やいまーる外電

“地域密着”の「経堂エイサーまつり」で和光青年会など10団体が熱い演舞を披露

 11月12日日曜、東京都世田谷区にある小田急電鉄・経堂駅前の経堂農大通り商店街で「第6回経堂エイサー」が開催された。

 同イベントは、地元経堂にある和光小学校の母体・和光学園の生徒、OBで構成されたエイサー団体・和光青年会が主催するもので、今年で6年目を迎えた。
 同団体は、農大通り商店街が主催する「経堂まつり」に長年にわたって参加し、地域コミュティーの発展に寄与してきた。それをきっかけに、「お世話になってきた経堂の街で何かできないか?」と考え、「地域の皆様と一緒に盛り上がるお祭りをやりたい」として、2012年より、「経堂エイサーまつり」がスタートした。

 参加したのは、主催の和光青年会を始め、傘下の和光小学校6年生有志、舞弦鼓、町田琉、町田エイサー青海波、桜風エイサー琉球風車、経堂むらさき連、美ら星エイサー、東京中野区新風エイサー、東京中野真南風エイサーといった有力な10団体。

 会場となったのは、同商店街の道路。車両を通行止めにして、道じゅねのスタイルで、練り歩き、各団体が熱い演舞を披露した。

 「エイサーまつり」といえば、関東では「新宿エイサーまつり」が最大規模だが、地元商店街と主催者が一体となった“地域密着”の大会はまれなケース。会場整理は出場チームが自ら行うなど、まさに手作りのイベント。アットホームな雰囲気で、商店街の皆さん、沿道の観衆も大いに喜んでいた。

 来年以降も、ぜひとも継続してほしいエイサー大会だ。

映画「海の彼方」

上映期間:2017年11月12日(日)~11月21日(火)
場所:京都みなみ会館(京都府)

 

 
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【チラシより】

80年を超えて探し求めるアイデンティティー 石垣島から、台湾への帰郷
人生最後の里帰りの旅

1930年代 石垣島へ渡った台湾移民
台湾人とも日本人とも認められず時代に翻弄された
ある一家の3世代にわたる人生と記憶の軌跡
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主人公である玉木玉代おばぁは、台湾から夫・王氏と石垣島に移住してきた台湾人。
88歳の時、全国から集まった100名超の子や孫、ひ孫たちがそれを祝った。
その後、人生最後になるかもしれない台湾への里帰りをし、懐かしい人々に会う旅をする。
おばぁの娘二人と、孫の男性二人、5人の旅だ。
そのお祝いと旅の様子と、その時に至るまでのおばぁの88年の人生や、その間の台湾と日本の歴史、三世代それぞれの人が感じてきた日本での移民としての生きづらさや日本人との関係の変化などのインタビューなどで構成されている。
 
3世代それぞれの立場で、台湾と石垣島について思いをはせ、自分は何者かということを考え再確認するプロセスの記録でもあった。
 
第二次世界大戦の後、帰化した際の名字は、44歳で若くして石垣島で生涯を終えたおばぁの夫の名前にちなんでいるということを、孫たちは知らない。
子や孫が日本の教育を受けられるようにという思いで帰化したことも、おばぁの娘たちは知っている。
2世であるおばぁの娘や息子世代は、台湾語を聞いて理解することはできても、話すことはできない。
理由は、子どもの頃差別されたから。
母親であるおばぁが話す台湾語を身に付けようという発想がなかった子ども時代。
 
東京でミュージシャンをしている三世の男性は、台湾への旅で、おばぁの親戚筋の少年と通訳アプリでの会話を試みる。せめて単語だけでも話してみようという姿が映される。
孫の世代の男性二人は、台湾で食べた料理の味は、いつもおばぁや母親が作っている料理の味だったことに気がつく。
初めて来た国なのに、初めてでない懐かしさを町のそこここに感じる。
意識していなかったけれど、身体が覚えている自分のルーツ。
 
おばぁの子どもや孫が、台湾で出会った自分たちの親戚にあたる人たちとのご縁を今後も維持していきたいと思ったり、おばぁがいつかこの世を去っても親戚のみんなが帰る場所(実家)を担うのは本家筋ではない自分かも知れないと考えるようになる。
おばぁの手料理の味を継いでいこうという孫も出てきた。
おばぁの人生をより深く知ることで、それぞれの人生へその一部がさらに取り込まれ、受け継がれていく。
それこそが、アイデンティティーの一部なのだろうなと思った。
 
約2年前に見た、台湾からの移民によるパイナップル産業の発展と、八重山と台湾の関係の歴史上の変遷などがテーマだった映画「はるかなるオンライ山」は、どちらかと言えば、産業や歴史の全体的な物だったような印象が残っている。
 
今回の「海の彼方」は、その中の一人の女性とその家族にスポットライトを当てた作品だと言える。
 
両方の映画を見たことで、八重山と台湾での人々の行き来や歴史、そこで生きてきた人たちへの理解が深まったように思えた。
 
親戚・家族のつながりを大切にしよう。そんなことも考えさせられた作品だった。
 
映画館を出たら、深まりゆく秋に色づいた樹々に囲まれた東寺の五重塔が、さわやかな青空を背景にそびえているのが見えた。


 
本作品の上映期間は短い。
京都ではちょうど紅葉が見頃だった。
最終日である21日は、東寺で「弘法さん」と呼ばれる月一回の大規模な市がある。
映画と古都の紅葉。この時期ならではの楽しみ方はいかがだろうか。

「八重山便り」宮良断 作陶展

場所:桜谷町47(京都市)
会期日程:2017年11月15日(水)~11月20日(月)
時間:11:00~17:00

 
晩秋の哲学の道(京都市)を訪れると、赤く色づいた桜の葉の絨毯や、色鮮やかになりつつあるもみじの紅葉や銀杏の黄葉が見られた。

そんな哲学の道の小川沿いにあるギャラリー、桜谷町47で、アンパル陶房の宮良断さんの作品展が開催されていた。

名蔵アンパルに近い新川の宮良農園内に、宮良断さんの「アンパル陶房」はある。
沖縄県立芸大で陶芸を学び、特に磁器を作りたいと思っていたそうだ。
かつては石垣島での制作活動で、島内で採れた磁器用の土を使っていたそうだが、現在は採れなくなり、様々な新たな試みをされている。

