八重山の中世に触れた「海の帝国琉球」展

千葉県佐倉市の佐倉城跡公園内にある国立歴史民俗博物館(通称「歴博」)では、現在「特集展示 海の帝国琉球」が開催中だ。

「海の帝国琉球 ―八重山・宮古・奄美からみた中世―」
会期:2021年3月16(火)~5月9日(日)
会場:国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)


 
歴博のことはかなり以前から気になっていたものの、なかなか行く機会を持てなかった施設。

本展をきっかけにようやく初めて足を運んだ。

今回、八重山にも関係する展示があると知り、首都圏でのいくつかの用事に絡めて歴博にも行けたらいいなとは思っていた。
 さらに、7本ある本展予告のYouTube動画の1本を見て衝撃を受ける。
思わず「これは行くしかない!」とパソコンの前で声を上げたのだった。
 
筆者が衝撃を受けた動画というのがこちら。


 
特集展示「海の帝国琉球-八重山・奄美・宮古からみた中世-」 Ⅱ 八重山・宮古の時代

竹富島や波照間島の中世の村の跡を調査している様子と発掘物の紹介だった。
13~15世紀頃、中国と独自の交易を行っていた八重山には、当時の村の跡にその当時の陶磁器片がいろいろと残されており、今回それが展示されるというのだ。 

「八重山・宮古には、緑の白磁や、白い青磁がたくさん」


「『白磁かな? 青磁かな?』コーナーで難問に挑戦してみてください!」

・・・え? ちょっと待って!
私が持っている陶磁器の破片とそっくりな物もある!
もしかしたらこの時代の物なのかも?
そんな展示があるなら、実物を持って行ってぜひとも見比べたい!
 (筆者の心の叫び)
  
筆者の手元には、波照間島で拾った昔の陶磁器と思われる破片が二つある。
以前からこれが一体何なのか知りたいと思っていたのだ。
 これまでの八重山旅の中で、サトウキビ刈りや農作業、草刈りなどの手伝いをしたことがある。
波照間島でのある作業の手伝い中、足元の土に陶磁器の欠片があり、気になって拾ったことが2回あった。
歴博の研究員が調査したような遺跡ではなく、普通に島人の日常生活が行われているエリアだ。 
それらはなんとなく古い物のような気がして、その都度きれいに洗って持ち帰り、保管しておいた。
今回歴博に行けば、その破片の正体がわかるかもしれない。
そんな思いで足を運んだのだった。


規則上鑑定はしていただけないようなので、陶磁器の展示コーナーの前でカバンから取り出して自分で見比べてみることにした。
 
歴博が調査した中世の村は、石垣島、竹富島、波照間島、宮古島などだった。
それぞれの村跡で収集した13世紀~15世紀ごろの製造とされる中国製の陶磁器が展示されていた。
 
手元の物は、波照間島や他島の展示の中で最も石垣島のフルスト原遺跡の展示物と似ている気がした。
フルスト原遺跡といえば、波照間島出身のオヤケアカハチの居城跡といわれる場所だ。
筆者の破片との出あいはどちらもアカハチとは関係なさそうな場所だが、波照間島とフルスト原遺跡にはこういった関連があるので、似たような物が両者にあってもおかしくないと想像した。

素人判断だが、片方が青磁、もう片方は白磁、いずれも今回の展示と同じ時期の物ではないかと考えた。
 
【器の破片の外側】

15世紀ごろの八重山と言えば、群雄割拠の時代で、あちこちに歴史上に名を残した人々が攻防を繰り広げていた頃だ。
文字情報としてそれは頭では理解していたが、自分の手元にある陶磁器がその頃の物と想定したら、八重山の歴史がぐんと身近になった。 
オヤケアカハチ、長田大主、明宇底獅子嘉殿など、当時の波照間島出身といわれる英雄たちが、本当に実在し、あの島で暮らしていたことがあるのだという実感がわいてきた。 
そして、筆者の破片もその当時の出来事や空気感の中で「器」として人々が使っていた物なのかもしれない。
誰かが手に取り、何か食べ物がそこに入っていて、一人でなのか複数なのかわからないが、その当時の人々がそれを食べたり、食べながら会話したりしたひと時があったのかもしれない。
 
・・・そんな風に勝手な想像をめぐらしてみると、背景がわからない人から見たらただの器の欠片でしかないこの二つの破片が、少なくとも自分にとっては貴重な物だとより強く思えてきた。
これらの破片が器として人々の暮らしの中にあった時代に、タイムスリップしてみたくなる。
 
【器の破片の内側】

あらためて掌の上の破片を眺めてみた。
物にも記憶があるとするなら、この破片たちは、どんな場面をこの中に留めているのだろうか。
それを映像として見ることができたら、どんなに興味深いことだろう。 
こんな非現実的な想像も、歴史へのロマンをかきたてた。

ところで、歴博には常設展示室が複数あり、日本各地の先史から中世、近世、現代まで、そして日本の民俗について様々な展示により学ぶことができる。
同時開催中であった「アイヌ」関係の展示も見たく、他の展示室も少しだけ回ってみた。 
すると、民俗に関する第4展示室には、西表島のシチ祭の展示や、登野城の豊年祭の展示もあった。
祭で人が扮する等身大のミルク様もおいでになる。 
また、同展示室の入り口近くの「各地のお土産」展示には沖縄コーナーがあった。
泡盛の2合瓶が何本か飾られていたが、飾られたまま古酒になっているではないか。
「私が持っている若い泡盛を寄付しますので、交換しませんか?」と言ってみたくなった。
 
冗談はさておき。
初めて行った国立歴史民俗博物館は、2時間程度の滞在ではとても回り切れないほど、豊富な展示があった。
別の部屋には、沖縄戦を経験したお年寄たちが、島くとぅば(よそ行の言葉でなく、その人の身に染みて自然に出てくる言葉)で戦争体験を語った映像記録もある。
これもじっくりと見てみたいと思った。 
またいつか行ってみたいものだ。


 
あまくまたーかー

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