国と台湾は似ています。ただ、変わっているのは言葉だけ」と話すのは今年も中国語講座の講師をつとめる林秀春先生。
「将来的には、与那国の子どもたちが台湾の高校や大学に留学して、日本と台湾の掛け橋になって欲しい。与那国と台湾の将来は希望がありますよ」
今年からは幼・小・中の学校を林先生に回ってもらって、わずかな時間だが子どもたちが中国語に触れることができた。来年からはできるだけ多くの時間を割いてもらって、学校でも中国語の講座をやっていきたいと教育委員会は意欲をもっている。今年から講座の管轄が教育委員会になり、教育に結びつくようなやり方でどんどんふくらませていく予定だ。毎年、夏の1ヶ月間の講座だが、半年間の長期的な講座にしていくことが新たな目標になっている。植えている種子はやがて、一つの大きな実を結ぶだろう。長期的な視野に立ち、そして夢は大きく、いかにも与那国らしい。
「子どもたちの交流だけでなく若い町役場の職員を半年でも1年でも研修に行かすことも必要ではないか」という意見も取材中に聞こえてきた。
与那国町はこれから、目の前にある外国・台湾との交流新時代となってくる。来年、花蓮市と友好姉妹都市を結んで20周年を迎える。
≪島内消費の野菜作り≫
与那国ではサトウキビと水稲そして畜産が農業所得の主要になっている。特に肉用牛の生産は、近年サトウキビを上回る生産高を誇るまでに成長している。農業を兼業している農家が多く、土木業とキビであったり、土木業と畜産、また専業であってもキビ、畜産、水稲をそれぞれつくっているのが普通である。
その中で数年前から野菜の生産をしている人がいるという話を聞き、野菜生産組合長の宮良正一さんを訪ねた。
「昨年の12月に農協、町役場の方から組合を作ったらどうかという話があり、与那国野菜生産組合を作ったんです。現在メンバーは4人。他に老人クラブ連合会、農協婦人部、生活改善グループもやっています。島内野菜を自給しようと頑張っています」
与那国はこれまで自家製の野菜以外は、すべて島外のものでまかなってきた。野菜生産組合が生産した野菜は、農協前でふれあい市や部落内のスーパーなどで販売されている。
「島外に出荷しようと考えると、離島であるためのコストがどうしてもかかりますから、値が張るもので付加価値があるものでないと島外出荷というのは望めないと思います」
与那国から出荷するとなると、那覇までの輸送コスト、農協・経済連・市場の手数料、箱代などを引いていくと簡単には手が出せなくなるという。宮良さんたちは今はとにかく野菜の島内自給率の上げることを目標にしている。スーパーや宿泊施設に安定供給するためには、生産する野菜の種類を増やして、必要なときに数が揃ってなくてはいけない。
「メンバーの中では同じ種類を同じ時期に作らないように話しあっているんですが、島の中で安定供給するには10人ぐらいの組合員でやっていければと考えています」
さらに、キビ・水稲・畜産と兼業する形で野菜を生産する人が増えてくれば、島外からの野菜への依存度も軽減されるだろう。与那国の基幹産業であるキビ・水稲・畜産がこれからも農業の柱になっていくと思うが、それに野菜の生産がうまく加わっていけば新しい展開が見えてくる。「島で食べるものは島で生産する」という原点に帰ること。そこには与那国の未来への大切なヒントが隠されているように思う。
≪世界へ発信、海底遺跡のロマン≫
与那国を一周すると、八重山の島々にはない風景にたくさん出会う。特にサンニヌ台や立神岩などは人をひきつけてやまない。そして近年、世界から注目を集めているのが海底遺跡である。多くのメディアに取り上げられ、世界中の学者から研究の対象となっている。
和泉用八郎さんは、久部良でダイビングショップを営み、たくさんのダイバーに与那国のダイビングスポットを紹介している。