イベント用フェイスブック( https://www.facebook.com/yaeyamadayori )や会場にあった解説文には、次のような一節があった。
 
「今回の展示では、子供のころから体に染み込んでいる風景や音・手触りなどを素直に形にしようと思いました。あえて伝統技法や素材を用いず、磁器土に貝殻の粉を混ぜたり、園芸用の肥料を錬り込んでみたり・・。試行錯誤しているうちに、サンゴのような肌合いのブルーに透ける不思議な焼物が出来上がりました。八重山の海辺で貝拾いをするような気持で、ご覧ください。」
その言葉の通り、石垣島で生まれ育って見てきた海や空の風景、海の生き物などを彷彿させる作品たちが多く並んでいた。
 
釉薬や顔料など何も入れていないのに、光を当てると水色に透ける不思議な陶器。

まるで浜辺に流れ着いた珊瑚のような肌の作品もあった。
 

 
また、八重山古陶から発想を得たというオリジナル作品も展示されていた。

宮良さんによると、石垣島ではかつて、沖縄本島の壷屋で作られているような陶器とはまた違った、石垣島独自の陶器が作られていたという。
発掘された当時は貿易によってもたらされたものと分類されていた物の中に、よく調べてみると、石垣島土で作られている物があったのだという。
 
上記の白っぽい作品は、貝殻の粉を混ぜてある。
貝殻の粉は粘りがあり、混ぜて焼くと締まるのだそうだ。
かつて新城島で焼かれていたというパナリ焼にカタツムリの殻が入っているのも、粘りを活かすためと聞いたことがある。
同じような効果があるのだろうか。
貝殻を入れて焼くという技法は世界中で八重山だけ、とも宮良さんは語った。
 
様々なお話をうかがい、陶芸に対する研究熱心な姿勢が伝わってきた。
 
京都での作品展は昨年に続いて2回目だそうだが、来年以降も続けて行けたらと抱負を語られた。
今後の京都や関西での開催を楽しみにしていたい。

「琉球の美しいもの展」 浮島ガーデン京都

期間:2017年10月7日(土)~9日(月)
場所:浮島ガーデン 京都

沖縄の有機無農薬野菜と穀物にこだわったレストラン「浮島ガーデン」の本店は那覇にある。
http://ukishima-garden.com/

京都店は、付近に文化施設や寺院もあるエリアの町屋を活用している。
1階のレストランでは、京都やその近郊で栽培された無農薬野菜と粟などの雑穀を合わせて食材の本来の味を大切にした料理を楽しめる。
その2階のサロンスペースで、3日間限定の本展が開催された。

今回は、南風原の琉球絣がメイン。
南風原から織職人も来場していた。
一般には流通していないお手軽なB級反物や、そんな布をストールやチュニックなど日常でもっと気軽に身につけられるようにアレンジされた製品も紹介されていた。
他にも、沖縄本島の工芸である琉球漆器や、やちむん(焼物)、琉球王朝時代から続く金細工、紅型、芭蕉布などもあった。

沖縄本島や八重山の様々な手工芸品も展示販売されていた。
弊社書籍「島の手仕事」にも登場する松竹喜生子さん(前石垣市織物事業協同組合・理事長)が約30年前に織ったという八重山上布のはぎれが展示されていた。

現在の八重山上布の縦糸は機械紡績の糸だが、これらの布は縦糸も手績みで、大変貴重な資料だ(非売品)。
当時はまだ苧麻の手績みの縦糸がかろうじて残っていたのだそうだ。
石垣島で農業のかたわら蚕を育てて絹糸を取り、石垣島の植物染料で染めた当銘光子さんのストール。
(「月刊やいま」バックナンバー記事
http://jaima.net/modules/readings/index.php?content_id=370 )

与那国島の伝統的な着物ドゥタティに使われる布を使った直線縫いの衣類は、布遊SOU・橋本尚子さんの作品。
一般的な洋装では廃棄する布が出てくるが、直線裁ち・直線縫いで織り手が丹精込めており上げた布を一ミリたりとも無駄にしない工夫をされていた考えにとても共感した。

八重山の民具や草玩具なども数多く展示販売されていた。
小浜島のアダン葉ぞうり、与那国島のクバ細工やトウヅルモドキで編んだ籠、竹富島のアダンで編んだ「星ころ」、石垣島の苧麻繊維など。

わずかだが八重山上布やミンサー織の布で作られた小物もあった。

ホームページでレストランのランチメニューを見ると、「波照間島のもちきびのカルボナーラ」という料理があり、興味をそそられた。
スタッフの方に聞くと、卵を使わずにもちきびでカルボナーラの味を表現しているのだとか。
ランチは土日祝、ディナーは木~火(水曜定休日)。
今回は展示を見ただけだったが、機会があれば味わってみたいものだ。

第24回沖縄の工芸展 ~沖縄工芸ふれあい広場~

期間:9月22日(金)~24日(日)
場所:時事通信ホール(東京都)

 

ここ数年は9月上旬に開催されていた本展だが、今年は少し遅い時期の開催だった。
初日は平日にも関わらず、開催を楽しみにしていた人々が午前中から訪れた。
各ブースで沖縄の工芸品の生産者や販売に携わる方々とじっくり話ができるのは、平日の午前中が狙い目の印象だ。
今年も、八重山上布・ミンサー(石垣市)、八重山ミンサー(竹富町)、与那国織が出展した。
石垣市と竹富町の小物ブースでは、ミンサー織の帯の端切れを活かしたペンケースやバッグ、栞やストラップ、八重山上布と同じ素材の苧麻という植物の糸で織られた敷物など、伝統工芸の技術で織られた布を利用した普段使いの小物が多く見られた。


与那国織のブースでは、絹素材の物だけでなく、両面に柄が浮き出る手の込んだ織り方の木綿の手ぬぐいも印象的だった。


 
石垣市と竹富町の合同の着物ブースも初日午前中は品揃えが豊富で、様々な色合いの反物や帯などを見ることができた。

どのブースも展示即売なので、購入を予定している人は会期の早い時期に行くのがいいかもしれない。
石垣市織物事業協同組合は今年初めて、八重山上布の「縦絣のカセとりと絣括り」の実演コーナーを設けた。

初日の午前中は、八重山上布の糸に紅露(クール)という植物染料で絣柄をつける擦込捺染(すりこみなせん)の工程を紹介。

1枚の布が反物として仕上がるまでに、どれだけの手間と時間がかかっているのかの一部を目の当たりにし、作り手の苦労がしのばれた。
また、その製作過程について直にお話をうかがえ、とても勉強になった。
イベントブースでは会期中、大工哲弘(石垣島)、迎里計(石垣島)などのライブや、琉球舞踊、様々な工芸品の組合による映像上映や講演も行われた。
3日間にわたる本展は、今年もきっと多くの沖縄ファンや工芸品ファンを魅了したことだろう。
来年の開催時期が気になるところだ。

東京・町田の街がエイサーで熱く燃えた!

