「沖縄平和祈念資料館の分館扱いになっているのは間違いで、本来、八重山平和祈念館は政府の慰藉事業で建設されており、実質的には八重山戦争マラリア平和祈念館であり、県の誤った認識を改めるべき」。県の認識の誤りをなんとかしなければならない状況にあるのは八重山戦争マラリア遺族会だった。1月22日、八重山戦争マラリア遺族会(篠原武夫会長)の役員会が石垣市の八重山平和祈念館会議室で開催され、約13人の役員が5つの議題について話し合った。この日の会合は、昨年12月に県との話し合いで物別れになった同館の所有権問題につながる資料管理の問題や各種要請事項を詰めるために開催された。一時は篠原会長の新聞紙上への掲載を残念がる人あるいは憤る人や、逆に新聞掲載された部分に誤りがあるのかと反論する人など、議論は白熱したが、もっとも祈念館建設に尽力し苦労したのは篠原会長であることで意見は一致。議題のひとつである八重山平和祈念館の資料管理問題に関しての要請は、県との話し合いの後に実行するか否かを決めることが決まった。また、八重山がマラリア有病地であることを、大正時代に国が調査で確認していた証拠となる資料等3点が同館で展示されなくなっている問題に関しては、県へ要請することが決まった。