やいまーる外電

「きいやま農園ライブ キャンペーンTOUR」in 大阪

きいやま農園ライブ キャンペーンTOUR 大阪公演
〜 石垣島でフェスをします! 〜
日時:2019年9月8日(日) 17時半~
会場:梅田Shangri-La(大阪市)

 
 
来る11月16日(土)、石垣島の南ぬ浜町緑地公園・特設ステージで、「きいやま農園ライブ」が3年ぶりに開催される。
それに先駆け、農園ライブのキャンペーン・ツアーが、東京、名古屋、大阪、沖縄本島の4カ所で行われている。
内地でのライブはこの日の大阪が最後だった。
 

 
会場入口には、グッズ販売コーナー。
農園ライブ勧誘メッセージがプリントされたTシャツ、「農園ライブ」チケットやチケットホルダーなどが販売されていた。
購入者は握手券を入手できるため、多くのファンが買い求めていた。
 

 
八重山民謡「月ぬ美しゃ」で始まるオープニングからしばらくは、アップテンポの曲で盛り上がる。
 
子どもたちに人気の曲も織り交ぜられている構成に、老若男女幅広い年齢層の人たちを笑顔にしたい彼らの思いが感じられた。
会場はオールスタンディングで、小さい子どもが見やすいキッズコーナーも設けられていた。
 

(画像提供 有限会社 フライング・ハイ)

 
しばらく盛り上がる曲が続いた後は、恒例の自己紹介、そしてまた演奏。
MC中も観客たちの笑いが絶えない。
きいやまメンバーは観客を見て「笑顔が多い」と言うが、彼ら自身もまたこのライブを心底楽しみながらやっているのが伝わってきた。

ステージと観客フロアが近く、彼らの笑顔を間近で見られるのもライブハウスならではの良さだ。

(画像提供 有限会社 フライング・ハイ)

 
今回のツアーは、ドラムにモンゴル800のさっしー(高里悟)、べースに元スカイメイツのこーずー(フクモト コズエ)が参加し、バンドスタイルで音に厚みがあった。
 
石垣島での農園ライブには、きいやまメンバーが各自所属しているバンドが一堂に揃う。
 
リョーサ: 八重山モンキー
だいちゃん: BEE!BANG!BOO!
マスト: ノーズウォーターズ
 
この日はそれぞれのバンドの曲も1曲ずつ演奏され、農園ライブのプロモーション・ライブらしい演出だった。
 

(画像提供 有限会社 フライング・ハイ)

 
会場は笑顔と熱気に溢れ、終盤はさらにヒートアップ。
アンコールでは、今回のツアーTシャツに着替えた5人が登場。
少しクールダウンしながら、「さよならの夏」で締めくくられた。 
 
終演後、ステージの幕が閉まりフロアの照明も灯され、会場には「カーーニバレ」が流れた。
退場の順番待ちと、握手会へ参加する人達が待機している会場からは、曲にあわせて「カーーニバレ」を歌う声も聞こえた。
 
観客は皆、ご機嫌な気分になれた一夜だったことだろう。
 

(画像提供 有限会社 フライング・ハイ)

 

ライブ中、農園ライブ以外に控えている今後の内地でのイベント予定もいくつか紹介された。
 
■9月22日(日) 「きいやま商店大爆笑劇場2019 in 横浜」
 大阪公演とはネタを変えてくるらしいので、また新たな彼らの一面が見られるかもしれない!
 昼・夜2部予定されているが、昼の部はすでに完売とのごと。
 (翌日は、東京での「琉球フェスティバル」に出演)
 
■11月16日(土) 「きいやま農園ライブ 2019」

 10月14日 (月祝) には、沖縄本島で農園ライブキャンペーン・ツアー・ファイナル
 
■【Calmera✕きいやま商店】チャンスdeカーー二バレTOUR 2019
 11月19日(火) 大阪
 11月20日(水) 名古屋
 11月22日(金) 東京
 
 
「きいやま農園ライブ」は、定員5,000名。
3年前はソールドアウトだったそうだ。
今年も八重山郡内外から多くの人たちが集い、笑い、歌い、踊るのだろう。
どんな一夜になるのか、参加する人々にとっては楽しみで仕方ないに違いない。

「海人三郎」 西野嘉憲 写真展 11日まで(大阪)

西野嘉憲 写真展「海人三郎」
会期:2019年9月5日(木)~11日(水) 10時~18時
   (最終日は15時まで)
会場:キヤノンギャラリー大阪(大阪市)

  https://cweb.canon.jp/gallery/archive/nishino-mariner/index.html
 
 
 
大阪生まれで2005年に石垣島に移住して活動している写真家・西野嘉憲さんの写真展「海人三郎(うみんちゅさぶろう)」の大阪展が、銀座展に続いて現在開催中だ。
今回のテーマはタイトル通り、石垣島の漁師・海人三郎さんを撮り続けた16年間での代表作で、映像コーナーもある。
 
7日(土)の午後にはトークギャラリーが開催された。
 
西野さん、ゲストのアートディレクター・三村漢さん、そして石垣島から海人三郎さんご本人もやってきて、豪華メンバーによる1時間となった。
 

 
まずは、西野さん、三郎さんによる映像の紹介から始まった。
三郎さんが6mの銛を使って巧みに漁をする姿などがあった。
追い込み漁の様子も映された。
漁場の海は透明度が高いので三郎さんは潜水して漁を行い、この方法で獲れる時は2トンほどになることもあるという。
 
銛での漁の時は、銛と三郎さんの身体をばねにして、魚の頭・エラより前方を突く。
沖縄の銛は返しがついていないのが特徴で、魚が暴れても抜けないように、グイっと奥まで銛を押し込むのだそうだ。
また、血で魚の身が染まらないように、三郎さんは突きながら絞めるのだそうだ。
三郎さんは、素潜りの場合と、タンクとレギュレーターをつけて深いところにも潜るという話もあった。
 
西野さんによると、マンタは好奇心旺盛。
カメラが一番大きい人に寄ってくるという面白エピソードに、会場からも笑いが漏れる。
 

 
 
次に、今回の写真の展示レイアウトを手掛けたアートディレクター・三村漢さんも参加して、3人で写真の紹介のトークとなる。
 
三村さんの父親は星野道夫など多くの写真集を手がける三村淳さんで、今回は写真集が淳さん、展示が漢さんと、親子で西野さんの写真に関わったのだそうだ。
 
三村さんの司会で、さらにトークが続いて行く。
西野さんと三郎さんの出会いは16年ほど。 
海人をテーマに20年くらい前から写真を撮り始めた西野さんは、5年目くらいに三郎さんの門をたたいた。
はじめの頃は西野さんが泳ぐと魚が逃げると、三郎さんによく怒られたのだそうだ。
カメラの技術のみならず、潜水技術、魚の動きなども研鑽を積んでいった。
三郎さんにはたくさんの指導を受けたという。
「レジャーのダイビングとは、全く違う。命の危険もある」と、西野さんと三郎さん。
「今はあうんの呼吸。だからこういう写真が撮れた」と、今では三郎さんは西野さんにすっかり信頼を置いている様子がうかがえた。
 

 
 
三郎さん自身は、小学校高学年から漁の体験を始めたのだそうだ。
当時はゴーグルだけで、それが漁のスタイルの基本にあるのだそうだ。
現在65歳。
自分のペースにあわせて、できれば80歳くらいまで漁をやりたいと、三郎さんは抱負を語った。
  
三村さんからは、組み写真の構成や、会場全体のレイアウトなどについてのコンセプトが紹介された。
例えば、組み写真だと、色の配列に気を配った。
海の写真は青が多くなるので赤や黄色などの色味の写真でアクセントをつけたり、視点に変化があるような配列でメリハリのある展示を心掛けたりしたそうだ。
 

 
三郎さんの漁や、それに追従して撮影する西野さんはまた、潜水病の恐ろしさについても「死と隣り合わせの危険性」だと触れた。
三村さんが「泡より先に上がってはいけないと聞く」と応えると、三郎さんは「自分でさえ陸に上がって6時間以上経ってから初期症状を経験することがある」と語った。
 
会場に展示された素晴らしい写真の一枚一枚は、モデル、写真家、アートディレクターそれぞれが、様々な努力や配慮をした結晶としてここにあるのだと、しみじみ感じた時間だった。
 
 

 
ギャラリートーク終了後には、会場で販売されていた西野さんの最新の写真集『海人』を買い、出演者にサインを求める人々が列をなした。
今夏発売され、今回の作品も掲載されている。
 
会場には海の生き物のオリジナルガチャマシンもあった。
会場限定で、銛と大きな魚を抱える三郎さんのストラップもまざっている。
写真集購入者にはこれがもれなく特典としてついてくる。
また、写真集の消費税もサービスとなっているので、購入するなら会期中がお得だ。
 
大阪展は11日(水)まで(最終日は15時と終了時間が早くなっているので注意)。
みなさんも会場に足を運んでみたり、写真集を手に取ってみたりしてはいかがだろうか?
 
 
【お知らせ】
弊社発行の「月刊やいま」2019年9月号に、今回取材した西野さんの写真集や書籍についての記事があります。
 
32ページ「資料こぼればなし」 文:八重山資料研究会 山根頼子さん

京都でやちむん館の民具ワークショップ開催

あまたの展示会「石垣島やちむん館工房 南風(ぱいかじ)PART5」
会期:2019年8月12日(月)~25日(日)
   ワークショップ:24日、25日午後
会場:MOTTAINAI クラフトあまた(京都府京都市)

 
 

沖縄のやちむん(焼物)など民芸品を扱う、MOTTAINAI クラフトあまたにて、石垣島のやちむん館の商品展示販売が開催された。
場所は東山五条界隈で、清水寺や三十三間堂、京都国立博物館などにも散策できる距離だ。
築90年の町屋を改築した店内に足を踏み入れると、様々な民芸品や手仕事の品が出迎えてくれた。
多種様々なやちむん館の商品も所狭しと展示されていた。



 
 
24日(金)、25日(土)の午後には、やちむん館 館長 池原美智子さんによる、月桃のコースター作りのワークショップが行われた。
筆者は大阪のデパートでの同じワークショップに一度参加しているが、上手くなるには練習を重ねることだと思い、今回再び参加した。

 
今回はいきなり月桃の素材に挑戦するのではなく、2色の紙のリボンで、予行演習をするところから始まった。
 
(池原さんによるワークショップの様子)

 
ふむふむ、なるほど。
2色の紙テープで原理や編み方を理解すると、確かに月桃での作業もやりやすそうだ。
予行演習と本番(月桃で編む)の合間に、塩せんべいで小休止。
 
そして、月桃でのコースター作りに取りかかる。
この日の参加者は7名で、みんな作るペースや質問したい箇所が違うため、池原さんは個別指導に息つく間もない様子。
楽しくおしゃべりしながら手を動かす人もいれば、黙々と取り組んでいる人もいて、皆それぞれに楽しんだり集中して時間を過ごした。
 
編み方は、袋状になるやり方なので、人によっては袋として完成させた人もいた。
また、教材は正方形のコースターが作れるように用意されているが、長めになっているので、長方形に挑戦する人もいた。
 
筆者も今回は長方形に。

余った端材も捨てずに、細く割いて細縄ないで紐にする方法も学んだ。
工業製品がない時代、人々は自然から恵みをいただいて暮らしの道具などを一つ一つ手作りをしていた。
材料はなるべく様々な物に用いて使い切る。
植物をあますところなく使う暮らしの知恵に触れることができた。

とぅばらーま大会 関西予選会が開催される

とぅばらーま大会 関西予選会
日時:2019年8月18日(日) 13時~
会場:大阪沖縄会館(大阪市大正区)

 
 
令和初、今回で5回目となった「とぅばらーま大会 関西予選会」にて、最優秀賞・優秀賞受賞者が決定した。
 
最優秀賞は、村上創さん。
前年度の受賞者以外は受賞できるという条件の中、本予選会2回目の最優秀賞受賞だ。
村上さんには、9月11日に石垣島で行われる「とぅばらーま大会」への往復航空券・宿泊券が優勝賞品として授与された。
優秀賞は、東筋みずえさん。

審査委員長でもある近畿八重山郷友会会長・玉城一正氏による全体講評では、「今年も参加者のレベルがアップし、審査も難航した。とぅばらーまを理解し、思いを込めて歌っていた。」とのことや、声量についてなどのコメントがあった。
 
(表彰式後の村上さんの歌唱の様子)

 
今年の予選会には、男性10名、女性7名が挑戦した。
大半は京阪神在住であったが、遠くは和歌山県や愛知県からも参加があった。
 
大会は、出場者全員の演奏と近畿八重山郷友会会員の踊りによる「鷲ぬ鳥節」から始まり、玉城一正氏による挨拶、来賓紹介、来賓挨拶と続いた。

審査委員には、近畿八重山郷友会の重役に加え、新城永文琉球音楽研究所 師匠 新城永文氏、東海八重山古典民謡保存会 相談役 東筋秀盛氏、そして、石垣島からはるばる八重山毎日新聞社 社長 黒島安隆氏が来場。
 
審査員らとともに、観客らも大会冊子に書かれた歌詞と意味を見ながら、出演者がそれぞれに選んだ歌詞のとぅばらーまに耳を傾けた。
 
今年の冊子には、本大会が始まって以来5年間で歌われた歌詞の上位ランキングも紹介されており、興味深かった。

 
 
審査結果が出るまでの間、舞台では様々な八重山舞踊が舞われた。

八重山の歌や踊りに興味がある人たちにとっては、八重山の伝統芸能を楽しむ一日にもなったであろう。
 
(表彰式に登壇した出場者のみなさん)

 
最優秀賞者・村上さんの歌唱が再び披露された後は、六調、ヤーラーヨーで締めくくられた。

このような、伝統芸能に触れ、また伝統芸能を学ぶ人たちが刺激を受け合いさらに切磋琢磨していくような場がこれからも続くことを願ってやまない。

新宿の街がエイサーで熱く燃えた!


