やいまーる外電

映画「沖縄スパイ戦史」、「洗骨」

1日で2本の映画館をはしごした。今回はそれについて紹介しようと思う。
 
 

「沖縄スパイ戦史」

★公式サイト

2018年夏に上映されたようだが、2月~3月にかけて全国の何カ所かでアンコール上映がなされる。
 
日米の兵士だけでなく民間人も合わせて多くの犠牲者を出した沖縄戦。
一般的には本島南部での戦いがより知られているが、本作は北部と波照間が舞台の中心で、
構成はおおまかに、北部編、波照間編、現在の基地問題という形になっている。
 
 
【北部編】
当時10代半ばの少年兵としてスパイ戦やゲリラ戦といった特殊任務に関わった今もご健在の方々へのインタビューと、一人の元少年兵の任務をイメージ映像と地図で辿っていく。
地元少年兵らを「護郷隊」として組織化し戦力にした陸軍中野学校出身の青年将校たちの任務、軍の考え方などにもスポットが当たる。
 
 
【波照間編】
島のおじぃ、おばぁたちが、終戦間際~戦後にかけての強制移住とマラリア、教員として島にやってきた陸軍中野学校出身の山下虎雄について語る。
沖縄戦についての研究者たちへのインタビュー場面もある。
 
 
【現在編】
現在、八重山や琉球弧に計画されている基地についての現状や問題定義、護郷隊の慰霊祭の様子など。
また、長らく戦争PTSDに苦しんだ人の告白や、戦争がきっかけで今も残る住民同士の間で口には出せないことがあると知り、ある人々の中では沖縄戦はまだ終わっていないのだと気づかされる。
 
そして最後は、北部編、波照間編に登場したお年寄りたちが語る「想い」で締めくくられる。
 
 
少年兵や沖縄戦をイメージしやすくするため、あえて目を背けたくなるような記録映像も使われている。
率直な感想として、「戦争は嫌だ」と思う。
しかし相手がしかけてきたら、誰がどう対応するのか?
そもそも戦争とは、誰が何のためにやることなのか?
現代の若者の言葉を借りるなら、「誰得?(だれとく:『誰が得するんだよ』)」と問いたくなった。
 
スクリーンの中では、沖縄戦を経験した元少年兵や同世代の女性は、「基地ができたら、そこが戦場になる」と危機感をあらわにしていた。
 
国境近い八重山で今起こっていることは、社会の縮図だとも思う。
基地問題は繊細なテーマなのここで意見を述べることはしないが、本作を見ると、他人事にしていてはいけないテーマであると考えさせられた。
 
また、波照間編では、存じ上げている方が何人か登場し、その方々がこうやってインタビューに応じているということは、過酷な戦争マラリアを生き残ってこられたのだ、という事実を突きつけられ、何とも言えない気持ちになった。
 
 
<参考:波照間島民の強制移住、マラリアなどについて書かれている書籍>

電子書籍「もうひとつの沖縄戦―戦争マラリアの波照間島―」

「ハテルマシキナ : よみがえりの島・波照間 : 少年長編叙事詩」
 
 
 

「洗骨」

★公式サイト

ガレッジセールのゴリが、照屋年之の本名でメガホンを握った作品。
 
舞台は粟国島。
一人の女性の死と数年後の洗骨をめぐる、家族や近親者、先祖とのつながりがテーマである。
 
「死」や「命」といった重めのテーマを扱っている作品であるが、所々に笑いも散りばめられており、そのバランスが絶妙だ。
それが照屋監督個人のセンスなのか、「沖縄(あるいは八重山)の笑い」の文化の流れなのか、筆者にはわからないが、笑いの場面があることでホッとさせられるのだった。
 
命のリレー、そして、最後の長男の独白セリフ、テーマソングである「童神」の古謝美佐子の声と歌詞の意味などに、じんわりと静かな感動がこみ上げる。
「自分を洗う」という意味を、筆者は「自分と向き合う」「人生のふりかえり、心や悩みの浄化」ととらえた。
洗骨の行事には、人によってはそういう側面もあるのだろうと理解した。
 
「沖縄スパイ戦史」で数々の死体を見て、人の生死について考えさせられた後だったということもあり、本作ではより一層、「命」、「人生」、「つながり」ということについて思いを巡らせる機会となった。

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