 9月9日(土)、10日(日)の両日、東京都町田市の町田駅(JR・小田急)周辺5会場で「第31回フェスタまちだ2017~町田エイサー祭り」(主催=町田市中央地区商業振興対策協議会など)が開催された。

 都内で、「エイサーまつり」といえば、「新宿エイサーまつり」が最大規模だが、同大会は今年でまだ16回目。それより、「町田エイサー祭り」の方が、はるかに歴史が古いのだ。それもそのはず。町田は沖縄出身者が多い神奈川県に隣接する都市とあって、エイサーも盛んなのだ。

 今年は地元・町田を中心に活動する和光青年会、町田琉、町田エイサー青海波、町田遊星などを始め、関東地区から20団体が参加。毎年、本場・沖縄市からも1団体参加しているが、今年は知花青年会が招かれた。その応援と観光PRのため、同市のミスハイビスカス・伊江萌香さんも駆けつけた。

 計21団体が5つの会場で、入れ替わり立ち替わり熱のこもった演舞を披露。最終の演舞の後は、もちろんお決まりの出場団体メンバー、観衆が入り乱れての大カチャーシーでイベントが締めくくられた。

 まさに、町田の街がエイサーで熱く燃えた2日間。「新宿エイサーまつり」とはまた違って、地域密着の「町田エイサー祭り」。来年もまた、町田市民、エイサーファンを楽しませてくれるだろう。
 

なお、今年は「ぽっぽ町田」会場で、初の試みとして、2日目に沖縄音楽会の大御所・よなは徹がフリーライブを開催し、観衆を酔わせていた。この企画も、ぜひ来年も継続してほしいものだ。

関西やいまー会、大正エイサー祭りでマミドーマを披露

日時:2017年9月10日(日)
会場:大正区千島グランド(大阪)
時間:12時~20時

 
1975年から始まった「大正エイサー祭り」は、今年で43回目を迎える。
現在は、参加団体も関西のみならず、本場沖縄や愛知、東京からも駆けつけ、来場者は1万人を超える大規模なイベントとなっている。
プログラムには、10数のエイサー、沖縄空手、宮古島のクイチャー、マミドーマ(八重山芸能)など沖縄各地の伝統芸能があり、ステージとなったグラウンドでは、幼児から還暦を過ぎた人まで幅広い年齢層の人々が活躍した。
また、ライブも宜保和也(石垣島)や奄美出身の唄者などが登場し、琉球弧の芸能を一気に楽しめるような場だった。
 
「関西やいまー会」は、近畿八重山郷友会の下部組織の一つで、平成19年に発足。
字会を超えた有志が集い、八重山の文化を育てるべく、踊り・三線の練習や郷土料理の実習などを行っている。
今回は、「マミドーマ」と「鳩間の港」を披露した。
 

 
今回参加したみなさん

 
与那国郷友会のみなさん

 
ミルク様と一緒に

 
出演後は、ぶがりなおし。背中で語る故郷愛。

 
関西やいまー会が出演したのは、暑さもピークの14時頃。
その後、日が傾くにつれ来場者の数はどんどん膨れ上がった。
以下、演目の一部をご紹介しよう。
 
上:愛知琉球エイサー太鼓連(愛知県)、下:京都琉球ゆう遊会(京都府)

 
宜保和也(石垣島)のライブ

上:名桜エイサー、左下:平敷屋エイサーたもつ会(奈良県)、右下:エイサーガーエー(名桜エイサー・西崎青年会)

プログラム最後の演目「エイサーガーエー」では、拡声器とマイクを載せた台車のような大型機材も投入され、迫力満点。
けんかエイサーとも呼ばれるように、道ジュネ―で鉢合わせた時の合戦さながらに、二つの団体が相手に負けじと威勢のいい演舞で観客を魅了した。
 
観客の熱気もピークに達し、締めのカチャーシーでは何本もの旗が風にたなびく中、多くの人が舞った。

下記に運営側のご苦労を記したが、関西やいまー会が毎年出演して八重山の芸能を紹介できる機会でもあるので、ぜひ来年もまた開催されることを期待したい。
 
【「大正エイサー祭り」を見に行く方へ】
この祭りは、市民団体の手作りのイベントだ。
寄付・カンパで成り立っているので、来場者にはパンフレットの購入による運営資金援助を呼び掛けている。
パンフレットでは、来場者が増えるにつれ、ゴミの分別や禁煙といったルールを守らない人も増えていることが問題だと切実に訴えていた。
祭りに来る私たちも「この祭りを作っている一人」という気持ちで、運営側が来年もまた頑張ろうと思えるような、相互扶助のゆいまーる精神を持って楽しんではいかがだろうか。
 
【余談:「とぅばらーま大会関西予選会」について】
今年も、20名弱のエントリーがあり、観客も250名程が来場したとのこと。

旧盆と重なり、筆者は波照間島にてムシャーマの撮影にいそしんだため、うかがえず。
・「やいまTube」にてムシャーマの動画公開中。
 http://yaimatime.com/yaimatube/
・「島々からの便り」にて、ムシャーマリハーサルや当日の様子を画像でご紹介。
  http://yaimatime.com/islands-mail/

八重山民謡の夕べ:八重山ふたり唄会 ~碧井かおり・増田めぐみ~

碧井かおり・増田めぐみ 八重山ふたり唄会 in 大阪

場所:うすぱれ豊年(大阪市大正区)
日時:平成29年8月21日
開演:19:30~ 2ステージ

八重山古典民謡コンクールの最優秀賞保持者である関東在住の二人の女性が、大阪で4日間のライブを行った。
 
 8月20日(日) 赤瓦(池田)
 8月21日(月) うすぱれ豊年(大正)
 8月22日(火) 美ら島物語(本町)
 8月23日(水) おぼらだれん(道頓堀)
 