 すっかりおなじみになった「新宿エイサーまつり2019」(同大会委員会主催)が7月27日(土)に、「めんそ~れ! 令和元年 夏」のキャッチフレーズのもと、東京・新宿の東口、西口一帯で開催された。

 関東最大規模のエイサーまつりである同大会も今年で18回目。昨年は台風12号が接近するなかでの強行開催であったため、多くの団体が出演を辞退。天候も持ちこたえることができず、午後3時過ぎには雨天のため打ち切られるという消化不良な形になってしまった。

 ところが、今年も台風6号が日本列島に接近。大会当日朝には三重県に上陸し、関東地区への影響も懸念されたが、その後、台風は温帯低気圧に変わり、大会は無事晴天のなか開催された。

 今年は残念ながら、本場・沖縄県からの参加はなかったが、関東から和光青年会、舞弦鼓、琉球舞団 昇龍祭太鼓、琉球國祭り太鼓 東京支部、琉球創作太鼓 零、創作エイサー隊 炎舞太鼓など22団体が出演。

 昼の部(午後1時~4時)、夜の部(同5時~8時)に分けて、各団体が炎天下のなか、まさに熱い演舞を披露。新宿一帯には沖縄の風が流れ、集まった大観衆はエイサーに酔いしれ、満足げな表情を浮かべていた。

 また、ミス沖縄クリーングリーングレイシャスの譜久里美樹さんが来場し、専用ブースで沖縄観光PRに努めていた。

 そして、関連イベントとして、「沖縄音楽フェスティバル」(新宿文化センター大ホール)も同日開催。新宿駅東南口広場前サナギでは、「サラバンジ Music Fes 2019 ~ゆいまーる 音楽祭 in 新宿」も初開催された。

 なお、伊勢丹百貨店新宿店では、関連事業として、7月24日から29日まで、恒例の「第25回沖縄展」が催された。

 我が八重山からは、「金城かまぼこ店」「石垣の塩」「八重泉酒造」「西表島いやしろち」「川平ファーム」などが出店し、どの店舗も行列ができるほどの盛況ぶりだった。

(取材・文=ミカエル・コバタ)

八重山民芸品取り扱い店(大阪)と鴨川納涼(京都)

暑さ厳しい日々ですが、みなさんいかがお過ごしですか?
今回の「やいまーる外電」では、八重山より熱い近畿地方にて、筆者が最近訪れた八重山気分が少しでも味わえるイベントなどについての話題を2つ紹介しましょう。
 
 

●大阪で八重山の民芸品が買える!

 
大阪にある「ひふみ民藝店」にて、石垣島で一つずつ手編みされているアダン葉帽子などが取り扱われるようになった。

最近、店主の川見さん自らが沖縄や八重山へと仕入れに行き、「沖縄手仕事ノ会7」という企画展を実施したそうだ。
その名残もあり、店内にはやちむんや八重山・沖縄の民芸品が数多く並んでいて、さながら沖縄民芸品店のような雰囲気になっていた。

八重山・沖縄の物として、画像の棚の上段には、アダンのバッグ(ヤミカゴ)、アダン葉帽子、アダン葉ボトルケース、月桃コースター、トウヅルモドキの籠バッグ、馬グヮーなどが飾られていた。
珍しいものとして、主に沖縄本島南部で見られる石を彫って作った「石獅子」もあった。
 
  ひふみ民藝店blogより「沖縄手仕事ノ会7 開催中 民具などの紹介」
 
アダン葉製品は会期中も好評だったとのこと。
画像の帽子、ボトルケース、バングルの作り手は、「cocoroのぼうし」の水島知子さん(石垣島)。

こちらは八重山の凧。

 
筆者は今夏、八重山旅の予定はない。
その代わりというのも何だが、八重山気分を味わいにまたこのお店に足を運んでみようかと思ったのだった。
 
 ひふみ民藝店 ホームページ
   大阪府大阪市西区南堀江2-10-9テラス101号室
   営業時間 13:00~19:00 、定休日 火曜
 
 

●「鴨川納涼」で京都沖縄県人会が活躍


 
  鴨川納涼
  日時:2019年8月3日(土)17時~21時半
        8月4日(日)17時~21時
  場所:鴨川西岸、三条大橋~四条大橋間河川敷 
 
「鴨川納涼」は今年で50回目を迎えた。
今年も京都にある各地の県人会や京都府内各地域の特産品販売や、京都染織青年団体協議会による和装小物販売などのテントが鴨川の河川敷に連なり、大勢の人々が訪れた。
 
今年は、四条大橋から北に向かって歩いてみた。
 
ステージでは、諸喜田千華 琉舞研究所による踊りが披露された。
八重山上布柄の衣装で踊られた曲目は、「鳩間節」だった。

 
京都染織青年団体協議会は鴨川にて友禅流しの実演。
かつて実際に行われていた様子を、この日だけは特別にみることができる。

 
各地の特産品を販売する県人会ブースのコーナーになると、夕食をここで楽しもうとする人たちで一層通りは混雑し、あちこちから美味しいにおいが漂ってきた。
京都沖縄県人会のブースは、今年もまた賑わっていた。

サーターアンダギーが山積みされ、ゴーヤーチャンプルー、ポーク卵、焼きそばはどんどん追加で調理されていく端から売れていく。
オリオンが今年5月に発売したチューハイ「WATTA(ワッタ)」シリーズもあった。
缶のイラストにあるように、青シークヮーサーだけでなく、完熟した「くがに」のエキスも使われており、筆者が味わってみたところ、内地メーカーのシークヮーサー味のチューハイよりフルーティーな味の印象だった。
 
ブースの中のイートインコーナーには、県人会会員、関西の人たち、旅行者や外国人など、人々のチャンプルー状態。
見ず知らずの人同士が語り合い、三線に合わせて一緒に歌い、盛り上がった。
ポピュラーな沖縄ポップスの合間に、「とぅばらーま」やクイチャーの曲など本格的な民謡も演奏され、様々なバックボーンの人がめいめい満足できる時間だった。
 
日が暮れるとそよ風も吹き、鴨川の天然冷却装置の作用もあいまって、初日の夜は過ごしやすい「納涼の夕べ」となったのだった。

「明和の大津波」がモチーフとなったミュージカルが上演される

「星砂のマーメイド」
会期:2019年7月6日(土)、7日(日)
会場:クレオ大阪中央ホール(大阪府)
主催:劇団アカレンガ


近畿にある八重山関係の郷友会の組織の一つである「関西やいまー会」が、明和の大津波をテーマにしたミュージカルに特別出演を果たした。
「関西やいまー会」は、踊りや三線、郷土料理等の伝承を主な活動としており、様々なイベントで踊りを披露している。
会場には出演しなかったメンバーや、近畿八重山郷友会の集まりで見かける方々の姿もあった。

 

大阪で活動をしているミュージカル劇団アカレンガによる13回目の公演「星砂のマーメイド」は、24世紀の男女2名の調査員が18世紀のあの明和の大地震が起こる少し前に石垣島へとタイムスリップし、ハプニングに巻き込まれてしまうという物語。
漁網にかかったダイビングウェアとフィンを装着したヒロイン香織は、人魚と間違えられ捕らえられてしまう。
運命を変えてはいけないために村人とは接触しないという決まりがあったにもかかわらず、接触せざるを得ない状況の中、時代を超えた人々の心のふれあいや様々な思い、大地震の津波が来る前後の様子が描かれる。
同時に海の中に暮らす人魚たちの世界も描かれ、大津波の時に二つの世界が交差する。


パンフレットにはまた、次のような人魚にまつわる記述もあった。
—–
「野原村」(現在は消失)には4この大津波から生まれたとされる人魚の伝説が残っています。
現在は「星野」という集落が「人魚伝説の村」として存在します。
—–
 
 
「関西やいまー会」のメンバーは、近々凄惨な自然災害が起こるとはまったく知らない村人たちが無邪気に浜辺で歌い踊る場面で、「マミドーマ」を踊った。
 
 (画像提供:劇団アカレンガ)

終演後、近くでパンフレットを見ながら、「あの人たちは雰囲気が違った」と感心したように語る声がした。
演技ではなく、素で踊る姿から八重山の雰囲気が漂っていたのだろうと想像した。
 
 (画像提供:劇団アカレンガ)
  
ミュージカル団員は、子どもからシニアまで幅広い年齢層で、圧倒的に女性が多く、男性役や人によっては1人二役など見事にこなしていた。
オリジナル曲とクラッシク曲に歌詞をつけた様々な曲が舞台を盛り上げた。
津波のシーンでも美しい音楽と演者の表現は柔らかく穏やかな構成であったが、筆者は東日本大震災を思い出し、涙腺崩壊だった。
 
あの日はちょうど都内にいて、感じたことのない大きな揺れが、おさまりかけたかと思うとまた大きくなることを繰り返しながら揺れ続けた。
打ち合わせで一緒にいた人とともに放心状態になり、しばらくはただただ怖かったという気持ちをお互いに吐露して支えあった。
かなり時間が経過してから、事の把握をするためにその施設にあったテレビのコーナーに行き、東北の町が大津波に飲み込まれていく生中継を見て恐怖で身体が硬直した。
そんなことを思い出した。
 
 
ミュージカルでは、人の心のありようや、絶望の淵から立ち直る力強さも表現されていた。
あわせて、災害の恐ろしさとそれに対する備えの大切さをあらためて感じた作品でもあった。
「今を生きる」ことの大切さを、ミュージカルに打ち込む人々の姿から教わった作品でもあった。
 
 (画像提供:劇団アカレンガ  フィナーレの様子)

 
 
【参考】
明和の大津波で多くの人々が命を失った記録が、石垣市のホームページにも紹介されている。
 
「~石垣島の風景と歴史~ 34.石垣島の日本一・世界一その3 津波の波の高さ」石垣市教育委員会市史編集課

ハテルマン・山田祐基展 「I am water」


山田祐基展 「I am water」
会期:2019年7月5日(金)~21日(日) 12時~17時
会場:ナナクモ(京都府宇治市)

 
 
波照間島が好きすぎて「ハテルマン」と名乗って情報発信したり、「会社を休みすぎた、はてるま展」を開催したりと、会社員とアーティストの二つの顔を持つ山田祐基さんの作品展が、京都の宇治市内で開催されている。
 
 山田祐基さんホームページ
 ハテルマン ブログ
 
 
会場の「ナナクモ」は、宇治の観光エリアになりながら、通りを一つ奥に入った静かな場所にある。
雑誌「JAPANGRAPH-暮らしの中にある47の日本」のアンテナショップで、日本各地の民具や小物などを販売している。

山田さんはここで、2015年、2016年にも個展を開いており、3年ぶりとあってか、筆者がお邪魔している間にもファンらしき人たちが次々と訪れていた。
 
(民家を改築したナナクモ。写り込んでいるのはオーナーの奥様)

 
今回のテーマは波照間島ではないが、作品には波照間島の砂を使ったものや、山田さんが原画を描き自ら作った「ムシャーマ手ぬぐい」などがあった。
 
(今回の案内はがきの絵柄となった作品)

 
ムシャーマの行列を描いた「ムシャーマ手ぬぐい」は、大阪の国立民族博物館でも一時期販売されていたという。

 
店内には、山田さんのイメージに合わせたのであろう、八重山の民具なども展示販売されていた。
クバの柄杓とパナリ焼(復元)とともに。
与那国島のトウヅルモドキで編まれた籠バッグもいくつかあった。

 
こちらもパナリ焼。
作品は大型のものから、小さいものまで様々。
展覧会のタイトルに含まれる「水」を彷彿させるものがいろいろあった。

 
「JAPANGRAPH」沖縄編に山田さんは絵と文を寄稿している。

 
波照間島のお年寄りの手作り民具などが、ここでも買えるとは!

