日々草やサンダンカが画用紙いっぱいに咲き、大きなヨナグニサンが飛ぶ。この絵の主は与那国島比川に住む前粟蔵ヲナリさん(92歳)。「老人クラブで絵を描いたのが始まり。庭の花やアヤメハビル、どれも近くにあるものよ」。マイペースで描いていたヲナリさんの絵は、思わぬ出会いを果たすことになる。
相手は、方言学者でここ10年来与那国のことばを研究している、独協大学講師の伊豆山敦子さん。比川の方言調査にヲナリさんを訪ねたところ、まず目にしたセンダンの絵の生々しさに心を動かされた。「花木に対する観察眼が鋭く、本質を知り尽くしている人の絵。デザイン感覚もすばらしい。自分たちの持っているものの良さを認識することはとても大切です。前粟蔵さんの絵は、まさにそれを体現している。また、何かの表現活動をするのに年を取ってからでも遅くはないという勇気を与えてくれます」。
伊豆山さんは自費でヲナリさんの絵を絵はがきにした。自分の周囲の人に素晴らしい絵を知ってほしい、そして与那国から高い文化を発信し、且つそれが経済活動につながれば、という思いからである。絵はがきは、与那国ならではのものを求める観光客におみやげとして人気らしい。「沖縄はひとつじゃない。生活の仕方やあらゆることにおいて与那国には与那国のものがある」という伊豆山さんがまず、単に高齢者の絵だからすごい、ではなく「比川に生きるヲナリさんだからできる強烈な文化表現だ」と捉えたところに、双方の出会いの幸せがあろう。
伊豆山さんは言語学者の立場から、こうも指摘する。「言葉というのは生活の中で非常に重要な存在ですが、今ではすっかり変わってしまった。オナリさんが描くものには、失われゆく昔からの愛着のある風景、モノ、そして生活への想いが込められているのでは」。
ヲナリさんの絵は、伊豆山さんの知人で東京芸術大学名誉教授の西村公朝さんの心も打った。以下は西村さんの推薦文の抜粋である。「あの南国の画家ゴーギャンにもみられない、本当の自然の姿。何一つ気取らない、芸術などという難しい世界から全く無関係な自然のスケッチに私は感動した」「彼女の描くものには、深い愛情が込められている。それこそ自然と一体となり、すべてのものと共に生きてきた90年の目が、これだけのものを描かせたのである」
自分たちの持っているものの良さを認識し、表現、発信する-持っているもの、その表現手段は地域、人により様々であるが、与那国島比川に、これからの八重山を考えるヒントを得た。