白保出身のママが切り盛りしている「うすぱれ豊年」にこの夜、40名超の八重山民謡ファンが集い、満席であった。
近畿八重山郷友会の方々も来ており、ちょうど隣のテーブルに座らせていただいた。
そこには筆者と同じく一人参加の方もいて、その方や郷友会の方などとユンタクしたりライブを楽しんだりした。
観客の中には、関西エリアは滋賀、京都などから、遠くは東京からも足を運んでいた人もいるようだった。
 
普段はそれぞれの活動をしている碧井さんと増田さんだが、碧井さんが昨年ここでライブをした時、「八重山民謡だけのライブが聞きたい」というリクエストを受けたのだそうだ。
そこで今回、同じ流派の増田さんと組み、女性二人の八重山民謡ユニットでの演奏となったとのこと。
以前も一緒に演奏したことはあったようだが、久しぶりのコラボということで、日頃はなかなか聞けない貴重なライブだった。
 
【ライブ1回目】
碧井さん(琉球古典芸能コンクール笛部門優秀賞)の笛から静かに始まった「月ぬ美しゃ」「あがろーざ」を皮切りに、「でんさ節」「うりずんの詩」などと続いた。
観客席からは、指笛や三板、唄声が重なる。

オリジナル曲タイムでは、増田さんが参加しているアルバム、「美ら島ぬ詩」(どぅしんちゃーずwith増田めぐみ)から、「天じゃら」を歌った。
「与那国ションカネー」「真謝節~白保節」など八重山の島々の民謡が続き、1回目の最後の曲は、「小浜(くもー)節」。
増田さんは第8回小浜節大会チャンピオンでもある。
第1部は、二人のしっとりとした歌声に魅了されて終了した。
 
【ライブ2回目】
ユンタクタイムに各テーブルも盛り上がり、酔いもかなり回ってきたのか、会場全体がにぎやかになってきた。
 
お店のママ・内原まりえさん(白保出身)も、ちょっと一息。


 
2部のオリジナル曲タイムでは、碧井さんがミニアルバム「SHAMICHI」から、自身が作詞作曲した「がじゅまる」を披露。
「つぃんだら節」、竹富島の種取祭の古謡「命果報ゆんた」、「桃里節~川良山節」、「与那国ぬ猫小」など、しんと聞き入る唄から、観客も一緒に手拍子や歌声で楽しむなど、様々な曲が演奏された。
最後は、踊り出す人たちも続出。


 
アンコールの「とぅばらーま」では、会場の人達も静かに聞き入った。
ポピュラーな「安里屋ゆんた」で、みんなも一緒に歌いながら和やかに締めくくられた。
今後もまた関西でのライブ開催を期待したい。
 
●碧井かおり ブログ:http://ameblo.jp/aoinotamago 
教室サイト:http://tiichi-taachii.com
 
●増田めぐみ ホームページ:http://masudamegumi.ti-da.net/
       Facebook:https://www.facebook.com/megumimasuda0202/

第15回ORC200夏祭り 琉球もーあしびー沖縄島唄ライブ2017

日時:2017年 7 月15日(土)、16 日(日)  12時~16時20分
場所:弁天町ORC200 オーク広場(大阪市)
主催:ORC200店舗会、 協力:沖縄県大阪事務所
協賛:日本トランスオーシャン航空株式会社

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大阪港に近いJR環状線弁天町駅すぐそばに、会場となった複合商業施「ORC200」はある。
隣駅は沖縄出身者が多く暮らし沖縄料理屋もたくさんある大正だ。
そんな地理的関係もあって始まった沖縄島唄ライブが夏の恒例イベントとなって、今年で15回目なのだそうだ。
 
初回から出演している西表島出身のまーちゃんうーぽー率いる「まーちゃんバンド」、そして、まーちゃんとのご縁で参加するようになった池田卓(西表島)、大泊一樹(石垣島)は今回で14回目の出演となる。
 
例年、2日間で約2000人が来場。
司会による観客への挙手アンケートでは、何年も来ているリピーターや、来場年数二桁の強者もいた。
そんな「琉球もーあしびー2017」の初日の様子をお届けする。
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【大泊一樹 JTA Presents Live】

出身地の「白保小唄」や、「芭蕉布」などゆったりとした曲から始まる。
16歳の時、当時最年少で八重山古典音楽コンクールにて最高賞、20歳で最優秀賞を受賞した実力者だけあり、一曲目の「白保小唄」から一気に場の空気を変えていく。
後半に向けて徐々にテンポの速い曲になり、この段階でモーヤーを踊り出す人も。
協賛の日本トランスオーシャン航空株式会社は、今年で創立50周年だ。
 

 
12時スタートということもあり、沖縄屋台物産コーナーには早速人々の列ができ、オリオンビールや沖縄料理、つまみなどを買い求めていた。
他にも、雑貨、主演者CD販売コーナーなど、様々なブースがある。
会場のORC200は、オフィス・レジデンス・ホテル・商業施設・アミューズメント施設等、
職・住・商・遊 様々な機能が一体化した複合商業施設。
その2階から吹き抜けになっているオーク広場には、巨大なガラス張りの屋根が張られていて、そこから明るい日差しが降り注いでいた。
 
【池田卓】

MCで故郷船浮のことや幼いころの自身のことを紹介しながら、デビュー曲「島の人よ」、「おれのふるさとへ」などを歌った。
「月刊やいま」7月号では池田卓を特集。
12ページにわたる「池田卓ロングインタビュー -池田米蔵と池田卓を一人でやる-」で、2011年に船浮に帰郷して以降の生活などが語られている。
気がつけば会場の椅子席・テーブル席とも、ほぼ満席になっていた。
 
【島みずき】【風人ブドゥリ太鼓】

島みずきは伊是名島出身。今回紅一点だ。
しっとりと情感込めて歌い上げた「島唄」や多くの人に馴染みのある沖縄ポップスや童謡など、幅広いジャンルを歌い、観客席の子どもたちも楽しそうだ。
ステージと観客席の間にも人々が出てきて、島と一緒の振付で楽しそうに踊った。
 
風人ブドゥリ太鼓は、南ぬ風人まーちゃんと共に活動している。
まーちゃんバンドの演奏で、小さな子供から大人までエネルギッシュな演舞を披露した。
ただいまメンバー募集中とのこと。
 