 
ナナクモオーナーの奥様によると、この二つの作品は、波照間島の砂を使っているとのこと。

 

 
会期は今週末までで、現在東京在住の山田さんが20日(土)、21日(日)に在廊する。
作品についての思いなど、作家に直接聴いてみるのもいいだろう。
 
作品も民具・小物も販売されている。 
八重山をイメージできるお気に入りの一点が見つかるかもしれない。

八重山とわたし(3) 写真家 大塚勝久さん:サガリバナの森でのインタビュー

写真集『平久保半島サガリバナの原風景』、『うつぐみの竹富島(たきどぅん)』、『八重山の風と光』など、八重山の自然や文化などを撮り続けている写真家、大塚勝久さん。
 
沖縄本島に拠点を置きながら、サガリバナの季節には数か月間平久保のサガリバナの森に入り、地域の子供たちにこの自然を残したいという思いでシャッターを切り続ける。
「平久保サガリバナ保存会」の一員でもある。
 
そんな大塚さんの八重山との出会いや関わりについて、サガリバナが開花し始めた平久保でお話をうかがった。
 
大塚勝久さん (ホームページ) 

 
大塚さんは、5年に1度写真集を出すことを目標に、これまで10冊の写真集(CD-ROM版も含む)を世に送り出してきた。
写真家人生50年の節目の10冊目にあたるものが、2016年に発行された「平久保半島サガリバナの原風景」だ。


 
 
カメラに興味を持ったのは小学3年生の時だったという。
6年生の時、念願の2眼レフを買ってもらい修学旅行の記録係をやった経験から、プロのカメラマンを目指そうと決意。
国内の大学に数か所しかなかった「新聞学科」に進学後、企業の宣伝広報課へ就職し、ユーザー向け広報紙のカメラマン兼編集者として、国内各地を巡る。
風景、グルメ、温泉、伝統文化などを写真と文章で表現する役割を担ってきた。
 
(平久保のサガリバナ 筆者撮影)


 
花が好きで、ロケ先で花の情報を聞いては、休暇のたびにライフワークで花を撮りに各地を旅した。
もっと写真撮影の技術を上げたいと、働きながら写真学校にも通った。
南の島も好きで、71年までは奄美や徳之島、与論島へ、72年夏、パスポートがいらなくなった沖縄本島を訪れた際に、民宿のおやじさんから八重山の事を教えてもらう。
そして、73年に初めて竹富島へ行ったのが八重山との出会いなのだそうだ。
 
それから8年間は会社勤めをしながら八重山に通っていた。
 
写真家としてライフワークのテーマを定めたいと長年探し求めていたが、なかなか見つからなかった。
八重山に通う内に「どういう風に生きていけば幸せなのか?」を考えるようになり、競争社会とは真逆の竹富島の助け合いの精神、うつぐみの心に出会い、「人間性の原点回帰」というテーマにたどり着く。
祭りや伝統行事に合わせて自分が撮りたい時に八重山に行きたいという思いが強くなり、1980年、16年間の会社生活を卒業し、沖縄を撮影するフリーランスの写真家として独立。
 
そんなお話を、昼間のサガリバナの森でうかがった。

 
 
サガリバナの開花は夜。
それまでの間、大塚さんと一緒に平久保のサガリバナの第一発見者である、米盛三千弘・邦子さん夫妻を訪ねた。
 
「サガリバナには様々な色がある」と、サガリバナ保存会会長の三千弘さん。
赤(濃いピンク)、ピンク(薄いピンク)、白、淡い黄緑、オレンジがあり、平久保には薄いピンクと白が多く、オレンジは一本しか確認できていないのだそうだ。
今年は季節の進みが遅く、開花が2週間ほど遅れているとも。
 
平久保出身の邦子さんによると、かつては田んぼの境界線の角ごとにその目印としてサガリバナが植えられていたこともわかってきたのだそうだ。
 
米盛夫妻が最初の一本の古木を発見したのが2005年。
当時300本だったサガリバナが一斉に咲いたのを見て人々に喜んでもらいたいという思いで、夫婦でコツコツと石を運んで約100メートルの手作り遊歩道を2011年に完成させた。
その作業に2010年から大塚さんも参加している。
 
(邦子さん手作りのサガリバナの造花)

 
大塚さんが三千弘さんと出会ったのは2009年だが、その頃の大塚さんは、「サガリバナと言えば西表島」と、西表島での撮影に時間を費やしていた。
2010年の西表島での撮影を終えた後、米盛夫妻を訪ね、初めて平久保のサガリバナを見て感動し、そこから二人と一緒に保存会を作る活動をしてきたのだそうだ。
 
それ以降の保存会の活動等は、以下に詳しい。

 日本経済新聞電子版 「一夜限り、幻想的に咲くサガリバナ 石垣島の群落守る」
 
 八重山毎日新聞 「西表石垣国立公園を拡張 平久保サガリバナ群落編入」
 
 
夜、大塚さんと再び平久保サガリバナの森に入った。
 
開花が遅れて数少ない花の中から対象を決めて撮影する。

 
星空にかかる雲が切れるのを待つ。

 
天の川とサガリバナの構図でシャッターチャンスをねらう。

 
既出のサガリバナの写真集は、5年間で3万枚の撮影をした中から83枚を厳選したのだそうだ。
大塚さんはこの夜も、心に描く作品イメージの一枚が得られるまで何度も何度もシャッターを切っていた。
幻想的に輝く天の川の銀河系の中心と木星に見送られながら、撮影会を終えた。
 
 
 
【参考】
1.八重山毎日新聞7月1日朝刊1面に、大塚さんが撮影した梅雨明一番の天の川とサガリバナの写真が掲載されました。

2.夜の撮影会中に見かけたサガリバナの森の生き物たちは、こちらで紹介しています。


第59回 近畿八重山郷友会総会が開催される

第59回 近畿八重山郷友会総会
日時:2019年6月30日(日)13時~
場所:大東市民会館(大阪府大東市)

 
 
近畿八重山郷友会総会は、今年で59回を迎えた。
この日も大勢の参加者が総会と懇親会に参加した。
 
 

【第1部 総会】

玉城一正会長による挨拶の後、平成30年度の活動報告等の議案の説明がなされ、滞りなくすべてが承認された。

昨年度の主な活動は次の通り。
9月にとぅばらーま大会関西予選会が行われ、今年度は8月18日に開催予定。
11月の秋季レクレーションは、グランドゴルフとハイキングが交互に実施され、昨年度はグランドゴルフだった。
伝統芸能などの継承活動を行っている関西やいまー会が、様々なイベントで踊りを披露。
来る7月6日(土)、7日(日)には、明和の大津波がテーマのミュージカル「星砂のマーメイド」がクレオ大阪中央ホールにて開催され、そこにも出演する旨も発表された。
 
劇団アカレンガ ミュージカル「星砂のマーメイド」
 日時:2019年7月6日(土)18時~、 7月7日(日)14時~
 前売:2,500円、当日:3,000円(全席指定)   
  
また、今年度の活動計画で決定している日程の発表もあった。
 
来賓には東京八重山郷友連合会会長 多宇邦雄氏もおられ、東京の郷友連合会は1925年(大正14年)に設立されたことや、自身が中学生の頃は新空港の場所は牧場だったというお話があった。

 
 

【第2部 親睦会】

余興の前に、神戸女子大学非常勤講師・李春子氏による「八重山の御嶽 自然と文化」刊行記念公演が行われた。
講演タイトルは『「八重山の御嶽」 ~「祈り」と「祭り」の祭祀空間』。

書籍では、御嶽を「自然の祈りの空間」と「文化の場」としての側面から見て、石垣島、竹富島、西表島、小浜島、黒島、鳩間島、与那国島、全7島の御嶽60か所を取り上げた。
「自然の祈りの空間」とは、御嶽の中にある祈りの場「イビ」の中には司しか入れないこともあり、貴重な自然、巨木や固有植物が保存されているという意味から。
「文化の場」とは、祭りの際に御嶽の前で踊る慣習がある点からそうとらえた。
など、興味深いお話だった。
 
 
余興タイムでは、今年も各字会や研究所、個人など、様々な人たちが舞台に上がった。

 
友情出演:ミュージシャン 吉本篤央さん&西山朝子さん

 
おそろいのドゥタティで登場した与那国郷友会の踊りと演奏の後は、フィナーレ。
六調、ヤーラーヨ、弥勒節、万歳三唱と続き、記念撮影で締めくくられた。

奈良公園に、沖縄の島々の歌が響きわたる

「沖縄音楽フェスト ウタめぐり、島めぐり」 ムジーク・プラッツ2019

日時:2019年6月2日(日)13時~
場所:奈良公園・春日野園地(奈良県)
主催:奈良県 ムジークフェストなら実行委員会

  
 
2019年5月18日~6月9日までの23日間にわたって奈良県内にて開催されている音楽イベント「ムジークフェストなら2019」で、6月2日(日)、今年6回目になる沖縄音楽フェストがあった。


 
今年は1日に短縮されたこともあってか、大勢の観客が詰めかけた。
関係者によると来場者数は1万9千人とのこと。
イベントを知らずに訪れた観光客も多く立ち寄ったようで、時折小雨にも見舞われたあいにくの天気であったが、芝生を埋め尽くすほどの大勢の観客が集まった。
店舗ブースでは、地元奈良沖縄県人会のみなさんも出店。 
できたてのムーチーが売られていたのが珍しかった。

 
 
今年の本会の趣旨が「ウタめぐり、島めぐり」あることから、各島々出身のアーティストは代表曲に加え、島言葉の歌、民謡などを聞かせてくれた。
 
 

●八重山うた 大哲会 奈良支部

八重山の唄者、大工哲弘を師匠とする。
「めでたい節」で座開きの後、「とぅまた節」などの八重山民謡や、「安里屋ゆんた」を披露。
 
 

●琉球國祭り太鼓 奈良支部

応援に大阪、京都、滋賀の支部員もかけつけ、約50名が熱演した。
獅子をかぶった二人の、息を合わせてステージを降りたり上がったりする動作も見事だった。
 
 

●HIRARA (宮古島)

宮古古謡の「アンナ(母)」、「漲水ぬクイチャー」、宮沢和史が作った「みるく世ぬクイチャー」など。
雨乞いの歌もあり、偶然にも小雨が降り始めたのには、本人も苦笑していた。
 
 

●池田卓(西表島)


「島の人よ」で始まり、「とぅばらーま」へと続く流れでは、会場も水を打ったように静まり返った。
民謡をギターの西洋音楽のコードの伴奏に乗せて歌った曲は、今風のアレンジで民謡を聞き慣れない人にも耳に入りやすそうで、新鮮。
「アップテンポの曲は一曲だけですから」と中盤で手拍子を促し、最後は「おばあちゃんの歌」でしっとりと締めくくられた。
MCでは故郷である船浮集落の紹介がなされた。現在小学生は2名なのだそうだ。
彼の父親である「米蔵」さんの名が書かれた応援うちわを持ったファンが立見エリアにいて、「それは父です」との楽しいやり取りも。
 
 

●上間綾乃(沖縄本島)

「ソランジュ」、「やんどー沖縄(うちなー)」、「ヒヤミカチ節」、やカバー曲を歌う。
時にやわらかく時に力強い表現で、会場を魅了した。

 

●三線&カチャーシーレッスン

池田卓、HIRARA、大哲会のメンバー主導で、フィナーレ課題曲の三線音合わせとカチャーシー指南。
小雨にもかかわらず三線を出して応じている観客もいて、アーティスト達も心強かったことだろう。
 

●~奈良県・沖縄県交流タイム~

・奈良県出身の「せやろがいおじさん」による “生せやろがいトーク”。
トレードマークの赤ふんどしに着替えて登場。
普段の漫才コンビ「リップサービス」の相方は石垣島出身とのことで、奈良と石垣島・沖縄の話題で場を盛り上げた。
・交流の儀
奈良県と沖縄県の関係者の方からのご挨拶があった。沖縄観光親善使節・ミス沖縄や奈良県のマスコットキャラクター・せんとくんも登壇し、本イベントのきっかけなどの話があった。
 
せやろがいおじさんと一緒に司会進行を務めていた岡本美紀さんは、宮古島出身で奈良在住。
ワンピース姿の岡本さんの隣で、「交流の儀」という公なセレモニーの最中も赤ふんどしのままのせやろがいおじさんという組み合わせが、なんとも表現しがたい独特の雰囲気を漂わせていたのも印象的だった。

 

●大工哲弘with苗子(石垣島)

苗子さんが、琴や踊りを担当。奈良では貴重な夫婦公演であった。
大哲会・奈良支部メンバーが、太鼓と笛でサポート。
哲弘さんはシカの糞を踏んで「興奮して奮闘しています」とダジャレで場を和ませる。
「安里屋ゆんた」、「ざんざぶろう(高那節)」など大御所の歌声に、会場からは声援やより一層大きな拍手が鳴り響いた。
他、「あがろーざ」、「マミトーマ」、クイチャーの曲など、観客は民謡を堪能した。
「ムジークフェストなら」には、沖縄音楽ライブの初回以来5年ぶりだそうだ。
予定の演奏が終わった後、もう一曲追加でと「さよなら港」で締めくくられた。

 
 

●宮沢和史(元THE BOOM)

2016年から充電期間に入っていたが、最近ニューアルバム「時を泳げ 魚の如く」を発表し、約3年ぶりに同タイトルでのコンサートツアーを開催中。
サポートバンドメンバーとともに登場すると、大歓声が沸き起こった。 
「星のラブレター」、「風になりたい」、そして「世界で一番美しい島」と続く。
 
高校野球の応援でもおなじみの「ダイナミック琉球」は、アルゼンチン出身の沖縄県系二世、大城クラウディアのボーカルで。
そして、琉球國祭り太鼓と一緒に「シンカヌチャー」。
いつしか雨も上がっていた。
アンコールにも応じ、おなじみの「島唄」に観客は聞き入った。
 
6月といえば沖縄慰霊の日がある月。
戦後一時期、沖縄は「アメリカ世(あめりかゆ:米軍統治下に置かれた時代)」に入る。
「世界で一番美しい島」の歌詞「もう放さない、もう渡さない」に込められた思いが伝わってきて、こみ上げるものがあった。
 
 

●フィナーレ


フィナーレは出演者全員とともにあらためて「島唄」を。
観客も三線演奏や歌で参加し、会場が一つになった。
「唐船ドーイ」のカチャーシーでプログラムのすべてが終了したときには、終了予定時間を1時間も超過していたほどの大盛り上がりのイベントだった。
 
 
なお、この日は、大阪の服部緑地公園野外音楽堂でも「2019 ハイサイ!! 琉球まつり!」が開催され、川門正彦(石垣島)やまーちゃんうーぽー(西表島)率いるまーちゃんバンドなどが出演した。
 
7月には、大阪新歌舞伎座開場60周年記念公演として、「真夏の沖縄音楽フェスティバル」が開催予定。
やなわらばーや古謝美佐子などが出演する。【詳細】

阪急うめだ本店の沖縄イベントに、八重山のショップが集合!!


