6月末、ポール石垣さんの八重山での久しぶりのライブが市内のイタリアンレストランで行われた。約60名の観客はワインや泡盛を傾けながら、リラックスした表情でジャズを楽しんでいた。
この日ステージに立ったのは、ポール石垣ファミリーバンドで、ポールさんが那覇で主宰する音楽教室の生徒たちが特別参加したのだが、様々な人の演奏を聴きながら、音楽って人そのものなのかなとふと思う。若い人は力強く勢いのある音、女性ならではの情感のこもった音、そしてポールさんの音はやはりその人柄のように深みとユーモアと穏やかさが感じられ、すっかり魅了された。
実はポールさんはハーフではなく、生粋の八重山人である。「『テイク・ファイヴ』のポール・デスモンドが好きで、あやかって名乗っているんです。ずっと本島の米軍基地で演奏してきたけど、そこで名乗るために付けた名前」。
音楽を始めたのは中学のとき。「11歳で本島に引っ越したんだけど、中学で吹奏楽部に入ってクラリネットを始めました。でも転校したら吹奏楽部がなく、先生に頼んで楽器を揃えてもらった。大学にいって教員になろうかとも思ったけど、当時のミュージシャンは普通のサラリーマンの3~4倍は収入があったので、プロの道に進みました。うちは母一人、子一人だったしね」プロになって45年がたつ。今や沖縄ジャズ界の大御所と呼ばれる存在である。
ポールさんが奏でる楽器の種類は、アルトサックス、テナーサックス、ソプラノサックス、クラリネット、フルートなど。すべて独学で覚えたという。
ところで、ポールさんといえば、スタンダードジャズだけでなく、’94年に発表した『トゥバラーマ』が著名だ。八重山を代表するこの名曲を洋楽器で演奏するという前人未到の意外性に、大きな話題を呼んだ。「小さい頃、兄貴に馬に乗せられてカーラ山に薪をとりに行ったことを思い出すね。朗々と歌って、山にこだまするのが気持ちよくて…。僕の教室にはトゥバラーマに惚れ込んだ73歳の方が静岡から通ってくる。だから、トゥバラーマはすごいよ、本土の人も惹き付けるものがあるんだなぁ」。
故郷で幼い頃を振り返るときの安心した表情に、泳ぎが得意で「カッパのようだった」というウーマクー少年が一瞬重なって見えた。
八重山人の肖像
写真:今村 光男 文:石盛 こずえ
第一回の星美里(現:夏川りみ)さんをはじめとする105名の「ヤイマピトゥ」を紹介。さまざまな分野で活躍する“八重山人”の考え方や生き方を通して“八重山”の姿を見ることができる。