18年前に存在した、八重山初のタウン誌

18年前に存在した、八重山初のタウン誌

去る1月、県立図書館八重山分館で行われた全国タウン誌展に、八重山初のタウン誌『ぱぴい』が展示されていた。
この雑誌が創刊されたのは1980年7月。
通称ヒゲさんこと、故・稲田丈さんを中心に「多情な女、求む」という奇抜で大胆な求人広告をきっかけにして集まった地元や本土の若者によって制作された。
大人や子どもの様々な笑顔が並ぶスナップ写真や、今では懐かしい当時のお店情報、エッセイなど内容も充実。
「軽薄がモットーの雑誌でした(笑)。八重山で初めてのタウン誌だったから、周囲の人たちも楽しみにしてくれましたよ」
と主に取材を担当した東山盛(旧姓・新城)弘子さんは当時を振り返る。
『ぱぴい』はその後、拠点を沖縄本島に移して第2号を発刊したが、諸事情によりそのまま廃刊となった。
表紙を飾る笑顔の高校生も今では30代半ば、思い出の写真である。
地元のみんなが登場し、いつまでも地域の宝物のような雑誌に一歩でも近づけたらいいなぁと、我が『情報やいま』も改めて思う今日この頃です。

やいま編集部

この記事をシェアする