「おいしい かわいい 沖縄展」
会期:2019年6月12日(水)~18日(火) 最終日は18時終了
会場:阪急うめだ本店 9階催場(大阪府)

 
「僕らがつくる、新・沖縄展」
会期:2019年6月12日(水)~18日(火) 最終日は17時終了
会場:阪急うめだ本店 10階 「うめだスーク」中央街区(大阪府)
 
 
大阪での初夏の沖縄イベントとして恒例の阪急うめだ本店でのイベントが、今年も始まった。
初日から大勢の人が詰めかけ、昼間の時間帯にも店によっては行列ができていた。
商品を手に取って確かめ、お店の方に質問したり説明を聞いたりしながら買い物ができるのが魅力だ。
八重山のお店も9階・10階の両フロアに出店しており、あちこち見て回るのも楽しいだろう。
 
 

『おいしい かわいい 沖縄展』

 
【請福酒造】

今年の目玉は、スピリッツ「IMUGE(イムゲー)芋酒」。
約100年前の酒造法で自家醸造が禁止されるまでは庶民が飲んでいたと言われる、芋酒の復活版だ。
かつては沖縄の庶民は米の代わりに雑穀、甘藷、黒糖などで芋酒を造っていたそうで、IMUGEは米麹で泡盛同様一次仕込みをした後、甘藷で二次仕込み、さらに黒糖による三次仕込みを行う。甘藷も黒糖も沖縄県産。
本展ではおひとり様1本限りで100本用意していたが、初日午前中で完売。
今年9月には大阪でも発売される計画が進められている。
 
 
【西表島いやしろち】

天然石アクセサリーの工房は、現在は石垣島にある。
大地から生まれた一つ一つ色形や表情が違う石たちと、八重山の植物で草木染めをした麻紐。
一点ものが好きな人にはたまらなく魅力的だろう。
 
 
【JEWEL EARTH】

石垣島の海をイメージした青く輝くガラス玉は、職人の手作り。
暗い場所では蛍光色の光をほのかに放ち、まるで八重山の星空やホタルのよう。
光るホタルガラス発祥の店。
 
 
【金城かまぼこ】
石垣離島ターミナルの売店などでもおなじみの「じゅーしーかまぼこ」(かまぼこの中に、沖縄の炊き込みご飯「じゅーしー」が入ったもの)。
本展限定で、島にんにくを使った「ガーリックじゅーしー」が各日50個販売される。
 
 

『僕らがつくる、新・沖縄展』

 
【やちむん館】

アダンのバッグや帽子、月桃やクバの民具、石垣島の草木の実のアクセサリーやパーツなどが、所狭しと並んでいた。
商品はどれも、島の植物を採集して加工する根気のいる手仕事によるものだ。
 
 
【KATARIGI】 インスタグラム  / やえやまなび

木を知り尽くした石垣島の木工会社が立ち上げたブランド。
様々な木工製品は、全て島で育った木から作られている。
中には、ミンサー織りの布とのコラボの小物や、やちむん館の植物材料とのコラボ商品も。
 
 
【イチグスクモード】

石垣島の桃林寺からほど近いところに工房を構える。
島バナナやオオゴマダラなど、八重山の文化や自然をモチーフにしたオリジナルデザインの衣類やタペストリー。
「スミオのkiiyamaドミトリー」の入口にあるスミオおじぃの顔のデザインも、代表の池城さん作なのだそうだ。
 
 
【Garden Pana】

自社栽培のハーブが原料の調味料は、南ぬ島空港などのお土産店で見たことがある人も少なくないだろう。
初日午後には、ワークショップ「石垣島のフレッシュハーブティーでリフレッシュ」が開催され、参加者はオリジナルハーブティー作りを楽しんでいた。
ブースでは、調味料や、ハーブティー用の材料の量り売りも。
 
 
 
また両展以外にも、17日(月)まで9階祝祭広場で行われている「藍ism ~日本の青と暮らす~」には、石垣島の「島藍農園」が出店。

各地の藍染作品で一帯が藍色に染まる中、ナンバンコマツナギの濃い藍色と青、フクギのオレンジの定番カラーのバッグが、ひときわ目を引いていた。
 
  
いずれのイベントも会期が限られているが、その期間だけはどっぷり八重山・沖縄気分に浸れるので、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

すっかり春日部市民に浸透した「粕壁エイサーまつり」

 6月1日(土)、2日(日)の両日、埼玉・春日部市の「ふれあいキューブ」と「ララガーデン」(サポート会場=初日のみ)で、「粕壁エイサーまつり2019」(主催=春日部TMO・粕壁エイサー2019実行委員会)が開催された。

 同イベントは、春日部商工会のメンバーが創作エイサー太鼓に感動し、同市民に伝えたいとの趣旨でスタートしたもので、今年で早くも14回目を迎えた。

 初日はエイサーのみならず、琉球舞踊、沖縄手話ダンス、龍球空手道、島唄ライブ、フラダンスが披露された。

 メインイベントといえる2日目は、和光青年会、琉球國祭り太鼓、琉球創作太鼓 零、町田琉、沖縄創作太鼓 黄龍、琉球鼓舞道場、春日部西口ロータリークラブ子供エイサー教室が熱い演舞を披露。チーム息吹・南会津による沖縄現代版組踊も披露された。

 そして、エンディングは出演した全団体、観衆が入り乱れての大カチャーシーで幕を閉じた。

 また、会場内ではオリオンビール、沖縄特産品が販売され、野外では“沖縄屋台”として、宮古そばなどの店が出されていた。

 まさに地域密着で開催されてきた「粕壁エイサー」は、すっかり春日部市民に浸透し、年々来場者も増え、同商工会の取り組みも実を結んでいる。

 来年は区切りの15回目となるだけに、よりパワーアップしたイベントを期待したいものだ。

(取材・文=ミカエル・コバタ)

サンシャインシティでの「沖縄めんそーれフェスタ」が大盛況で幕! ミス八重山も観光PRに努めた!

 東京・池袋のサンシャインシティで、「第11回沖縄めんそーれフェスタ2019」(主催=サンシャインシティ)が、5月24日(金)から6月2日(日)までの会期で開催された。

 例年通り、今年も4階展示ホールでは、「沖縄物産展」が開かれ、飲食物、特産品などを販売するブースが多数出店され、飲食コーナーでは沖縄ライブが行われた。野外に隣接の特設会場では「めんそーれビアガーデン」が催され、こちらでもライブが行われた。

 B1の噴水広場では、「アーティストライブ&ステージ」が開かれ、数多くの沖縄系アーティストが出演。宜保和也、やなわらばー、きいやま商店らの石垣出身アーティストも登場し、熱唱を繰り広げていた。

 同会場では、沖縄空手PRステージ、エイサー演舞、琉球舞踊なども披露され、終盤の2日間には、八重山ビジターズビューローがブースを設け、ミス八重山星の砂・金城純海さん、石垣市の公認マスコットのぱぃーぐるも来場し、八重山観光PRに精を出していた。

 また、序盤の26日には、「池袋めんそーれ祭り」と称して、ビル前のサンシャイン60通りでエイサー演舞が披露されたほか、サンシャイン水族館、サンシャイン劇場、サンシャイン60展望台、レストラン街でもコラボイベントを開催するなど、10日間はまさに沖縄一色。多くの沖縄を愛する人々が詰めかけ、イベントは今年も大盛況で幕を閉じた。

(取材・文=ミカエル・コバタ)

写真展「よみがえる沖縄1935」(立命館大学国際平和ミュージアム)

  立命館大学 国際平和ミュージアム2019年度春季特別展
  「よみがえる沖縄1935」
    
  日時:2019年4月13日(土)~6月29日(土)
  開館時間:9:30~16:30(入館は16時まで)
  会場:立命館大学国際平和ミュージアム1階 中野記念ホール(京都府京都市)
  主催:立命館大学国際平和ミュージアム、朝日新聞社、沖縄タイムス社

 (本展の詳細や休館日について)
 
 

2年ほど前であっただろうか。
ニュース記事で、「戦前の沖縄の風景などを撮影した写真が大量に発見された」と知った。
その当時から、朝日新聞社と沖縄タイムス社の共同企画で生まれたサイトでそれらの写真を見ることができていたり、那覇市内などで写真展が開催されたりしており、旅の予定と会期が重なるのであれば大きな写真で見てみたいと思った記憶がある。
 
 (朝日新聞社・沖縄タイムス社の特設サイト、「沖縄1935 写真でよみがえる戦前」
(2017年、沖縄県内で実施された写真展のニュース記事
  ・那覇・タイムスギャラリーにて
  ・沖縄市立図書館にて
 
 
現在その写真の一部が、京都の立命館大学国際平和ミュージアムにて展示されている。
本展は、2017年に日本新聞博物館で開催された「企画展 よみがえる沖縄1935」の関西巡回であり、加えて立命館大学国際平和ミュージアム等所蔵の沖縄関連資料の展示もなされている。
 
写真に関しては、残念ながら八重山の物はなく、糸満、古謝、久高島、那覇、その他各地といった展示構成である。
しかし発見当時のネガの汚れや傷みを修復した約80年前の画像は、沖縄戦以前の本島の人々の暮らしを知る事のできるとても貴重な資料であり、一見の価値がある。
中にはAIを活用してカラー化を試みた写真もいくつかあり、風景や人々がよりいきいきと見えた。
 
那覇の市場では、ほとんどの人は着物で、士族の女性はジーファー(かんざし)を挿した髪型をしていたり、老婆の手にはハジチが見て取れる。
 
道行く人や畑仕事の人たちが裸足である写真もあり、足裏の皮膚の強さはどんな感じだったのだろうと想像した。
 
女性はまた、頭の上に大きな荷物をバランスよく乗せて両手を自由に使えるようにしている習慣がまだあった時代で、魚売りの女性は、魚の入った籠と頭の間にまな板を挟んで魚の汁が直接頭にかからないようにしている様子など、当時の生活の知恵を垣間見ることもできた。


 
本展では、朝日新聞社の写真に加え、立命館大学が所蔵している八重山に関する資料がいくつか展示されていた。
こちらもまた貴重な資料であった。
 

【「西表他の区の労働地獄と日本労働者階級の使命」 (国際平和ミュージアム所蔵)】

知念村出身で城崎勝馬という人が、西表の炭鉱ついて1936年~41年に記したものである。
手書きでびっしりと書かれた文章など、いくつかの資料がガラスケースの中に読めるような形で展示されており、「毎日12-15、6時間、または一昼夜ぶっ通しの人間業とは思えない労働」と言ったような表現に、炭鉱での労働の過酷さをうかがい知ることができた。
 
 
同大学資料センター所蔵の立命館大学探検部の資料も、「戦後の大学生の見た沖縄」という趣旨で展示されていた。
こちらは閉じたまま触れられない形での展示であったので、表紙と解説しか見ることができなかったが、そのような資料の存在を知る事ができたのは収穫であった。
 

【「沖縄西表島踏査計画書」 1969年8月1日~24日】

昭和の時代のいわゆる「青写真」という紫色の濃淡でアウトプットされる複写機による冊子だ。
解説の札に、中の文章の一部が紹介されていた。
「なぜわれわれ三人はこの島に行こうとするのか・・・さまざまな夢想、好奇心、探求心を募らせるのに十分なフィールドなのである(「行く前に考えた事」より)」
沖縄返還前の時期であり、渡航にはパスポートも必要だった時代の若者たちの熱い思いの片鱗に触れることができた。
 

【波照間島 1970夏 沖縄八重山郡】

このような資料も展示されていた。
当時の波照間島は「探検部」のフィールドの対象であったことがうかがい知れた。
2冊とも、古本など流通していないかどうか調べてみたが、情報は得られなかった。
調べている途中で、「竹富町史だより 第37号 2016年3月31日」には、当時は竹富町史編集事業の「島々編」シリーズの「波照間島」を編集中とのことで、膨大な量の波照間島に関する資料一覧が紹介されていることがわかった。
その中に本資料も掲載されていた。
 
 

このミュージアムにはそれ以外に、常設展のコーナーがある。
地下1階の戦争についての歴史を学ぶ部屋にも、沖縄戦に関する情報コーナーがあった。
印象的だったのは、どこの島かは失念したが、御嶽に鳥居がある写真だ。
明治政府による国家神道政策によって建てられたのだと、恥ずかしながら今頃知った。
八重山の島々を訪れると、御嶽に鳥居がある島とない島があることが、以前から不思議に思っていた。
国家神道政策が及ばなかった島があるのだろうと理解した。
 
会期はあと1ヶ月ほどあり、その間に慰霊の日がある。 
1935年当時の風景は、その10年後には跡形もなくなってしまうほど破壊された。
そのような事実があったのだということを、この時期だからこそより強くあらためて突きつけられた機会でもあった。

【関連情報】

写真集が発売されているので、興味がある方はご参考に。
「写真集 沖縄1935」 週刊朝日編集部〈編〉

代々木公園での「OKINAWAまつり」は熱狂の渦で閉幕!

 5月18日(土)、19日(日)の両日、東京・渋谷区の代々木公園で「OKINAWAまつり2019」(主催=同実行委員会)が開催された。

 新興の沖縄フェスだった同イベントも今年で8回目を迎え、沖縄を愛する人々にすっかり浸透し、年々来場者が増え続けている。

 同イベントのメインイベントは、なんといっても「STREET MUSIC FEST.」と称される野外ライブ。メインステージでは、石垣島出身の宜保和也、きいやま商店をはじめ、沖縄音楽界の“大御所”よなは徹、上間綾乃らの沖縄アーティストが多数出演し、詰めかけた大観衆を熱狂させた。

 彩風ステージでは、琉球國祭り太鼓によるエイサー演舞、琉球古典舞踊が披露され、沖縄の伝統文化に観衆が酔いしれていた。

 もう一つの新風ステージでは、将来のメインステージ出演を目指す新進気鋭のアーティストたちが熱唱を繰り広げていた。

 また、飲食ブースでは酒、沖縄そば、肉、タコライスなどの沖縄の味を提供する店舗が多数出店し、多くの店で行列ができるほどの盛況ぶりだった。そのほか、宮古島、慶良間諸島、南大東島など、各離島のブースも設けられ、観光PRに努めていた。

 両日とも、好天に恵まれ、5月半ばながら、沖縄を思わせるような暑さで、まさに“沖縄フェス日和”で、観衆たちは沖縄の音楽、食、文化に接して満足げだった。

(取材・文=ミカエル・コバタ)

きいやま商店、大阪にて初めてのコントライブに挑戦!

