やいまーる外電

第14回 京都泡盛同好会例会

第14回 輝く泡盛・京の錦秋の集い -京都泡盛同好会例会-
 
場所:京都ホテルオークラ
日時:平成29年11月14日  18:30~
主催:京都沖縄同好会 共催:沖縄県酒造組合

 
 
泡盛新聞によると11月は「泡盛月間」で、各地で泡盛のイベントが開かれる月のようだ。
http://awamori-news.co.jp/2017_10-30_11-30_event-info_awamori-month-begins/
(泡盛新聞 2017年10月31日)
 
今年の京都泡盛同好会も、毎年恒例の11月に開催された。
(ちなみに、関西泡盛同好会は9月だった。)
開会宣言の後、会長である京都市長である門川大作氏や、沖縄県大阪事務所所長の久保田圭氏などによる挨拶が行われた。

そして、乾杯。

今回は沖縄県酒造協同組合と16社の酒造所が様々な泡盛を提供している。
残念ながら今年は八重山からの参加はなかった。
料理はゴーヤーの和え物やラフテーなどの沖縄の食材を使ったメニューや、泡盛を使ったソースのかかったものなどが食卓を彩った。
泡盛コーナーでは、内地では珍しい古酒や、飲み方も水割り、ロック以外の様々な割り方飲み方の物やカクテルもあり、新たな泡盛の味わい方を楽しむ人々の姿も見られた。
 
舞台では様々な芸能、ミニライブが繰り広げられた。
京都のエイサー団体・琉球國祭り太鼓は、パーシャクラブの「五穀豊穣」の曲に合わせて元気いっぱいの演舞を披露した。

大抽選会は今年も大いに盛り上がった。
酒造会社各社からのグッズや泡盛などが数多く提供され、今年も多くの人が幸運をつかんだ。
くじを引くのは、泡盛の女王・スピーナ瑛利香さん。

カチャーシ―には「大城敏信とゆかいな仲間たち」として、京都などで活動している三線演者らが登壇。
以前「やいまーる外電」でもご紹介したことのある石垣島出身の方の姿もあった。


 
閉会の挨拶は、京都泡盛同好会副会長・京都沖縄県人会会長である上原任氏(石垣島)が締めくくった。


 
ちなみに今回筆者が飲んだのは、次の泡盛。もっぱら古酒ねらいだ。
他にも、忠孝と菊の露の古酒も飲んだのだが、画像を撮り忘れてしまった。

そして今年もまた、わずかだが最後の一口として残しておいた上等古酒のグラスが、席を外している間に下げられてしまったのだった・・・。

 
本記事を書く際に初めて知った情報が、今年度の泡盛鑑評会受賞製品。
【速報】平成29年度 泡盛鑑評会結果発表!!(泡盛新聞 2017年11月1日)
http://awamori-news.co.jp/2017_11-1_awamori-appreciating-and-evaluating-meeting_preliminary-report/
 
もしやこの会にも出ていたかもしれないと思うと、飲みそこなったかもしれないのが惜しまれる。

来年もすでに日程が決まっているようだ。
来年は先に鑑評会の情報もチェックしてから参加しようか。
京都泡盛同好会 http://www.okinawa-fansite.com/kyotoawamoridoukoukai/

“地域密着”の「経堂エイサーまつり」で和光青年会など10団体が熱い演舞を披露

 11月12日日曜、東京都世田谷区にある小田急電鉄・経堂駅前の経堂農大通り商店街で「第6回経堂エイサー」が開催された。

 同イベントは、地元経堂にある和光小学校の母体・和光学園の生徒、OBで構成されたエイサー団体・和光青年会が主催するもので、今年で6年目を迎えた。
 同団体は、農大通り商店街が主催する「経堂まつり」に長年にわたって参加し、地域コミュティーの発展に寄与してきた。それをきっかけに、「お世話になってきた経堂の街で何かできないか?」と考え、「地域の皆様と一緒に盛り上がるお祭りをやりたい」として、2012年より、「経堂エイサーまつり」がスタートした。

 参加したのは、主催の和光青年会を始め、傘下の和光小学校6年生有志、舞弦鼓、町田琉、町田エイサー青海波、桜風エイサー琉球風車、経堂むらさき連、美ら星エイサー、東京中野区新風エイサー、東京中野真南風エイサーといった有力な10団体。

 会場となったのは、同商店街の道路。車両を通行止めにして、道じゅねのスタイルで、練り歩き、各団体が熱い演舞を披露した。

 「エイサーまつり」といえば、関東では「新宿エイサーまつり」が最大規模だが、地元商店街と主催者が一体となった“地域密着”の大会はまれなケース。会場整理は出場チームが自ら行うなど、まさに手作りのイベント。アットホームな雰囲気で、商店街の皆さん、沿道の観衆も大いに喜んでいた。

 来年以降も、ぜひとも継続してほしいエイサー大会だ。

映画「海の彼方」

上映期間:2017年11月12日(日)~11月21日(火)
場所:京都みなみ会館(京都府)

 

 
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【チラシより】

80年を超えて探し求めるアイデンティティー 石垣島から、台湾への帰郷
人生最後の里帰りの旅

1930年代 石垣島へ渡った台湾移民
台湾人とも日本人とも認められず時代に翻弄された
ある一家の3世代にわたる人生と記憶の軌跡
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主人公である玉木玉代おばぁは、台湾から夫・王氏と石垣島に移住してきた台湾人。
88歳の時、全国から集まった100名超の子や孫、ひ孫たちがそれを祝った。
その後、人生最後になるかもしれない台湾への里帰りをし、懐かしい人々に会う旅をする。
おばぁの娘二人と、孫の男性二人、5人の旅だ。
そのお祝いと旅の様子と、その時に至るまでのおばぁの88年の人生や、その間の台湾と日本の歴史、三世代それぞれの人が感じてきた日本での移民としての生きづらさや日本人との関係の変化などのインタビューなどで構成されている。
 