「海底遺跡が知られるようになって、ダイビングでくるお客さんが増えました。本土から1日でもいいからと潜りにくる人もいますし、リピーターも多いですね。海底遺跡は夏より冬の時期、波が穏やかなときがいいですね」
和泉さんのダイビングショップにも、特に正月の時期にダイバーがたくさんやってくる。与那国のダイビングは海底遺跡だけでなく、ギンガメアジ・イソマグロ・ロウニンアジ・ブルーマーリン・バラクーダ、そしてハンマーヘッドシャーク、運がよければジンベイザメにも会えるという魅力を持っている。与那国のダイビング業者は「与那国スキューバダイビング組合」を結成し、海の清掃を定期的に行ったり、サービスを向上するために努力している。
「与那国は島の360度がダイビングポイントですから、業者それぞれ独自の穴場ポイントを持っています。せっかく与那国まで来るんだから、他にはない感動を味わってもらって、そして宿泊してもらって与那国を満喫してもらう」
海底遺跡がアピールされることで与那国を訪れる人が増える。ダイビングで訪れる人たちが、滞在日数を増やしてくれるにはどうすればいいか、スキューバダイビング組合では考えている。与那国に本土からくるには、飛行機に便数が限られているためかなりの不便が伴っている。朝早く出発するか、沖縄本島や石垣で宿泊することになる。その辺の利便性が向上すれば、もっとダイビングで与那国を訪れる人は増えると和泉さんは言う。
海底遺跡は自然にできたという説、人工的にできたという説、謎は謎のままでいい、など多くの意見があるが、これから海底遺跡は与那国観光、八重山観光の大きな目玉になるはずである。海底遺跡が永い眠りについた文明なら、それを活かすのも現代に生きる私たち。島をおこす過去からの大きな贈りものになってくれればいいのだが…。
≪漁場はすぐそば、販路は遠い≫
今年も第12回国際カジキ釣り大会が7月19~22日まで行われた。今年はカジキがたくさんあがり大盛況だった。県内随一のカジキの水揚げを誇る久部良漁港に与那国町漁業協同組合はある。
「与那国は恵まれた漁場が近くにあります。ジェット化になり獲れた鮮魚を輸送することができるようになっています」と与那国町漁業協同組合長の松川信夫さん。与那国はカジキを中心とした漁業が盛んである。しかし一時期の隆盛からすると、獲ってくる漁業では厳しい現状が与那国にもある。
「どうしたら獲ってきた魚を収入にすることができるか。高級魚だけでなく、すべてのものを収入とする。新しい試みとして、特定の仲卸業者と契約をして与那国漁協からのものを、高級魚から雑魚まですべて買い上げてもらう。そのために漁師は安定供給できるように魚を獲ってくる」
獲ってきたものが収入になることは素晴らしいこと。魚の宝庫である豊かな海を前にして、輸送の問題で漁業が衰退していくのは寂しい。
また漁協では1998年からエビ養殖にも取り組んでいる。
「エビの養殖もなかなか難しいですが、昨年は大幅な黒字とはいかないが赤字にはなりませんでした。質と技術の向上、販路の確保など課題はまだまだありますが、獲ってくる漁業とエビの養殖をうまく進めていきたいです」
与那国漁業の灯を消してはいけないと漁協も努力している。国際カジキ釣り大会などの影響で与那国に釣りの醍醐味を味わう人がやってくる。釣り客への案内サービスを複合的にやっている漁師も多い。豊かな海の産業が手探りの中ではあるが歩き出している。
与那国に降り立つとき圧倒される迫力を感じる。島の自然からくるものもあるだろうが、そこに住む人たちの魅力もある。一島一町の行政単位であるため結束力も強く、八重山という枠を飛び越える大きな発想がある。与那国を中心に置いた地図を想うとき、最西端ではなく世界への橋が広がっていく。島の未来への新たな試みを考えると、大切なのはどぅなんとぅ(与那国人)としての誇りであり、壮大な自然を背景とした独自性だと思う。そこに自立する島への重要な第一歩がある。