 「きいやま商店大爆笑劇場!2019 ~初コントさぁ! むる集合!!~」
  
  日時:2019年5月27日(月)・28日(火)
  場所:大丸心斎橋劇場(大阪市中央区)
   
  出演:きいやま商店(リョーサ、だいちゃん、マスト)
     高井俊彦(吉本新喜劇)、藤原麻友美(トクダ製作所)、他

 
 
石垣島のいとこ兄弟三人組ユニット、きいやま商店が、コントがメインのライブを大阪で開催した。

きいやま商店の公式サイトのプロフィールには、目指しているのは笑いと音楽のどちらも得意としていた「ドリフターズ」とある。

今回のコントライブ副題にある島言葉での「初コントさぁ! むる集合!!」にも、「8時だョ!全員集合」が合い言葉であったドリフの番組への敬意の気持ちがうかがえる。

両日ともチケットは完売だ。
 
これまでもライブの中でちょっとした会話コントなどを取り入れていたきいやまメンバーにとって、コントがメインの今回のステージは、夢の実現の一つであっただろう。
(紅白出場の夢も是非叶えてほしいものだ)

コントライブ前日には奈良での野外音楽ライブにも出演し、また、28日昼間に開催されたインプロ(即興演劇)に挑戦する「きいやまTV(Youtube)」公開録画も大盛況だった模様。
会場では「奈良の野外ライブで初めて知って来た」という声も聞かれた。
野外ライブも含めた全公演をどっぷり楽しんだファンもいるかもしれない。

秋には本ライブが横浜と沖縄でも開催との発表もなされた。
そんなコントライブの初日の様子を、オチがばれない程度に紹介しよう。
 
 
会場となった大丸心斎橋劇場には、たくさんの花が飾られていた。

彼らのおじさんである「スミオおじぃ」こと崎枝純夫さんも、石垣島から来阪していた。

グッズコーナーには、本公演記念Tシャツや、エコバック、この会場限定販売のコントCDなどがあり、ライブの前後にファン等が列をなして買い求めていた。

オープニングは、金色のポンポンを手にした女性ダンサーチームとともに、楽曲「きいやま商店知ってるかい?」で登場。
まるで以前から、こんな日が来ることもイメージして作っていたかのようなピッタリ感があった。
 
 
舞台では、共演者の高井俊彦、藤原麻友美らとのネタや、きいやまメンバーだけでのネタなど、様々なテーマでの抱腹絶倒コントが繰り広げられた。

きいやまファンだとどこかで見たことのあるかもしれないネタと、今回初披露のものがほどよく組み込まれた構成。

リョーサがセリフを忘れたり、だいちゃんは演者なのにウケてしまい笑いをこらえるのに後ろを向いたり、マストがオトナ向けのネタを連発したりと、ライブならではのおもしろ場面もあり、会場を埋め尽くした幅広い年齢層の観客は大いに楽しんだ。

【三人が親子に扮したコント】

(画像提供:有限会社 フライング・ハイ)

とーちゃん=マスト、かーちゃん=リョーサ、息子=だいちゃん。
リョーサがこんなにムームーが似合うとは!
マストの顔には、ほうれい線やカラスの足跡がくっきり描かれていた。
だいちゃんは、声も若めにして息子役を熱演!
そこに勇者の剣の使いがやってきて・・・、ボケまくっていたとーちゃん役のマスト。

別の忍者の訓練物コントでは、弟子役の三人のあまりにも呼吸のあった動作に、筆者は「さすが!」と心の中で手をたたいた。

所々にカチャーシーや「アチサンサン」の踊りなど沖縄&きいやまネタが織り込まれ、それがわかる人にはコントはさらに面白く、知らない人にも理解できるように会話の中でさりげなく説明がなされるのも嬉しい。

ドリフの髭ダンスを彷彿させるチャレンジ物は、コントの中でも一番沖縄色を出していた。
バサー(芭蕉)着物にクバ笠という格好に、BGMが沖縄民謡というシチュエーションで、髭ダンス的にある物に挑戦する。
緊迫する場面を経て挑戦に成功するたびに、喜びを踊りで表現する。
それをきいやまメンバーが表情や動きを豊かにやるからこそ、より面白みが増していたように思った。

衣装・メイク変えの暗転時には、さまざまな動画が上映され、きいやまメンバーの素顔や、今年石垣島にオープンしたスミオのkiiyamaドミトリーの紹介など、飽きさせない構成。

コントも幕間の動画でも笑いっぱなしで、笑いすぎて目じりに涙がたまって何度もぬぐうはめになってしまった筆者であった。
 
 

(オープニングの歌の様子  画像提供:有限会社 フライング・ハイ)

途中、時間が押していることも笑いのネタにしながら、プログラムは無事に終盤のミニライブへ。
ステージと客席の段差があまりなかったため、観客は座ったままであったが、手拍子・声援、タオル回しはいつものライブ通りの元気いっぱいのノリだった。

【ミニライブ・セットリスト】
僕らの島 / ドゥマンギテ / 沖縄ロックンロール / カーーニバレ(アンコール)
 
 
無事に初日のフィナーレを迎えたきいやまメンバーの笑顔には、どことなく喜びの中に安堵の気持ちもにじみ出ているような気がした。

 
リョーサが「明日はもっと面白いから!」と、バージョンアップの宣言をしていた。
本公演2日目には、初日とは違うネタもあったようだ。
秋の横浜・沖縄公演では、またさらに新たなネタが期待される。
次回もまた見逃せないコントライブとなりそうだ。

このライブの舞台裏に関して、NHK沖縄放送局の番組では特集が放送される予定。
県内の方はお見逃しなく!

また、昨冬の「きいやま商店 10th Anniversary シャレオツLIVE」atヒューリックホール東京のDVDも、5月29日(水)から発売された。(きいやま商店オフィシャル通販サイト、ライブ会場のみの販売)

普段の音楽ライブでの作詞作曲だけでなくコントにも多彩な才能を発揮する、リョーサ、だいちゃん、マストのさらなる活躍が楽しみだ。

白保の「やちむん館」が大阪にやってきた ~風水土のしつらい展2019~

風水土のしつらい展2019  ~足元に小宇宙(センス・オブ・ワンダー)があった~
日時:2019年5月15日(水)~20日(月)
場所:大丸ミュージアム(大丸梅田店15階、大阪府)

 
 
今年もまた、「風水土のしつらい展」の季節がやってきた。
 
「毎年ブースを出しているやちむん館(石垣島)はどこだろう?」と思いながら入口に向かうと、いつもの入口付近の場所でたくさんの八重山の品々が出迎えてくれた。
 【やちむん館

 
このイベントのコンセプトは、「モンスーンアジアの自然素材から作られたものを、私たちの暮らしに。作り手と語らいながら、手仕事に触れられる、交歓の場。(上記webページより)」だ。

今年はワークショップ「月桃のコースターづくり」に参加予定だったので、先にそちらへ足を運んだ。
ワークショップはまさに「作り手と語らいながら、手仕事に触れられる、交歓の場」だ。
 
10名ほどの参加者が「月桃の斜目編コースター」の編み方手ほどきを受ける。

目指すは、画像中に2つあるような、四角いコースターを完成させることだ。
編み方の理解とコツがつかめたら早いが、そこまでは何回かやり直した。
ささっと完成できる人もいれば、何度も編んだり解いたりしながら理解を深めている人もいた。
 
筆者はゆっくりチームであったが、時々両隣の席の初対面の方とも言葉を交わしたり励ましあったりしながら、無事に完成!

ちょっと台紙より大きくなったが、これも様々な太さのある自然素材だから仕方がない。
一方で、「同じサイズの物を複数」という注文が入ったら、作家さんはどのようにして作るのか、とても興味がわいた。
 
復習できるように、また、自力でもやれるように、ブースには丁寧な解説書付きのキットも売っているのがうれしい。
キットは去年のワークショップの課題だった物もあった。
白保のやちむん館の工房では民具講習会が実施されており、様々な物を作る体験ができるので、指導者の助けが必要なら八重山旅の途中で立ち寄るのもいいだろう。
 
 【やちむん館 民具講習会
 
今年の「風水土のしつらい展」でやちむん館は、「月桃コースター作り」だけでなく「木の実のアクセサリーづくり」ワークショップも行った。
代表の池原美智子さんは、「木の実ネックレスをアダン葉帽子の飾りとして使っても、とても素敵なのよ」とサンプルを見せてくださった。


 
今回のブースで印象的だったのは、そのアダン葉の帽子だ。
パナマ帽や麦わら帽子風など、様々な形の涼しげな手編みの帽子がいくつもあった。
作家さんは複数おられるようだが、そのお一人は当サイトの「知っ得情報」コーナーで時々教室の案内がなされている「Cocoroのぼうし」の方だ。
石垣市大浜で、アダン葉帽子やボトルホルダーの体験教室を開いている。
特に、ボトルホルダーは半日の講習なので、旅の滞在中でも学ぶことができる。
 
 【やいまタイム「知っ得情報」 5月のアダン編み体験
 【Cocoroのぼうし facebook

 
アクセサリーコーナーには、完成品と様々な実のパーツがあった。


 
その他にも、様々な手仕事の作品があった。
・月桃の円座やコースター
・アダンの草玩具に草履、ペットボトルホルダー
・様々な植物素材で作られたバッグ など

どれも、材料を野山に採集しに行くところから始まり、素材として使えるように何日もかけて処理をほどこし、丁寧に編み、ようやく完成するのだ。
人の手で一つ一つ作られるので、同じ種類の製品(というより作品と思う)でも、少しずつ違う表情をしている。
そもそも自然の植物を材料にしているため、材料そのものが一つとして同じ物はない。
そんな素材がそれぞれの作り手によって作品となるので、大げさかもしれないが、言ってみればどれも「世界に一つの物」なのだ。
手仕事の作品は、そこが魅力の一つなのだと思う。
 
本展の会期は残念ながら終わってしまったが、やちむん館は今後、6月に阪急うめだ本店で開催される「おいしい かわいい 沖縄展」にも、出展予定だ。
 
6月12日(水)~18日(火) 催し最終日は午後6時終了
阪急うめだ本店 催しカレンダー
 
まだ詳細は発表されていないようだが、やちむん館以外の八重山のお店もいくつか出てほしいと今から期待しているのであった。
 
 

◆八重山郡内で草民具・草玩具の事について知る・体験できる施設

 
【体験】
やちむん工房(民具講習会)
・Cocoroのぼうし(ボトルホルダー、アダン葉帽子)
 
【知る・学ぶ】
石垣市立八重山博物館
南嶋民俗資料館(石垣島)
竹富島喜宝院蒐集館
 
【買う】
やちむん館(工房・大川店)
石垣市特産品販売センター(公設市場の二階)
たーだやー(石垣島)
・南嶋民芸(南嶋民俗資料館となり)
・竹富島・波照間島など、離島の港売店

川崎の街が沖縄色に染まった! 「はいさいFESTA」は大盛況で幕

 すっかりゴールデンウイークの恒例行事となった「はいさいFESTA2019」(主催=チネチッタ通り商店街振興組合/ラ・チッタデッラ)が、5月1日~5日の5日間、神奈川・川崎駅東口のチネチッタ通りなどで開催された。

 川崎市には、沖縄出身者、沖縄をルーツにもつ人が多数住んでいることがきっかけとなって、スタートした同イベントは、今年で16回目。関東では最大級の沖縄フェスティバルとあって、連日にわたって、数多くの沖縄を愛する人々、沖縄出身者が詰めかけ、約25万人を動員した。

「ラ・チッタデッラ風 大沖縄文化祭」とのサブタイトルがうたわれている同イベントは、まさに沖縄の音楽、映像、食、酒、伝統芸能がびっしり詰め込まれている。

今年は、沖縄料理屋台&物産展が従来の会場のほか、旧さいかや跡タイムズ駐車場特設会場にも拡張して出店。石垣島ビール、八重山そばも初めて店を出していた。沖縄系アーティストによるフリーライブや音楽祭、エイサー演舞、映画祭、ワークショップ(三線教室、シーサー色塗り教室など)などが催された。

 フリーライブには、やなわらばー、きいやま商店、世持桜、ストライクカンパニー、八重山モンキーら多くの八重山出身のアーティストも出演。

 5日に開催された、お笑いコンビ・ガレッジセールのゴリが司会を務める「クラブ ゴリッタ」には、具志堅用高、古謝美佐子もゲストで招かれた。

 また、今年のエイサー大会は、川崎東口駅前のルフロン前広場に場所を移し、和光青年会、町田琉、鶴見エイサー潮風、琉球國祭り太鼓、琉球舞団 昇龍祭太鼓、舞弦鼓など、10団体が参加して、熱い演舞を披露した。

 5日間、川崎の街がまさに沖縄一色となった同イベントは、大盛況で幕を閉じた。来年もまた沖縄を愛する人々を楽しませてほしいものだ。

(取材・文=ミカエル・コバタ)

東京・飛鳥山公園で花見客がエイサー演舞や沖縄音楽に熱狂!

