尖閣諸島開拓の日を定める条例制定記念式典

尖閣諸島開拓の日を定める条例制定記念式典

1月14日、午後1時半から尖閣諸島開拓の日を定める条例制定記念式典が石垣市民会館中ホールで開催された。約200人の市民が見守る中、石垣市長中山義隆氏が式辞を述べ、明治28年1月14日に尖閣諸島を日本の領土として編入することを閣議決定したことから、この日を尖閣諸島開拓の日としたことを述べ、制定の日にふさわしい取り組みを実施したいと、抱負を語った。かくして、日本固有の領土を内外に発信するべく、自治体の立場で尖閣に関する取り組みを法的に支える条例と、その記念日を確立した。ただ、この日、社民党がナショナリズムをあおらないよう祝電を通じて要請したほか、全会一致の条例ながら野党市議会議員の出席がなく、この重要な領土にかかわる問題を政争の具にするにおいが濃厚に見えて、出席者の中には残念に思う人もあった模様。尖閣の云々の会の祝電に、拍手が少ない様相にも、それが露呈。自民党議員による国会開会前の国会議員の尖閣上陸の話も、どこかとってつけた感じがするのは、記者の錯覚か。地元の条例制定の思いは先人への思いからにあり、そこを起点に内外への発信するのが意図である。簡単には中国の側のごり押しは止みそうにない。明らかに確信犯相手となる領土問題だ。国境問題など、隣国間で互いにナショナリズムを利用したがる人が日中それぞれ控えており、それが混迷を深める材料になっていくのは、歴史が証明している。サイレントマジョリティーは、自分達に向けられる可能性もある見えない銃口を、もっとも気にしている。君らが叫んで、俺らが内外両方から危険な状況に落とされるのかと、地元は複雑だ。領土は大事だ。しかし、実効支配する側が、なぜ紛争の機会を自ら作るような動きをするのか。これまで何もしなかった長期政権だった元与党が、野党に転落して行動に出ようとする意味は何か。中国の政策姿勢が変わったと自民党がいうように、中国も日本が変わったと軍事増強の機会をつくる。わかっていることではないか。北朝鮮の核開発も、韓国との衝突などの異常な動向も、中国の軍事拡大路線も、アメリカの経済混乱も、ロシアの北方領土への動きも、まるでことが起こることを兆させる材料ばかり。この14日は、是非、平和への開拓の日でもあってほしいところだが。吠える犬は、相手にしなければやがて止む。国防の基本は敵を想定するのではない。国を守る意識を冷静な判断の下で、積み上げること。その流れで軍備計画がある。自国の国民を大事にできない国は、近代国家ではない。日本は、高度経済成長期においても、ハンセン氏病者や薬害エイズ患者、あるいは無実の死刑囚に、いっときまでは冷淡ではなかったか。中国は他山の石である。明治の日本が凛として見えたのは、卑怯を良しとせず、極端な完全主義も廃して、いつも何がよいかを手探りで進んだからではないか。新たな時代に踏み出す一歩は、もう国家の総力戦ではない。各国連携による正しい道への協議である。

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