【南ぬ風人まーちゃんバンド】

ここに至るまでに、何度も観客に呼びかけて乾杯しては、シマーを飲み干していたまーちゃん。
それもまた恒例らしく、ステージへのお酒の差し入れも後を絶たない。
「やふぁやふぁとぅ」「大地に帰ろう」などのオリジナルや、観客からの拍手の多さで決めた沖縄ポップスなどを熱唱。
「琉球の風」では、再び風人ブドゥリ太鼓と共演し、平和への思いも熱く語った。
いつの間にか、立ち見客や、空きスペースにシートを広げて円座になって楽しんでいる人々の姿も見られた。
最後は、出演者全員がステージに登場して、フィナーレへ。
 

 
フィナーレが終わり、一旦挨拶を終えた後もステージに残り語り続けるまーちゃん。
島みずきが、「楽しくて、まだ終わりたくないのだと思う」と、フォローする場面もあった。
二日目の日曜日も、きっともりあがることだろう。
 
最後にお待ちかねの「お楽しみ抽選会」。
ORC200店舗会や、協賛店、南ぬ風レーベルなどから10名分のプレゼントが用意されていた。
極めつけは、JTAによる「関西空港-那覇空港」の往復航空券! 毎日1名という太っ腹。
この日もそれを手にした幸運な人が誕生した。
連日猛暑日が続き八重山より暑い大阪は、この日も色々な意味で熱い一日だった。

新宿の街が沖縄一色に! 「新宿エイサーまつり2017」が盛大に開催される

 東京・新宿の夏には、すっかり欠かせないイベントとなった「新宿エイサーまつり2017」(同大会委員会主催)が7月29日土曜日、新宿の東口、西口一帯で盛大に開催された。

 同イベントも、今年で実に16回目。新宿区、沖縄県、那覇市の全面バックアップを受け、沖縄県外では最大のエイサーまつりへと飛躍を遂げた。

 ここ3年は炎天下の猛暑のなかでの開催だったが、今回はやや曇天。風もあって過ごしやすい日となったが、夜の部が始まる前から小雨が降り、次第に豪雨となったが、それでも参加団体は悪天候にもめげず、懸命に演舞を行った。

 今年は舞弦鼓、和光青年会、琉球創作太鼓 零、琉球國祭り太鼓、琉球舞団 昇龍祭太鼓など関東から24団体が参加。沖縄県下からは、うるま市の赤野青年会が派遣され、計25団体が伝統的なエイサー、創作エイサーの演舞を繰り広げ、沿道の多くの観衆を大いに沸かせてくれた。

 また、ミス沖縄コバルトブルーの町田満彩智さんも来場し、専用ブースで沖縄観光のPRに努めていた。

 関連イベントとして、伊勢丹新宿店で「第23回めんそ~れ~沖縄展」が同26日~31日まで催され、我が石垣島からは「金城かまぼこ店」「石垣の塩」「八重泉」などが出店し、大盛況だった。

 並行して、近隣会場では恒例の「沖縄音楽フェスティバル」が新宿文化センターで開催されたのを始め、歌舞伎町シネシティ広場(旧コマ劇場前)では、昨年に続き、「沖縄フードガーデンin新宿」が同27日~30日に催され、多くの人が沖縄料理に舌鼓を打っていた。
 「新宿エイサーまつり」が基軸となって、まさにこの日は新宿の街が沖縄一色に染まった。来年もまた、同イベントは新宿を熱くしてくれるに違いない。

「美しい染織物 ~島の手仕事と暮らす悦び~」展、都内にて開催中

「美しい染織物 ~島の手仕事と暮らす悦び~」展
場所:琉球伝統工芸館「fuzo(宝蔵/ふぞう)」  http://www.fuzo.jp/
   (銀座わしたショップ 地下1階)
期間:平成29年7月6日~8月23日
営業時間:10:30~20:00
http://yaimatime.com/schedule/event/27546/
 
東京の銀座わしたショップの地下1階にある琉球伝統工芸館「fuzo(宝蔵/ふぞう)」にて現在、「美しい染織物 ~島の手仕事と暮らす悦び~」展が開催中だ。
与那国花織、八重山ミンサー、宮古上布、久米島紬の着物や普段使いの小物などの特設コーナーが設けられている。
 

 
筆者が訪れた日はちょうど、夕方からガレッジセールのゴリによるトークショーが予定されており、fuzoの展示スペースにはパイプいすが並べ始められていた。
普段と違うレイアウトで会場の隅の方に移動してあった、本展のために常設商品に加えて取り寄せた与那国花織や八重山ミンサーの製品を中心に展示を拝見した。
ちなみに、トークショーは、ゴリが主演を務めた沖縄水産高校野球部の監督が主人公の映画「沖縄を変えた男」の紹介とのことだった。
 

 
【与那国花織】
与那国花織と、祭などの衣装であるドゥタティの布を使ったテーブルセンター、ドゥタティ柄をプリントしたてぬぐいなど、与那国ファンには嬉しい品々。
 

 
【八重山ミンサー】
八重山ミンサーは、半幅帯が人気とのこと。バッグなど洋装の小物もある。
 

画像での紹介はないが、これ以外に、それぞれの地域の織物のポシェットもあった。
着物など大きなものは高根の花で手が届かないような人でも、好きな島の工芸品を身近に持つことができる一品だ。
会期中前半には、与那国花織と久米島紬の布を使ったシュシュとマース袋作りのワークショップが開催され、大盛況だったとうかがった。
 
8月中旬からは、本展に加えて特別展「喜如嘉の芭蕉布 ~たくましく繊細な布~」が開催予定で、芭蕉の苧績みワークショップも予定されている。
(期間:8月15日(火)~9月14日(木) http://www.fuzo.jp/news/ )
 
さらに9月には、沖縄ファンには恒例の第24回「沖縄の工芸展 沖縄工芸ふれあい広場」が、時事通信ホール(東銀座)にて開催される。(22日~24日)
ここにも、与那国織、八重山上布・ミンサー(石垣)、八重山ミンサー(竹富)がブース出展予定。( http://okinawakougei.com/
9月23日(土)には、石垣島出身の大工哲弘、迎里計などのミニライブも予定されている。
八重山や沖縄のたくさんの手工芸品を手に取り生産者と直接話ができるこのイベントでは、与那国織やミンサー織の事もいろいろ聞くことができるだろう。
ファンは待ち遠しいに違いない。