 東京都内でも指折りの花見の名所である、北区王子の飛鳥山公園で、4月6日(土)、7日(日)の両日、「北区さくらSA★KASOまつり」(同実行委員会主催)が開催された。

 同イベントは、「江戸の庶民が楽しんだ花見を現在に復活させ、また未来へ伝えていこう」という有志たちによりスタートし、今年で22回目を迎えた。

 飛鳥山の花見は、今からさかのぼること、約280年前。徳川8代将軍・吉宗公が、享保の改革の一環として、この山に桜を植え、江戸庶民に開放したことから始まる。当時、花見は庶民の最大の娯楽であり、年に一度の飲めや歌えやの大騒ぎだったと伝えられている。

 今年もイベントのサブタイトルは「琉と華」と題され、沖縄と内地の文化が融合された内容となった。特設ステージでは、2日間にわたって、ブラスバンド、和太鼓、日本舞踊、チアダンスのほか、エイサー演舞、沖縄系アーティストによる歌が披露された。

 そして、2日目の大トリは、今年も創作エイサー団体・炎舞太鼓によるアグレッシブな演舞で締めくくられ、フィナーレはお決まりの演者、観客が入り乱れての大カチャーシーで大いに盛り上がり、熱狂のなか、幕を閉じた。

 また、特設ステージ横には、北区の飲食店などを中心に44軒の出店があり、多くの花見客で賑わっていた。

 今年は例年より、1週遅い開催となったため、イベント前に桜が散ってしまうのではないかとの懸念もあったが、なんとか満開の桜が残っていた。天候も両日共に、20度超えの好天で暖かく、ここ数年では最高の人が集まったようだ。

 まさしく、花見に沖縄文化がミックスされた独創的なイベントだけに、来年もまた、楽しませてほしいものだ。

(取材・文=ミカエル・コバタ)

近畿の各字郷友会合同花見会 2019

日時:2018年3月31日(日)
場所:大阪城公園

 
  
 
今年も恒例の近畿八重山郷友会合同花見会が、大阪城公園にて開催された。

昨年は花の時期はとっくに終わってしまい青葉の下の宴だったこともあり、今年の新年会で入手した予定表には、花見は今週か来週と、桜の開花に合わせるような柔軟な予定が記されていた。
 
今年はタイミングよく、郷友会の花見の場所では満開に近い桜を愛でることができた。
 
 
筆者が到着したのは宴会も後半になってからだった。
座開き、余興前半は終わり、銘々のグループが持ち寄った弁当や飲み物と桜を楽しみながら、ユンタクを楽しんでいた。

会員に聞くと、余興タイムは多くの人々が立ち止まり、画像や動画撮影をしていたとのこと。
人前で踊ることに慣れている郷友たちにとっては、ギャラリーが多い方が気持ちいいと言う人もいるかもしれない。
 
昨年はすっかり葉桜になっていたので、2年ぶりの桜の花は気分も高揚する。
あいにく花冷えの寒さのせいか、参加者は若干少なめだった。
歓談タイムも、BGM代わりに地方が交代しながら様々な曲を演奏する。
時に踊る人が出てきたり、時に珍しい与那国島のトゥバラーマが歌われたりした。

 
  
少しひんやりとして、雲も厚くなってきた。
太鼓は演奏の出番が無いときはビニール袋がかけられていた。
ときおり一瞬小雨がぱらついたりし始めたが、宴会は続いていた。
通りがかりの方が「親が八重山出身だ」と会員に話しかけてきて、一期一会の記念撮影をしている様子もうかがえた。

 
 
年配の方が空を見上げて、「あー、これは来るぞ」とつぶやく。
やがて、これまでよりも大粒の雨がぱらついてきた。
しばらくして止んだが、時間も例年の終了目安である15時頃になっており、これをきっかけに楽器やマイクが片付けられた。
終盤には、恒例の鳩間の港や弥勒節などが予定されていたものの、それも行われないまま中締め解散となった。
過去には雨で中止になった年もあり、会場まで来ていた一部のメンバーは、大阪城公園にある施設の軒下を借りて少人数で宴会をしたこともあったそうだ。

 
残った人々も一部いたようだが、筆者は顔なじみのメンバーと連れ立って、おなじみの沖縄料理屋へと移動。
近くの野球場で阪神戦があったため、試合観戦の人たちも流れてきて店は大繁盛であった。

久しぶりの八重山関係の方々との飲み会であったが、残念ながら予定があった筆者はライブが始まる前に後ろ髪を引かれながら失礼した。
 
 
今週後半、この店では八重山出身の唄者のライブがあるという。
みなさんも足を運んではいかがだろうか?

【ライブ情報】
場所:うすぱれ豊年(大阪市大正区 TEL:06-6553-0781

◆2019年4月5日(金) まーちゃんうーぽー http://painukaji.com/
 開場:18時 開演:19時半 1500円

◆2019年4月6日(土) 世持 桜 http://yomochi.net/  
 詳しくはお店へ

映画「岡本太郎の沖縄」

映画の中には、岡本太郎が1959年、66年に訪れ写真撮影したモノクロの沖縄の風景と、再びそこへカメラクルーが訪れカラーで撮影した写真や動画が交互に出てくる場面が何度もある。
大半は沖縄本島だが、一部竹富島など八重山の人々や風景の写真もあった。
 
参考情報:【岡本太郎 沖縄訪問マップ(公式サイトより)】
 
3年ほど前に川崎市の岡本太郎美術館で開催された、「岡本太郎の愛した沖縄」展でそれらの写真を見た記憶がよみがえった。
その時は八重山を写した写真を70点ほど見たように思う。
 

 
今回の映画の大半は沖縄本島エリアで、メインは久高島とイザイホー、他にセーファー御嶽、ガーブ川、大宜味村喜如嘉の芭蕉布会館と戦後その復興に貢献した平良敏子さん(人間国宝)、平敷屋エイサーなどが取り上げられていた。
特に平良敏子さんと平敷屋エイサーは、岡本太郎が旅した時代以降も「変わらないもの」の象徴として描かれていると感じた。
さらに若干数の竹富島の写真の他にもいくつもの場所が登場したが、中でも上に記した所はどれも筆者が訪れたことのある場所でもあり、図らずも自らの旅の追体験をする機会にもなった。
 
今回は、映画の感想と、太郎の足跡と重なる筆者の旅で撮影した画像を交えて記そうと思う。
八重山より沖縄本島の話題が大半を占めてしまうが、お許しいただきたい。
  
 

●首里 金城町石畳道


太郎のアングルは、坂道の下からの撮影だが、多分同じ道なのだと思う。
岡本太郎がこの道を訪れたのが1959年。
筆者が訪れたのはその46年後だった。
 
 

●セーファー御嶽、久高島、クボー御嶽

これら一連の場所に十数年前に訪れた。

 
12年に一度の久高島の神事・イザイホーは、1978年に行われたのが最後で、それ以降は途絶えている。
映画では1990年、イザイホーは行わないと決めた後、数名のナンチュ(神女)が神に祈りを捧げる。
ひとりの老婆が「エーファイ、エーファイ」と口にしながらイザイホーの時の動作を行ったが、その声にはどこか悲しみがあり、胸に突き刺さった。
その後、皆で神様に祈りを捧げる場面は、泣き声のように聞こえた。
字幕はなかったが、神様にイザイホーができなかったお詫びを伝えているのではないかと、勝手に推測した。
 
参考情報:「久高島イザイホー中止 78年最後に、後継者不足」(沖縄タイムス 2014年7月26日)
 
(画像:久高島へ向かう船から見たセーファー御嶽、クボー御嶽を経て久高島の最北端・カベール岬へと向かう道、イザイホーが行われていた場所、望遠で撮影したクボー御嶽の入口奥)

映画では、当時イザイホーに参加した女性たちにインタビューしている。
12年に1度のこの神事に3回出て完結するのだそうで、「2回しかやれなかった。もう1回参加したかった。」と語ったおばぁが印象的だった。
それほどまでにイザイホーは、人生と一体化していたのだろう。
 
 

●農連市場

映画の中では、市場の中央を流れるガーブ川が舞台の一つとなっている。
農連市場へは、再開発される前に二度訪れたことがある。 
 
映画の中で、このエリアの解体工事の様子の映像に何度か写っていた「農連市場」の屋根。

これは二度目の際に撮影した。
農連市場が再開発で解体される計画があると知り、訪れた。
 
農連市場 上:一回目 朝7時ごろ、下:二度目はその3年後 朝5時半ごろ

二度目の時はGWの臨時休業日で、数件しか店を開けていなかったので、寂しい雰囲気だった。
夜明け前の空は薄明の藍色で、ほとんどの店のシャッターが下りた市場内もどことなく薄暗かった。
「いずれ解体されてしまうのか」と思いながら歩いていたせいか、その一角で見かけた、酔いつぶれたのか通路にうつぶせで倒れ込むようにして寝ていたオジイと、猫に捕らわれたネズミの姿に、うら寂しさを感じた。
 
 

●平敷屋エイサー


「旧盆時期の沖縄にエイサーを見に行く機会があるなら、ぜひ平敷屋エイサーを見るといい」と、沖縄好きの人から勧められていた。
何年も経ってから、ようやくその機会を得た。
多々あるエイサーの中でも本来の姿を留めていると言われている。
見たのは、ウンケーの日に集落内で奉納するものではなく、後日グラウンドで行われる「平敷屋エイサーの夕べ」だが、静けさの中に力強さや統一感があり、美しく素晴らしかった。
 
 

●喜如嘉

筆者が最初に喜如嘉を訪れたのは、10年近く前である。(上段)
集落のはずれで品のある高齢の女性が幼女と手をつないで散歩している姿を見かけた。
すれ違ってから、平良敏子さんだと気がついた。

太郎が撮影した芭蕉布会館へ向かう坂道には、その敏子さんの姿が映っている。

太郎の作品(映画com. 「岡本太郎の沖縄」ギャラリーNo.17
 
カメラクルーの撮影(映画com. 「岡本太郎の沖縄」ギャラリーNo.18

筆者二回目の旅(中段)では、太郎とは違う場所からの撮影だが、敏子さんが何十年も通い続けている芭蕉布会館への坂道を写していた。
 
三回目の旅(下段)で、敏子さんにお目にかかる機会を得た。
映画の中では92歳だった敏子さんは、カジマヤーを過ぎてもなお、芭蕉布会館で苧績み(*)などの仕事をされていた。(*芭蕉の繊維を結んで糸にすること)
初めての喜如嘉から三回目の訪問まで9年ほどの年月の隔たりがあるが、枯れることなく山からの水が流れ落ちる拝所の七滝や、芭蕉布会館の裏山に咲くカンヒザクラ群落、風にそよぐ芭蕉など、「変わらないもの」の姿を見ることができた。
 
 

●竹富島

筆者にとっての「初めての沖縄」は沖縄本島だったが、その次の旅以降の多くは八重山だ。
八重山で最初に観光したのは竹富島だった。
何もかもが珍しく新鮮で、ワクワクした。
偶然にも岡本太郎の『沖縄文化論―忘れられた日本』(中公文庫)の表紙となったシーサーを撮影していた。

その6年後に再び竹富島を訪れた時にも写していた(右上)。
屋根やシーサーは修繕・維持されており、漆喰の色の変化に時の流れを感じた。
当時はかやぶき屋根も残っていた。
 
うつぐみの精神(一致協力の心)、早朝白砂の道を掃き清める習慣も、脈々と受け継がれている様子がうかがえた。

石碑の文字がうまく撮影できなかったが、「かしくさや うつぐみどぅまさる」と刻まれている。
500年前の島の偉人・西塘の遺訓といわれ、「みんなで協力することこそ優れて賢いことだ」という意味だ。
(参考: 島を治めるしくみ 「竹富島ゆがふ館」ホームページより)
 
 
映画の最後には、市場のような場所で大島保克が歌う姿が映される。
農連市場周辺が再開発で取り壊される映像が挟まれるので、その付近で以前に撮影されたと思われる。
字幕の歌詞は恋の歌のようであった。
太郎が「沖縄とは、私にとって一つの恋のようなものだった」と記した写真集「岡本太郎の沖縄」がベースになっている、この映画に込められたメッセージのように受け止めた。
 
  
【参考情報】
 
●「かいされー」 唄:大島保克
ビクターエンタテイメント大島保克ページ アルバム「島めぐり~Island Journey~」に短い視聴音源あり。
 
●アサヒ・ファミリー・ニュース(2018年11月23日) 
「世界のTAROは沖縄で何を見たのか!?~ドキュメンタリー映画『岡本太郎の沖縄』11/24(土)関西で公開~」

●なお、映画のベースであり、表紙がポスターにもなっている写真集「岡本太郎の沖縄」(NHK出版)は絶版となっている。
代わりに2016年、小学館クリエイティブより改編・写真枚数が増やされた同タイトルの物が発行されている。

映画「沖縄スパイ戦史」、「洗骨」

1日で2本の映画館をはしごした。今回はそれについて紹介しようと思う。
 
 

「沖縄スパイ戦史」

★公式サイト

2018年夏に上映されたようだが、2月~3月にかけて全国の何カ所かでアンコール上映がなされる。
 
日米の兵士だけでなく民間人も合わせて多くの犠牲者を出した沖縄戦。
一般的には本島南部での戦いがより知られているが、本作は北部と波照間が舞台の中心で、
構成はおおまかに、北部編、波照間編、現在の基地問題という形になっている。
 
 
【北部編】
当時10代半ばの少年兵としてスパイ戦やゲリラ戦といった特殊任務に関わった今もご健在の方々へのインタビューと、一人の元少年兵の任務をイメージ映像と地図で辿っていく。
地元少年兵らを「護郷隊」として組織化し戦力にした陸軍中野学校出身の青年将校たちの任務、軍の考え方などにもスポットが当たる。
 
 
【波照間編】
島のおじぃ、おばぁたちが、終戦間際~戦後にかけての強制移住とマラリア、教員として島にやってきた陸軍中野学校出身の山下虎雄について語る。
沖縄戦についての研究者たちへのインタビュー場面もある。
 