3世代それぞれの立場で、台湾と石垣島について思いをはせ、自分は何者かということを考え再確認するプロセスの記録でもあった。
 
第二次世界大戦の後、帰化した際の名字は、44歳で若くして石垣島で生涯を終えたおばぁの夫の名前にちなんでいるということを、孫たちは知らない。
子や孫が日本の教育を受けられるようにという思いで帰化したことも、おばぁの娘たちは知っている。
2世であるおばぁの娘や息子世代は、台湾語を聞いて理解することはできても、話すことはできない。
理由は、子どもの頃差別されたから。
母親であるおばぁが話す台湾語を身に付けようという発想がなかった子ども時代。
 
東京でミュージシャンをしている三世の男性は、台湾への旅で、おばぁの親戚筋の少年と通訳アプリでの会話を試みる。せめて単語だけでも話してみようという姿が映される。
孫の世代の男性二人は、台湾で食べた料理の味は、いつもおばぁや母親が作っている料理の味だったことに気がつく。
初めて来た国なのに、初めてでない懐かしさを町のそこここに感じる。
意識していなかったけれど、身体が覚えている自分のルーツ。
 
おばぁの子どもや孫が、台湾で出会った自分たちの親戚にあたる人たちとのご縁を今後も維持していきたいと思ったり、おばぁがいつかこの世を去っても親戚のみんなが帰る場所(実家)を担うのは本家筋ではない自分かも知れないと考えるようになる。
おばぁの手料理の味を継いでいこうという孫も出てきた。
おばぁの人生をより深く知ることで、それぞれの人生へその一部がさらに取り込まれ、受け継がれていく。
それこそが、アイデンティティーの一部なのだろうなと思った。
 
約2年前に見た、台湾からの移民によるパイナップル産業の発展と、八重山と台湾の関係の歴史上の変遷などがテーマだった映画「はるかなるオンライ山」は、どちらかと言えば、産業や歴史の全体的な物だったような印象が残っている。
 
今回の「海の彼方」は、その中の一人の女性とその家族にスポットライトを当てた作品だと言える。
 
両方の映画を見たことで、八重山と台湾での人々の行き来や歴史、そこで生きてきた人たちへの理解が深まったように思えた。
 
親戚・家族のつながりを大切にしよう。そんなことも考えさせられた作品だった。
 
映画館を出たら、深まりゆく秋に色づいた樹々に囲まれた東寺の五重塔が、さわやかな青空を背景にそびえているのが見えた。


 
本作品の上映期間は短い。
京都ではちょうど紅葉が見頃だった。
最終日である21日は、東寺で「弘法さん」と呼ばれる月一回の大規模な市がある。
映画と古都の紅葉。この時期ならではの楽しみ方はいかがだろうか。

「八重山便り」宮良断 作陶展

場所:桜谷町47(京都市)
会期日程:2017年11月15日(水)~11月20日(月)
時間:11:00~17:00

 
晩秋の哲学の道(京都市)を訪れると、赤く色づいた桜の葉の絨毯や、色鮮やかになりつつあるもみじの紅葉や銀杏の黄葉が見られた。

そんな哲学の道の小川沿いにあるギャラリー、桜谷町47で、アンパル陶房の宮良断さんの作品展が開催されていた。

名蔵アンパルに近い新川の宮良農園内に、宮良断さんの「アンパル陶房」はある。
沖縄県立芸大で陶芸を学び、特に磁器を作りたいと思っていたそうだ。
かつては石垣島での制作活動で、島内で採れた磁器用の土を使っていたそうだが、現在は採れなくなり、様々な新たな試みをされている。

イベント用フェイスブック( https://www.facebook.com/yaeyamadayori )や会場にあった解説文には、次のような一節があった。
 
「今回の展示では、子供のころから体に染み込んでいる風景や音・手触りなどを素直に形にしようと思いました。あえて伝統技法や素材を用いず、磁器土に貝殻の粉を混ぜたり、園芸用の肥料を錬り込んでみたり・・。試行錯誤しているうちに、サンゴのような肌合いのブルーに透ける不思議な焼物が出来上がりました。八重山の海辺で貝拾いをするような気持で、ご覧ください。」
その言葉の通り、石垣島で生まれ育って見てきた海や空の風景、海の生き物などを彷彿させる作品たちが多く並んでいた。
 
釉薬や顔料など何も入れていないのに、光を当てると水色に透ける不思議な陶器。

まるで浜辺に流れ着いた珊瑚のような肌の作品もあった。
 

 
また、八重山古陶から発想を得たというオリジナル作品も展示されていた。

宮良さんによると、石垣島ではかつて、沖縄本島の壷屋で作られているような陶器とはまた違った、石垣島独自の陶器が作られていたという。
発掘された当時は貿易によってもたらされたものと分類されていた物の中に、よく調べてみると、石垣島土で作られている物があったのだという。
 
上記の白っぽい作品は、貝殻の粉を混ぜてある。
貝殻の粉は粘りがあり、混ぜて焼くと締まるのだそうだ。
かつて新城島で焼かれていたというパナリ焼にカタツムリの殻が入っているのも、粘りを活かすためと聞いたことがある。
同じような効果があるのだろうか。
貝殻を入れて焼くという技法は世界中で八重山だけ、とも宮良さんは語った。
 
様々なお話をうかがい、陶芸に対する研究熱心な姿勢が伝わってきた。
 
京都での作品展は昨年に続いて2回目だそうだが、来年以降も続けて行けたらと抱負を語られた。
今後の京都や関西での開催を楽しみにしていたい。