第57回 近畿八重山郷友会定期総会

日時:2017年6月25日(日)
会場:大東市民会館(大阪府大東市)
時間:13時~17時

第57回目となる近畿八重山郷友会定期総会が、さる6月25日、多くの会員の参加のもと滞りなく終了した。
八重山では梅雨が明けカーチバイが吹きはじめ、内地が本格的な梅雨シーズンとなり、本会開催日には大雨の予報もあったが、それほど荒天にはならなかったのが幸いだった。

【第一部 総会の部】
玉城一正会長による昨年度の活動報告によると、各字会の活動以外に、近畿各地の沖縄県人会との交流、エイサーなどでの地元のイベントへの参加など、昨年度も様々な活動が活発に行われたことがうかがえた。
また故郷の現役高校生が芸能やスポーツの大会参加をした際にも、応援にかけつけたことなどが紹介された。
今年度の活動予定で、今後開催が近いものとして、「平成29年度とぅばらーま大会関西予選会」がある。
9月3日(日)に、大正区・沖縄会館にて開催される。現在、参加者、観覧者を募集中だ。
総会の部では、議案のすべてが可決承認された。

【第二部 親睦会】
座開きに続き、各字会による余興、民謡や舞踊の研究所の日頃の練習の成果の披露、創作舞踊や飛び入りの演奏など、バラエティーに富んだ17演目が観客を魅了した。

会場のあちこちで、談笑したり、ステージに声援や口笛を送ったりしながら、親睦を深める会員たちの笑顔があった。


終盤は、与那国会による「与那国小唄」「鳩間の港」で人々は立ち上がって踊り出す。

続いて六調の後は、黄金色の着物を身に付けた玉城会長扮する弥勒様を先頭に、参加者が大きな輪を作って場内を周り、万歳三唱で締めくくられた。

舞台袖には、会員が手塩にかけて育てたサトウキビやシークヮーサーの鉢植え、月桃などの生け花が飾られ、この日の総会・親睦会の様子を見守っていた。
人々の故郷を想う気持ちが伝わってくるようだった。

すっかり埼玉・春日部市民に浸透した「エイサーまつり」が大盛況で幕

 6月10日(土)、11日(日)の両日、埼玉・春日部市の「ふれあいキューブ」で、「粕壁エイサーまつり2017」(主催/春日部TMO・粕壁エイサー2017実行委員会)が開催された。

 今年で12回目となった同イベント。かつては、春日部商工会議所の広場で催されていたが、2015年から「ふれあいキューブ」に会場を変えてからは、来場者も増え続け、すっかり同市民に浸透したようだ。

 今回は和光青年会、琉球國祭り太鼓、琉球創作太鼓 零など12団体が出演。初日には、南越谷阿波踊り振興会、草加市よさこいも参加し、エイサーとの競演が実現。本会場のみならず、サブ会場のララガーデン春日部でも、エイサー演舞、島唄ライブなどが披露された。

 会場内外には、オリオンビール、沖縄そばなどの飲食物や、沖縄特産品の出店があり、両日とも、多くの観衆が舌鼓を打っていた。

 例年以上の観衆が詰めかけ、大いに盛り上がった「粕壁エイサー」。まだまだ、埼玉ではエイサー文化は広く知れ渡っているとはいえないが、このイベントがきっかけになって、もっと広まってくれるだろう。

八重山をアピール! 東京・池袋サンシャインシティでの沖縄フェスタが大盛況で幕

 東京・池袋のサンシャインシティで、恒例の「沖縄めんそーれフェスタ」が、5月26日(金)から6月4日(日)の10日間にわたって開催された。
 今年で9回目とあって、すっかり沖縄を愛する人々に定着し、多くの来場者があり、大盛況となった。
会期中、沖縄物産展、めんそーれビアガーデン、沖縄レストランフェア、水族館がめんそーれ、ワークショップなどが催され、アルパB1噴水広場と物産展特設会場では、エイサー演舞や沖縄の歌と踊り、沖縄系アーティストによるライブが行われた。

物産展では、沖縄そば、特産品などが販売され、石垣島からも石垣市特産品販売センターなどが出店していた。

 最後の3日間は、「八重山諸島&宮古島アーティストライブ」が開催され、カワミツサヤカ、きいやま商店、宜保和也、THE SAKISHIMA meeting(新良幸人&下地イサム)、池田卓らの八重山にゆかりあるアーティストが出演して熱唱。10日間に及ぶイベントを締めくくった。

 また、八重山ビジターズビューローもブースを設け、第38代ミス八重山に選出された、ミス南十字星・大久奈織さん、ミス星の砂・新嵩ひらりさんも来場。石垣市公認キャラクターのぱぃーぐるとともに登壇し、八重山観光のPRに努めた。

 ラストの3日間は、まさに八重山色に染まった同イベント。来年は区切りの10周年となるだけに、例年以上の豪華なイベントになることを願ってやまない。

BEGINが埼玉でCD「マルシャ ショーラ2」発売記念ライブを開催!

我が石垣島出身の人気バンド・BEGINが、さる5月24日にニューアルバム「マルシャ ショーラ2」(テイチクエンタテインメント)をリリース。その発売記念ライブが、6月3日(土)、埼玉・越谷市のイオンレイクタウン・アウトレット1階R駐車場野外特設会場で開催された。

会場は東京都心から、やや離れているものの、入場無料のフリーライブということもあってか、各地から4,500人(主催者発表)もの大観衆が集まった。
特設会場内には、沖縄そば、サーターアンダギーなどを販売する露店の出店もあり、ムードは沖縄さながら。CD、グッズの即売会もあり、大いに賑わっていた。

フリーライブとはいえ、さすがにサービス精神旺盛なBEGINのこと。ニューアルバム収録曲を始め、名曲「島人ぬ宝」「笑顔のまんま」「オジー自慢のオリオンビール」などを、約1時間にわたって熱唱。ラストの曲が終わり、BEGINが退場すると、拍手が鳴り止まず。BEGINも、これに応えて、フリーライブでは異例のアンコールとなった。