 
【現在編】
現在、八重山や琉球弧に計画されている基地についての現状や問題定義、護郷隊の慰霊祭の様子など。
また、長らく戦争PTSDに苦しんだ人の告白や、戦争がきっかけで今も残る住民同士の間で口には出せないことがあると知り、ある人々の中では沖縄戦はまだ終わっていないのだと気づかされる。
 
そして最後は、北部編、波照間編に登場したお年寄りたちが語る「想い」で締めくくられる。
 
 
少年兵や沖縄戦をイメージしやすくするため、あえて目を背けたくなるような記録映像も使われている。
率直な感想として、「戦争は嫌だ」と思う。
しかし相手がしかけてきたら、誰がどう対応するのか?
そもそも戦争とは、誰が何のためにやることなのか?
現代の若者の言葉を借りるなら、「誰得?(だれとく:『誰が得するんだよ』)」と問いたくなった。
 
スクリーンの中では、沖縄戦を経験した元少年兵や同世代の女性は、「基地ができたら、そこが戦場になる」と危機感をあらわにしていた。
 
国境近い八重山で今起こっていることは、社会の縮図だとも思う。
基地問題は繊細なテーマなのここで意見を述べることはしないが、本作を見ると、他人事にしていてはいけないテーマであると考えさせられた。
 
また、波照間編では、存じ上げている方が何人か登場し、その方々がこうやってインタビューに応じているということは、過酷な戦争マラリアを生き残ってこられたのだ、という事実を突きつけられ、何とも言えない気持ちになった。
 
 
<参考:波照間島民の強制移住、マラリアなどについて書かれている書籍>

電子書籍「もうひとつの沖縄戦―戦争マラリアの波照間島―」

「ハテルマシキナ : よみがえりの島・波照間 : 少年長編叙事詩」
 
 
 

「洗骨」

★公式サイト

ガレッジセールのゴリが、照屋年之の本名でメガホンを握った作品。
 
舞台は粟国島。
一人の女性の死と数年後の洗骨をめぐる、家族や近親者、先祖とのつながりがテーマである。
 
「死」や「命」といった重めのテーマを扱っている作品であるが、所々に笑いも散りばめられており、そのバランスが絶妙だ。
それが照屋監督個人のセンスなのか、「沖縄(あるいは八重山)の笑い」の文化の流れなのか、筆者にはわからないが、笑いの場面があることでホッとさせられるのだった。
 
命のリレー、そして、最後の長男の独白セリフ、テーマソングである「童神」の古謝美佐子の声と歌詞の意味などに、じんわりと静かな感動がこみ上げる。
「自分を洗う」という意味を、筆者は「自分と向き合う」「人生のふりかえり、心や悩みの浄化」ととらえた。
洗骨の行事には、人によってはそういう側面もあるのだろうと理解した。
 
「沖縄スパイ戦史」で数々の死体を見て、人の生死について考えさせられた後だったということもあり、本作ではより一層、「命」、「人生」、「つながり」ということについて思いを巡らせる機会となった。

「平成30年 近畿八重山郷友会新年会」が開催される

日時:2019年1月27日(日)
会場:大東市民会館(大阪府大東市)
時間:13時~

 
 
恒例の近畿八重山郷友会新年会が開催された。
前日には近畿地方でも雪が降り一段と寒さが厳しくなったにもかかわらず、8~90名が一堂に会した。
来賓には、奈良沖縄県人会、京都沖縄県人会、大阪市中央区・西区沖縄県人会の役員、沖縄県大阪事務所、新聞社、旅行会社など本会とご縁のある方々も参加した。
 
玉城一正会長による年頭のあいさつでは、昨年の主な行事の紹介や近畿を襲った様々な災害についての話があった。
また、今年も近畿より八重山の文化を発信していきたいとの思いも語られた。

 
来賓あいさつでは、沖縄県大阪事務所 久保田圭所長より、八重山病院の移転や「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の世界自然遺産登録の今後についての紹介があった。
京都沖縄県人会 上原任会長からは、エフエムあまがさきで2月に八重山出身の歌手特集の番組があるとの発表があった。
 
「わした島琉球(ウチナー)」(エフエムあまがさき)
毎週火曜日、5:25~5:45
パーソナリティー:知念敬子
2月は、石垣市出身の歌手の音楽を特集、前半と後半に音楽、間にトークが入る。
視聴は
FMaiai(エフエムあまがさき) ホームページ(http://fmaiai.com/)から、
・「ListenRadio」で専用アプリをダウンロードするか、
・「SimulRadio」のアイコンからインターネットラジオで。
 
 
乾杯の後は、「鷲ぬ鳥節」で座開き。

 
この一年間に開催されたイベントの新聞記事や、記念写真お持ち帰りコーナーも。

 
様々な余興の合間に、亥年生まれの会員への記念品贈呈、抽選会が行われた。

亥年生まれで本日参加した会員は14名。最高齢は85歳でいらした。
恒例のお正月の歌、郷友会の歌なども歌う。
 
幼児のたどたどしくも健気な「月ぬ美しゃ」は、拍手喝采だ。

飛び入りあり、笑いあり、声援ありの余興の数々の後は、六調節、弥勒節、万歳三唱で締めくくられた。
 
モーヤーと記念撮影の様子。

 
故郷八重山を離れて何十年も近畿地方で暮らす方々の集いから聞こえてくるのは、島ムニと関西弁のミックスだ。
こちらで暮らしつつも、島の言葉を忘れず、宴会の式次第も故郷と同じような段取りで進んでいき、生まれ年のお祝いもある。
会員の方々の故郷を懐かしむ心が伝わってくるひと時であった。

大阪にて「美ら島沖縄大使 再認証式」と「沖縄観光2019感謝の夕べ」が開催される

場所:大阪リーガロイヤルホテル
日時:2019年1月23日
主催:沖縄県、一般社団法人沖縄観光コンベンションビューロー

 
 
沖縄県と沖縄観光コンベンションビューローにより、内地で沖縄の観光に寄与している人々や企業、団体を対象としたイベントが開催された。
大阪では「美ら島沖縄大使 再認証式」と「沖縄観光2019~感謝の夕べ~ OKINAWA NIGHT IN OSKA」が同日に実施された。
 
 

【美ら島沖縄大使 再認証式】


 

沖縄県による「美ら島沖縄大使制度」は、県ホームページに次のように解説されている。

 沖縄に深い愛着と関心を寄せ、本県にゆかりのある方々を「美ら島沖縄大使」として認証し、それぞれの活動分野において沖縄の新たな魅力を発掘、発信していただくことにより、 沖縄のイメージアップを図る制度
 
 
今回の大阪での再認証式には、2014年に認証された写真家の大塚勝久氏の姿もあった。
沖縄県副知事・富川盛武氏より認証状が手渡された。

大塚氏は、長らく八重山を中心に写真を撮り続け、多くの写真集を出版している。
弊社からも『大塚勝久写真集 平久保半島サガリバナの原風景』が、2016年に発行された。
大塚勝久氏ホームページ 
 
 

【沖縄観光2019~感謝の夕べ~ OKINAWA NIGHT IN OSKA】

沖縄県と沖縄観光コンベンションビューローにより、沖縄の観光に寄与した企業や団体を招待し一年の感謝の意をあらわすイベントである。
今年度は、1月17日に福岡、25日に東京でも開催された。
 
国立劇場おきなわ組踊研修修了者で構成された「子の会」による、「かぎやで風」で幕を開けた。
主催者挨拶は、沖縄県副知事・富永盛武氏が知事の名代を務め、来賓あいさつや乾杯には、沖縄観光振興に寄与した関西の企業の代表らが登壇した。
 
歓談会食の料理には沖縄県各地で生産された様々な食材がふんだんに使われており、人々は舌鼓を打つ。

 
数百名の沖縄観光や県産品流通推進などに関わる人々の交流、新しいご縁つなぎの様子が、そこかしこで見られた。

 
アトラクションは、「子の会」による組踊「二童敵討」より「阿麻和利の名乗り」の場面。
力強い口上が場内に響き渡った。

また、「安里屋ゆんた」や「オジー自慢のオリオンビール」などのウチナーポップの演奏もあり、その後はカチャーシーへと移って行った。
 
舞台には、ミス沖縄、ミス泡盛、観客らも上がり、盛況の内に締めくくられた。

会場出口では、副知事らとともに、沖縄観光PRキャラクターの「マハ朗くん」と「花笠マハエちゃん」もお見送りをしており、一緒に記念撮影をする参加者の姿も多く見られた。

また、来場者には「沖縄観光のあゆみ~65周年記念誌~」が配布された。
今年は、1954年(昭和29年)に那覇市観光協会の前身である「沖縄観光協会」(任意団体)が設立されてから、65周年にあたるのだそうだ。
本資料により、石垣市、竹富町、与那国島の観光協会の設立年や、「南ぬ島石垣空港」開港からもう5年以上経ったこと、昨年「八重山の星空保護区」認定がなされたことなどを知る事ができた。

筆者にとっては、沖縄県内外の様々な分野の企業、団体、人々の活動の一部を知り、沖縄県産の様々な農水産物などを実際に味わう、学びの時間であった。

【余談:酒飲みのよしなしごと(8)】

筆者がこのイベントを取材させていただいたのは初めてであったが、会場には、顔見知りの方々もおられ、同じテーブルで談笑する時間もあった。

その中の一人が料理を取ってテーブルに戻ってきた時に、「あっ、ない!」とおっしゃる。
「飲みかけの泡盛を持っていかれてしまった!」と、とても残念そう。
聞けば年季の入った古酒だったとか。
(あぁ、筆者と思いをする人は少なくないのかもしれないなぁ)と、その残念な気持ちにとても共感したのであった。
その方は筆者の本コラムシリーズを読んでくださっている様で、「“飲みかけです”のシールか何かを貼った方がいいかな」と笑っておられた。

今年もまたどこかのイベントで何度かお目にかかることもあるだろう。
それまでに互いに実践する機会があるのなら、その成果について情報交換してみたいものだ。
 
 

酒飲みのよしなしごと(7) 瓶のまま古酒にした泡盛を味わう

平成最後の年末にあたる12月に入ってから、「今年一年がんばった自分にご褒美」と、瓶のまま寝かしておいた泡盛を何本か空けた。
年末の大掃除という名目で、普段は「ないこと」にして忘れているシンクの奥の泡盛を詰めた段ボール箱を引っ張り出す。
そして、味してみたのだった。
 
 

【その一 泡波2合瓶 5年物】


詰め日のスタンプが薄くて見えづらいが、13年8月11日。
平成13年だとしたら、八重山デビューしてなかった頃だし、デビュー後しばらくは入手していたのは3合瓶ばかりだったと記憶するので、これは2013年だろう。
5年物である。
うーん・・・。
2合瓶は量が少ないからか、3合瓶よりも早く味が変わっている気がする。
そういえば以前、泡波ミニボトルを10年寝かしてみた。
変化が進みすぎて美味しくなくなっていたことを思い出した。
 
 

【その二 泡波ミニボトル 9年物】


というわけで、あまり寝かし過ぎても味が落ちるようなので、長らく寝かしておいた泡波ミニボトルも飲んでみた。
こちら、平成21年5月11日製造。
思ったより味が落ちていないでまろやか。アルコール濃度もしっかりしている印象。
以前飲んだ10年寝かしたものよりも比較にならないほど美味しい。
また、先に飲んだ2合瓶の方が、熟成が進みすぎたのか残念な感じだった。
「泡波は、製造時期によって味が違う時がある」と、波照間島で聞いたことがある。
先に飲んだ2合瓶と、このミニボトルの違いもそれなのだろうか…。
同じところに保存しておいたから、保存の違いはないと思うのだが。
 
 

【その三 宮の鶴4合瓶 11年物】


瓶詰めのままなので「仕次ぎ(*)」もせず、度数も30度だから、これも思い切って飲もう! と、次に封を開けたのは宮の鶴。
「2007年7月」のスタンプ。
石垣島での旅の途中で買ったのだと思う。 珍しく4合瓶。
こちらもまろやかでいい感じ。ただ、味のクセまで弱くなっているような印象。
度数ももしかしたら少し弱くなっているのかもしれない。
「飲みやすいけど、飲みすぎはいかん」と、家飲みではせいぜい水割り1~2杯。
とはいえ飲みやすいので、年末休みに入る前に飲み終わってしまいそうだ(苦笑)
 
 
(*)仕次ぎ…年代物の古酒にそれよりは少し若い古酒を注ぎ足すことで、
古酒の熟成した香りや芳醇さを保ちながら、酒を劣化させないようにする手法
(沖縄酒造組合サイト「琉球泡盛」より「100年古酒を可能にする『仕次ぎ』」
https://okinawa-awamori.or.jp/kusu/heirloom/blend/ )
 
 
瓶で何年か寝かせるにしても、アルコール度数が高い方が適しているのだろうとあらためて思う。
次の旅では、瓶で熟成させる用に43度の物を買ってこよう。
 
 
 
最近は飲みながら、珍しく読書だ。
(普段は、音楽やラジオを聴きながら、ネットで興味のままに様々な記事を見つけては読んでいることが多い。)
前回の『西表島探検』の記事でご紹介した安間繁樹さんの別の書籍を読んでいる。
『西表島自然誌』だ。

本当は正月休みに読もうと思って、あの後取り寄せた。
が、手元に届いてパラパラとページをめくったら、『西表島探検』に書かれていた、安間さんが20歳の時に初めて西表島に行きそのまま島を一周した時の詳しい話が第一章。
読み出すと止まらなくなってしまった。
パインを一晩で23個も食べて口の中が荒れたとか、道がない地域はザックを頭に乗せて首まで水に浸かって川を横切ったとか、「岩とび少年」と呼ばれる不思議な少年たちの姿を見た話など、興味深くてたまらない。
年末は色々やらねばならないことがあるというのに、美味しい島酒と八重山の本は筆者をそれから逃避させるのであった。
 
