人口12名で12戸。定期船はなく、パナリ(離れ)とも呼ばれる小さな島、それが新城島だ。八重山の人でもなかなか訪れる機会は少ない。そのおかげでか、この戸惑うような観光ブームの最中にあって、あくまでも島本来の静けさを保っている。そして、それは、長年にわたって公民館長をつとめてきた島仲信良さんが頑固に守ってきたおかげもあるんじゃないかと、ひそかに思っていた。
今年の3月で島仲さんが11年間の公民館長の役目を終えたと聞いたとき、かなり動揺が走った。まるで新城島の守り神のような存在だったから。
島の話を始めたら止まらず、「神聖な場所にも観光客が勝手に入って困る」という話の最後は、「…しょうがないからうちに呼んでご飯を食べさせたさぁ」というエピソードで落ちが着き、温かい笑いを誘う。そういえば、こんな感じが本来の八重山人の観光客に対するスタンスだったなぁと、懐かしくなった。
「豊年祭などの祭り、自然、パナリ焼きといった文化…、新城には素晴らしいものがたくさんある。『僕たちはどこにいっても新城人だよ』と若い人にはいつも言うんです。先祖がいなかったら僕らもいなかった。その先祖がつくったものや守ってきたものを次の世代へ引き継がないといけない。島を忘れる者は親を忘れるよ! まぁ郷友会もあるけど、二世、三世といった子や孫の代ともなると、いつまで続くのかなと不安でもあります。僕ら(一世)がいなくなった時に、どれだけ島を理解できるかと。新城の場合は幸い祭りでガッチリと結びついてはいるんですけど」。
ずっと見守ってきたからこそ、誇りと同じだけ、失われることへの焦りも大きい。「観光客を拒むわけではないけど、ここ2~3年で急激に増えているので、島の秩序を守るためにもこれからはもっと考えていかないと…。こんな小さな島だから、いっぺん踏みつぶされてしまうと再生は難しいんです」。
現在、新城島にも港やヘリポート、道路などの整備が進み、環境も整いつつある。「昔は水も電気もなかったよ。今はまだいい」と島仲さんが笑う。「確かに定期船もないけど、人は便利や楽ばかり追求している気がする。新城は少し不便でもいいんじゃないかと思うよ」。大事なものを守るためならば、多少の不便なんてちっぽけなもの―。
八重山人の肖像
写真:今村 光男 文:石盛 こずえ
第一回の星美里(現:夏川りみ)さんをはじめとする105名の「ヤイマピトゥ」を紹介。さまざまな分野で活躍する“八重山人”の考え方や生き方を通して“八重山”の姿を見ることができる。