また、ライブには沖縄出身のサンバダンサー・宮城姉妹のレクチャーを受けた劇団スーパー・エキセントリック・シアターの白井美貴さんと、奥村晴楓さんがダンサーとして登場し、盛り上げに一役買っていた。
「マルシャ ショーラ2」は、2015年6月にリリースされた「BEGINのマルシャ ショーラ」に続く第2弾アルバム。「マルシャ」とはブラジルのサンバの起源になったといわれているもので、ブラジルのカーニバル・マーチ的なサウンドで、誰もが踊り出したくなるような二拍子のリズム、またメロディーがシンプルで綺麗なことから、一度聞けばすぐに誰でも口ずさみ、楽しむことが出来るのが最大の魅力。「ショーラ」とは八重山の方言で「~しようよ」との意味で、「マルシャという音楽で歌って踊って楽しみましょう!」というメッセージが込められている。
第2弾アルバムには、「上を向いて歩こう」「ランナウェイ」「銀河鉄道999」「長い夜」「夢の中へ」「勝手にシンドバッド」「ラストダンスは私に」など、多くの方に知られている日本の名曲20曲を、マルシャのリズムでカバーしており、世代を超えて楽しめるようなノンストップ・メドレーになっている。CDは定価2,500円(税込)で絶賛発売中。石垣島の皆さんも、他の地域の皆さんにも、ぜひ手に取って頂きたい作品だ。

また、BEGINは6月24日(土)に、沖縄・嘉手納町兼久海浜公園で、毎年恒例の「沖縄からうた開き!うたの日コンサート2017 in 嘉手納」を開催する。BEGINのほか、HY、caino、坂本愛江、藤原さくら、宮城姉妹、R’kumaらが出演予定。
さらに、BEGINは7月15日(土)、16日(日)の両日、石垣・新栄公園特設会場で開催される、石垣市政施行70周年記念事業「島人カーニバル」に凱旋出演する(BEGINは16日に出演)。

※ライブ写真提供=テイチクエンタテインメント/(C)アミューズ
(レポート=ミカエル・コバタ)

「マルシャ ショーラ2」特設ページ

「沖縄からうた開き!うたの日コンサート2017 in 嘉手納」開催要項

ぬぬぬパナパナのぬぬ 2017・大阪展

会期:2017年5月24日(水)~29日(月)
会場:阪急百貨店うめだ本店 9Fアートステージ(大阪府)

八重山や沖縄各地はもとより、全国で糸作りから手がけて布を作っている人たちなどの作品が展示される「ぬぬぬパナパナ」展。
「ぬぬぬパナパナ」とは、八重山の方言による造語で「布の端々」を意味する。

会場である阪急百貨店うめだ本店には、出品作家が各地から集まった。
作り手から直接話が聞ける貴重な機会とあり、あちこちで作家と来場者が会話していた。
初日には西表島の亀田恭子さんがいた。

八重山からは、亀田さん以外にも毎年出展しているなじみの作家たちに加え、数年ぶりの出展の方もあり、西表島や石垣島の6名の力作が並んだ。
八重山の植物を糸や染料として作られた物は、着尺や帯、ストールに風呂敷バッグ用ベルトなど様々だった。

弊社の書籍「島の手仕事」も置いてくださっていた。
内地の作家から「繰り返し読んでいる」と聞き、布の作り手としての八重山の諸先輩方の生き方や技法が、地域を超えて次の世代の参考になっているように感じた。

デパートのスタッフによると、このイベントを毎年楽しみにしているファンもいるようだ。
展示販売とあり、初日から来て熱心に品定めをしている人の姿も見受けられた。
そんな、染織関係の人やファンからは一目置かれるこのイベントだが、その活動は今回の大阪展で一旦休止となる。

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本展初日の前日のこと。
出品している知り合いの作家から、主宰の浦令子さんが亡くなったという悲しい知らせが届いた。
事前に届いていた案内状には「病気療養が長引き、今年は大阪のみの開催」である旨が記されていた。
ホームページには、「浦さんの健康状態を勘案し、2017年の大阪展でいったん活動に休止符を打つ」という予告もなされていたので、気になっていた。
本展の取材後、記事掲載の前にご連絡を取ってみようと思っていたところだっただけに、ショックは大きい。
病をおして準備されていたことだろう。

八重山や沖縄の作家たちの存在を世に紹介することから始まった、ぬぬパナ展。
浦さんの残した功績は大きい。
心からご冥福を祈りたい。

内地で八重山の手工芸にふれる

「月刊やいま」の2017年5月号の特集が白保のやちむん館だったことは、読者のみなさんはご承知のとおりであろう。
そのやちむん館が、立て続けに大阪のデパートのイベントに出展した。

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●「風水土のしつらい展」 
大丸ミュージアム 
2017年5月17日(水)~22日(月)
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会場入口付近にブースがあり、来場した際にすぐに目に留まった。
その一角には八重山の民具などがあふれていた。
クバ笠、クバの扇、アンツク、アダン葉の草履、カヤで作られた大小さまざまなカゴ・・・。

会期中日の土曜日は、ワークショップが開催されたようで、講師でもある代表の池原美智子さんもちょうどブースにいらした。
池原さんから、5月20日に白保で新たな歴史的発見のニュースがあったとうかがった。
白保竿根田原(しらほさおねたばる)洞穴遺跡で、2万7千年前・旧石器時代のものと思われる国内最古の人骨がほぼ完全な形で何体も発見されたのだそうだ。
新たに発見されたいにしえの人々の時代には、こういった民具の原型があったのだろうか?などと想像した。
やちむん館で販売されている八重山の伝統的な民具などの中には、現代風に少しアレンジされた物も見受けられた。

「ある素材はある用途・形の民具に適している」と落ち着くまでに、いつの時代からか多くの人たちの試行錯誤が連綿と続いてきた先に「今」がある。
そんなことを考えさせられた展示だった。
               
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●「二風谷アイヌと八重山の民藝」 
阪急うめだギャラリー アートスペース 
2017年5月31日(水)~6月5日(月)
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こちらには、やちむん館の他に、あざみ屋、アンパル陶房(宮良農園)も出品。
全国各地の民藝店店主が選んだ品々のブースや、松本民芸家具の特設ブースとは独立したコーナーが設けられていただけあり、様々な種類の八重山の手工芸品、民藝品が並び、見応えがあった。

あざみ屋は、ミンサー織りの布で作ったクマのぬいぐるみ以外の大半は、今回のテーマに沿った伝統的な柄のものを選んできたそうだ。

八重山上布の反物や、タペストリーなどもあった。

アンパル陶房は、オリジナルデザインの陶器の他に、石垣島で作られていた八重山の古陶を再現させた焼物や、本工房で作ったパナリ焼なども出品。
石垣島の八重山博物館で古い陶器やパナリ焼などを見たことを思い出す。
やちむん館は、前回にはなかったアクセサリー類なども多数そろえていた。