ついでに笹森儀助の『南嶋探検』も取り寄せた。
冬休みが楽しみだ。

 
それはそれとして、さて、どうしようか。
泡盛箱にはまだ、「もったいないから」と手を付けずに置いてある30度の泡盛の瓶がいくつかある。
生産が止まる前の与那国島の「舞富名」、島外ではなかなか入手できない宮古島の「豊見親」なども、寝かし過ぎるとせっかくの味が落ちてしまうのかもしれない。
「大切に取っておきたい」vs.「味が落ちない内に飲みたい」の葛藤がしばらく続きそうだ。
「もうじき正月だからな~」という甘いささやきもある。
しかしこれこそ今は「寝かして」ておいて、年末やるべきことをやらないと! …と悩ましいのであった。
 
 
今年の「やいまーる外電」の筆者の記事はこれが最後。
皆様よいお年をお迎えください。

八重山とわたし(2) 安間繁樹さん:『西表島探検』著者

昨年、2017年6月、西表島に関する一冊の本が発行された。
『西表島探検』、副題に「亜熱帯の森を行く」とある通り、観光ではなく道無き道をも行く山行記録だ。
そしてまた、未知の滝との出会いや悪戦苦闘のルート突破などの探検日記でもあり、西表島の自然紹介書でもあり、かつ、今は失われた昔の山道や廃村など島の歴史に触れられる書でもある。

 
著者は、安間繁樹(やすましげき)さん、74歳。

ヤスマニンジャヤモリやヤスマドビンダニなど、新種の生き物にその名がつけられている動物生態学者。
西表島に魅せられて50年あまり。
パスポートと種痘の予防接種が必要だった20歳の時に初めて西表島へ渡り、宿に泊まっていた人が持っていた地図を手書きで写し、42時間かけて崎山半島を除いて島を一周歩いた。
その時の装備を記録した自筆イラスト、読み始めた序盤にも登場して島内探検のイメージを掻き立てる若かりし頃の安間青年の姿が、書籍の帯にもある。

その後イリオモテヤマネコの生態研究を最初に手掛け、力を注いできた。
50数年間、島を隅々まで歩き、イリオモテヤマネコ以外の生き物、植物、地形、人々の暮らし・文化なども記録してきた。
これまでにもイリオモテヤマネコや西表島の自然などに関する書籍を書いてこられたが、本書は、そんな西表島に数多くある沢やルートを、60歳を超えた2005年になってから歩き直してきた記録である。
過去に歩いた時との道や植生の変化、見た物、体験したこと、感じたことなどが克明に記されている。
安間さんの五感を通した体験の記述により山行を追体験できる。
自分ではとうてい行けない西表島の奥地の植生や地形が、年月をかけて人知れずどのように変化し続けているかといったことへの想像も膨らむ。
 
『西表島探検』や氏の他の書籍を読むと、学術的な記録もありながら日記や物語のようでもある。
安間さんが感じたままを記録するようになったのは、明治時代に八重山を調査した笹森儀助の『南島探驗』の文章に影響を受けたのだと本書で知った。
筆者が数年前にご本人とのご縁をいただいた時、「笹森儀助の『南島探驗』をぜひ読んでみてください」と勧められた理由の一つがこれだったのかと、うなずけた。
 
 

ご縁をいただいて以来、この方のことをいつか「やいまーる外電」でご紹介したいと思っていた。
「お元気だろうか」と最近ふと思い、ネットの海で情報を探しているうちに本書を見つけた。
読み始めたらグイグイと引き込まれた。
そして思い切ってご連絡したのが、今回のきっかけだ。
再会の場となった都内の老舗の沖縄料理屋「きよ香」は、八重山出身の方が経営している。
せっかくの機会なので、友人たちにも声をかけ、安間さんを囲んで沖縄料理屋でのひと時を過ごした。
 
若い頃には石垣島で教員をしたこともあるが、研究に専念したいと辞職し、大学院を受けてこの道に進まれた。
イリオモテヤマネコや西表島の話はもちろん、沖縄や八重山の文化、もう一つのライフワークであるボルネオ島でのフィールドワークの話など、多岐にわたる興味深いお話がうかがえた。

泊まりの山歩きを中学時代から始め、高校時代には山岳部、研究で様々な山に分け入って活動していた安間さんによると、最高峰が標高400m台の西表島の山々は、高さだけは初心者レベル。
しかし、ルートによっては滑りやすい所や、転落の危険がある場所もかなりある。
また、背丈より高い植物に覆われて方向を見失いそうな不安感を覚えやすく、かつてはあった踏み跡が無くなっている場所も多いのが特徴。
実際にご自身も道を見失いそうになったことは何度もあるという。
本書にも、方角も自分のいる場所もわからなくなった経験が書かれている。
泡盛を飲みながらそんな話をする安間さんは、「見通しが悪くても、大きく遠回りしても、地形を意識しながら歩いているといずれ沢や海岸線に出るから大丈夫。」と笑顔で語った。
長年かけて島の隅々まで歩き回り、豊富な経験を積んできた人だからこそにじみ出る、必ず戻れるという確信が伝わってきた。

約50年間の西表島での全行程を記録した地図を見せていただいた。
そこには、内陸部や海岸沿い、尾根道、沢筋と縦横無尽に島を歩いた足跡が網目のように島の隅々まで書き込まれていた。
本書にもそんな記録に基づいたルートマップや地形図が数多く挿入されている。
写真、図も豊富なことが、まだ行ったことのない西表島の内陸部を理解することを大いに助けてくれる。

安間さんは、これからも島の自然を調査し続ける予定だ。
滝の調査もしていきたい、と。
「滝」とは2m以上段差がある水の流れとみなし、その条件に当てはまる滝は、西表島内に1000はあると試算している。
最近はGPSやICレコーダーを導入し、そういった滝の場所を克明に記録しているのだそうだ。
80歳までにはそれらも含めた『西表島探検』第二弾を書き上げたいと語られた。

20歳の時に初めて足を踏み入れた西表島に魅入られ、家庭の事情で一度は断念していた研究者の夢を実現して以来、今もやりたいことに情熱を傾け続ける安間さん。
その姿勢に、「100年人生」と言われるこれからの時代を有意義に生きる一例を見せていただけた気がした。
 
 

【安間繁樹さんの八重山関係の著書】

・『西表島探検』(あっぷる出版社)
・『イリオモテヤマネコ 狩りの行動学』(あっぷる出版社)
・『西表島自然誌 ―幻のオオヤマネコを求めて』(晶文社)
・『石垣島自然誌』(晶文社)
・『闇の王者イリオモテヤマネコ』(ポプラ社)
・『やまねこカナの冒険』(ポプラ社)
・『動物が すき!  イリオモオテヤマネコをとおしてみえたこと』(福音館書店)
・『原生林の闇に生きる イリオモテヤマネコ 日本の野生動物6』(汐文社)
・『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)
・『琉球列島―生物の多様性と列島のおいたち』(東海大学出版会)
・『マヤランド西表島(全4分冊)』(新星図書出版)

 

【余談】


『月刊やいま』2018年7月号の「資料こぼればなし49」は、この安間さんとイリオモテヤマネコ研究の特集だ。
「安間繁樹が見た崎枝・西表-イリオモテヤマネコの研究-」(p.34)として、いくつかの書籍やご本人について紹介されているので、ぜひバックナンバーをご覧いただきたい。

島々が集まる祭典「アイランダー2018」に竹富町が出店!

 全国の島々が集まる祭典「アイランダー2018」(国土交通省/公益財団法人日本離島センター主催)が11月17日(土)、18日(日)の両日、東京・池袋のサンシャインシティ文化会館3F展示ホールCで開催された。

 同イベントには北は北海道から、南は沖縄まで、80に及ぶ島々が出店。沖縄県下からは「竹富町の島々」のほか、伊是名島、粟国島、渡嘉敷島、久米島、南大東島、多良間島がブースを出していた。

 このイベントの特徴は、単なる特産品の販売や観光PRにとどまらず、各島々が移住相談、工芸体験・ワークショップ、求職相談など、さまざまな目的で出店している点だ。そのほか、グルメ食堂では各島の食を味わうことができ、太鼓、歌、踊りなど伝統芸能を始め、島の魅力をライブでアピールする「アイランダーステージ」も披露された。

 我が「竹富町の島々」のブースでは、町役場が中心となって、移住相談や西表黒糖工場の臨時職員募集などを行なっていた。

 離島と首都圏に住む人々との架け橋になっている同イベント、来年以降も継続して開催してほしいものだ。

(取材・文=ミカエル・コバタ)

和光青年会主催の「経堂エイサーまつり」で9団体が熱い演舞を披露!

11月11日(日)、東京都世田谷区にある小田急電鉄・経堂駅南口の経堂農大通り商店街で「第7回経堂エイサーまつり」が開催された。

同イベントは、地元経堂にある和光小学校の母体・和光学園の生徒、OBで構成されたエイサー団体・和光青年会が主催するもので、12年にスタートした。

同団体は、経堂農大通り商店街が主催する「経堂まつり」に10年以上にわたって参加し、地域コミュティーの発展に貢献してきた。それをきっかけに、「お世話になってきた経堂の街で何かできないか?」と考え、「地域の皆さまと一緒に盛り上がるお祭りをやりたい」との思いから、経堂農大通り商店街振興組合の協力を得て、「経堂エイサーまつり」が始まった。

今年参加したのは、主催の和光青年会を始め、傘下の和光小学校6年生有志、町田琉、町田エイサー青海波、桜風エイサー琉球風車、経堂むらさき連、美ら星エイサー、東京中野区新風エイサー、東京中野真南風エイサーといった関東の有力な9団体。

同商店街の道路を、一時車両通行止めにして、道じゅねのスタイルで、経堂駅前から大橋交差点までを練り歩き、各団体が熱い演舞を披露。主催の和光青年会は、お世話になっている居酒屋に入って、店内で演舞を見せるサプライズもあった。

主催者と地元商店街が一体となり、地元住民が多数集まった「経堂エイサーまつり」は、まさに“地域密着”感がたっぷり。会場整理などは出場チームが自ら行うなど、まさに手作りでアットホームな雰囲気で、「新宿エイサーまつり」などの大きなイベントとはひと味違う良さがある。

商店街の皆さん、駆けつけた沿道の地元住民も、目の前で見る、迫力あるエイサー演舞に大いに喜んでいたようだ。今後も長く続いてほしいイベントだ。

(取材・文=ミカエル・コバタ)

「鶴見ウチナー祭」、BEGINの出演で大盛況で幕!

「第3回鶴見ウチナー祭」が11月10日(土)、11日(日)の両日、神奈川・横浜市鶴見区の入船公園で開催された。

同イベントは「これまで横浜産貿ホール(中区)でやっていた『ウチナー祭』を鶴見でやりたい!」との有志の熱い思いで実行委員会が発足してスタートした。

鶴見は沖縄からの移住者や、その子孫が数多く居住する地区で、「沖縄タウン」と呼ばれる街があるほどで、地元での「ウチナー祭」開催は、関係する人々にとって待ち望まれたものだったようだ。

イベントでは、沖縄にゆかりあるアーティストや三線民謡、琉球舞踊などのライブ、沖縄そばやタコライスなど沖縄グルメや観光PRブース等の出店、琉球着付け、シーサー色塗り、三線、一五一会などが体験できるワークショップが催された。

我が石垣島からは初日にきいやま商店が出演、2日目の大トリでは、BEGINが「BEGINのマルシャショーラin横浜つるみ」と題して出演した。
「マルシャショーラ」とは、ブラジル・サンバの起源となった「マルシャ」のリズムと、八重山の方言で ”〜しようよ”という意味の「ショーラ」を掛け合わせた言葉で、今やBEGINのライブではすっかりおなじみの音楽となった。

最近では八重山でのイベントに積極的に出演しているBEGINだが、首都圏でフリーライブを開催するのは異例なこと。入場無料とはいえ、そこはサービス精神旺盛なBEGINのことだ。通常の有料ライブのときとなんら変わりないノリで、マルシャのリズムに乗って、「海の声」「三線の花」「国道508号線」「オジー自慢のオリオンビール」「ソウセイ」「笑顔のまんま」などの名曲を次々と披露。最後は大ヒット曲「島人ぬ宝」で締めくくった。

披露したのは実に25曲に及び、1時間10分にわたる濃厚なステージに、集まった大観衆は大盛り上がりで、フィナーレの大カチャーシーでイベントは幕を閉じた。

昨年の来場者は2日間で約5万5000人(主催者発表、以下同)だったが、今年は初日が約2万人、2日目はなんと約5万人を動員し、2日間で来場者は7万人となった。前年より、実に約1万5000人も来場者が増えたわけだが、BEGINの出演が、それに大きく貢献したであろうことはいうまでもないだろう。

地元・鶴見の人だけではなく、他の市や県からも多数の来場があったようで、会場最寄りのJR鶴見線浅野駅は、ふだんはあまり利用者が多くないが、BEGINの出演日は電車も朝の通勤ラッシュ時並みの混雑となり、同駅には人があふれかえる状況で、時ならぬ“BEGINフィーバー”となったようだ。

まさに大盛況となった同イベント。来年もまた、来場者を大いに楽しませてほしいものだ。

 なお、BEGINは約3年ぶりのニューアルバム「Potluck Songs」(ポットラック・ソングス)を12月12日にリリースする。
https://www.begin1990.com/news/release.php

(取材・文=ミカエル・コバタ)