木と共に

木と共に

逆さにカンナを持つ職人がいる。多分、日本では八重山でしか見られない。
普通のカンナに、把手をつけた形をしている。人はそれを「押しカンナ」という。
「固い材質には、力が入りやすいですね」
戸真伊擴さんは、カンナを逆にして、両手で把手をつかむ。
人指し指を進行方向に伸ばして、板を台に立てかけ、カンナを滑り下ろす。
体重をカンナに載せながら下へ向かって押すのだ。「内地でも沖縄本島でも見られません。よく見せてくれといわれるので、この前は沖縄本島で見せてきました」
「どこから、どうして伝わったかは知りません。恐らく八重山だけでしょう」

≪独自なつくり≫
八重山独自なものは他にもある。
内地から来たある職人が、古い八重山のタンスを見て言った。
「どこにもこんなやり方は見たことがない」
そう言われてみて、見直したという。
「外から来た人に言われて気がついたんです」
今、戸真伊さんの仕事場には、古いタンスが並べられている。捨てられるところをもらい受けてきたという。
内地の作り方のもの、沖縄本島の作り方のもの。そして、八重山の作り方。
彼は、島材でつくられたタンスを集めている。内地と沖縄本島のタンスは似ているという。
内地の側板は一枚の板でつくるが八重山のものは、横木を入れて薄い板をはめる。この部分を見ると八重山の古いものか否かがすぐわかるのだという。

≪島材がブーム≫
「島材が最近ブームですね。新築の建物の床の間などに、島材を使いたいという人が増えてますね」と市内の設計士は言う。
「馴染むんですね」
今、建物を作る場合、内装用の材料にはほとんど外国材を使う。
木造の新築は竹富島を除いてほとんどない。
どこもコンクリート建てにするから、島材の需要は少ない。 ただ、床の間や仏壇など重要な所に島材を使う人か増えているという。
といっても、需要は突然に増えても問題ではある。
現在、石垣市が競売に出す島材は年、30本ぐらいだという。

≪昭和初期の発芽≫
「30年たっていても、若いんです。まだ使えません」と戸真伊さん。彼は指し物の場合を教えてくれた。
「若い木の樹液にある栄養分を求めて虫がつくんです」
「ヤラブなどでは普通、50年以上生育したものを伐採します」
「その後、5年は寝かせます。乾燥させて樹液を抜くためです。防虫の意味もありますが、木が硬く締まってくるのもあります。また、しっかり乾燥しておかないと、生きていると成長して、つくりに狂いがくるんですね」概算すると、今、使う木は、昭和初期に発芽した樹木を使っていることになる。
島材の家具を見て半世紀以上の重みを感じる人は、まず少ない。

≪狂い≫
時々、狂って引き出しがあかなくなるタンスがある。あるいはあけにくくなる。
普通は職人の腕に問題があると思いがち。
が、本当は逆に優れているため、そうなるのだという。
「よい例が、大和で作られたタンスで、できのよいものを八重山にもってくると、引き出しが出なくなることがあります。それは当然なんですね。いいものほどそうなる。寸法がピッタリ作られると、作られた場所を離れると、気象の関係で狂いが生じてくるんです」
と戸真伊さんはいう。だから、しっかり作られたいいものほど、その土地を離れるとダメになるのだという。そういう意味で、ここで生まれた家具はここで使われるのが一番だということになる。

≪スーカン≫
時には、仕方なく若い木を使うことがあるという。締まりがなく、樹液を含んでいるので、虫が着きやすく、狂いも生じやすいため、3年間、水につけて、樹液を抜く。
これを『水で乾燥する』という。方言で『スーカン』という。海水に漬けっぱなしにする方法もある。海水に漬けて海の虫が木を食べた跡ができると、決して陸の虫は食べないという。
一般には建具用の材木は薬品で防虫処理をする。指物師は防虫剤を使わない。食器が作れなくなるからだ。

≪ねじ組≫
県の職業能力開発協会の展示会で、かわったものを展示しようと思った戸真伊さん。
「『ねじ組(ねじり組みとも言う)』といわれる特殊な細工で作ったサイドボードを作りました」
この細工は、一度組むと2度と外せない特殊な細工だという。今、つくっているその細工物を見せてもらうが、どうはまるか全くわからない。
試しに組むこともできないそうで、組むのは一発勝負だという。戻り道がないのだ。
「職人は簡単にはやりたがりません」と、戸真伊さん。
島材で、しかも難しい細工をした木工品となると、価値は高い。
こんな手のこんだものをつくりたいという戸真伊さんだが、注文の品に追われて、なかなかトライできないという。

≪娘とセンダン≫
「昔は娘が生まれるとセンダンを植えたといいます」
センダンの木は防虫作用があり、タンスの内側につかうと、虫よけにいいのだという。
「センダンは15年ぐらいから使えるもっとも早い木なんですね。だから、嫁入りするくらいにタンスを作ってもたせてやる。つい最近も、そういう注文がありましたよ」娘にしてみると、これほど心打つ贈り物はないだろう。

≪風土と樹木≫
台風が八重山を直撃する時、あの風の唸りが始まる。
コンクリの建物さえ震動させる台風に耐え、残ってきた樹木。
干ばつにも枯れることなく、人々の気象との闘いを、この木もしてきた。この木の子孫もしてきた。
そういうところで、共感するものがあるのだろうか。
街角の高く伸びた大木を見上げる時に、言葉なく安堵するものは、そういうものなのだろうか。
コンクリの家にいても、八重山の風土を直に感じながら過ごす時間を大切にしたい。

流杉 一行

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