代表の池原さんのおばあさんが麻の着物を解いて洋服にリメイクしたという非売品のワンピース(上の画像)や、月桃、長命草などの生花も、自然の物から様々な民具を作ってきた八重山のかつての暮らしを想像させる助けとなった。

隣接した二風谷アイヌのコーナーには、八重山とはまた違った草木を素材にした民具や民芸品が展示されていた。
衣類や木彫りの作品には、様々な意味のある紋様が施されており、八重山上布やミンサー織りの模様に意味があることと共通するものを感じた。
本展の正式名称は、「縄文の記憶が繋ぐ二風谷アイヌと八重山の民藝」だ。
パンフレットを見ると、その二つの民具に「どこか共通点が感じられるのは、遠い縄文時代の記憶がつながっているからでしょうか?」というのがコンセプトのようだった。
言われてみると、上記のような衣類に意味のある紋様を施すことや、植物から作った敷物、カゴなど、約3,000km離れたそれぞれの地域に育つものを使った伝統的な手工芸に、自然とともに暮らしていた人たちに共通する思いや願いが込められているような気がした。

代々木公園に熱い沖縄の風が吹いた! 「OKINAWAまつり」が熱狂の渦で幕

 今年で第6回となった「OKINAWAまつり」(同実行委員会主催)が5月20日、21日の両日、東京・原宿の代々木公園で開催された。
 飲食ブースでは、オリオンビール、沖縄そば、タコライス、泡盛など、多くの出店があり、来場者は沖縄フードや酒に舌鼓を打っていた。

 同イベントのメーンイベントはなんといっても、「STREET MUSIC FEST.」と銘打たれた野外ライブ、今年は沖縄音楽界の“大御所”よなは徹を始め、THE SAKISHIMA meeting、きいやま商店、宜保和也といった石垣島に縁のあるアーティストも出演。初日のトリには、「島唄」でおなじみのTHE BOOMの元ボーカル・宮沢和史が登場し、観衆を熱狂の渦に巻き込んだ。

 イベントが開催された両日は、まだ5月だというのに、この時期の東京では異例の30℃超えで、まさに沖縄の熱い風が運ばれてきたようだった。
 回を重ねるごとに、年々来場者が増えている同イベント。来年はさらにパワーアップすることは間違いなさそうだ。
(取材・文=ミカエル・コバタ)

沖縄フェスタイン京都2017

日時:2017年5月21日(日) 10時~16時
場所:檀王法林寺(京都市)

京阪電車と京都市営地下鉄の駅が交わる三条大橋の北東に、檀王法林寺というお寺がある。
浄土宗の袋中上人という人が創建した寺院の一つで、創建以前に袋中上人が1600年の始め頃、仏法を求めて明に渡ろうとして琉球に数年滞在していたことから、琉球とご縁のある歴史を持っている。

「だんのうさん」と親しまれるこのお寺で開催されてきた「沖縄フェスタイン京都」は、今年で10回目だそうだ。

この日は全国的に高温を記録した日で、京都市内では32度越えを記録した。
境内には、多くの沖縄物産の露店があり、オリオンビールや沖縄そばなどを買い求める人たちの列があった。
せっかくなので、筆者もナーベラと海ぶどうを購入。

観光中と思われる外国人の姿もちらほらと見られた。
泡盛も各種並んでいる。

本堂入口の廊下を舞台にして、朝から夕方まで琉球舞踊や沖縄民謡、エイサーなど20近い演目が繰り広げられた。
プログラム
じりじりと照り付ける日差しの下で舞踊を見ていると、京都ではなくまるで沖縄のどこかにいるような錯覚に陥った。

石垣島出身でこのお寺で三線教室をしている迎里徹さんとその生徒による、「迎里徹とゆかいな仲間たち」も登場。

午後にはサプライズゲストとして、ミヤギマモルがステージに立った。
演目も終わりの方になってくるとエイサーで盛り上がり、さらに六調、カチャーシーと続く中、ステージと客席の間にあった空間は踊りに出て来た多くの観客で埋まった。
最後は、演者も観客も一つになって、「アリ乾杯!」で締めくくられた。

事務局によると、今年は例年より午前中からの人出が多く、京都沖縄県人会によるフーチャンプルや、ビールなどの「沖縄食堂」ブースは、14時ごろにすでにほぼ完売となってしまったほどの盛況ぶりだったそうだ。
概算ではあるが、3000人近くの来場があったのではなかろうか、とのこと。
スタートした頃はもっと小規模だったようだが、年々参加者が増えてきているようだ。
会場内で知り合いを見つけ、この場での再会を楽しんだり挨拶をかわしたりしているような人々の姿も見られた。
京都で沖縄を感じられるイベントの一つとして、今後も続くことを期待したい。

GWの川崎の街が熱く燃えた! 「第14回はいさいFESTA」は今年も大盛況

今年で第14回目となり、すっかりゴールデンウイークの恒例行事として定着した「はいさいFESTA2016」(主催=チネチッタ通り商店街振興組合/ラ・チッタデッラ)が、5月3日~7日の5日間、神奈川・川崎駅東口のチネチッタ通りで開催された。

関東では最大級の沖縄フェスティバルとなった同イベントには、今年も連日、数多くの沖縄を愛する人々、沖縄出身者が来場した。
同イベントは、「ラ・チッタデッラ風 大沖縄文化祭」とのサブタイトルがうたわれ、沖縄の音楽、映像、食、酒、伝統芸能が凝縮されている。今年も例年通り、沖縄料理屋台&物産展の出店の他、沖縄系アーティストによるフリーライブ、エイサー演舞、映画祭、ワークショップ(三線教室、シーサー色塗り教室など)、音楽祭などが催された。

フリーライブには、やなわらばー・石垣優、カワミツサヤカ、世持桜、ストライクカンパニー、ヘンザンタカヒロら多くの石垣島出身のアーティストも出演。


エイサー演舞では、昨年、初の試みで好評だった舞弦鼓と和光青年会による「オーラセー」と呼ばれる喧嘩エイサーが、今年も6日に実現。圧倒的なド迫力の演舞が繰り広げられ、沿道の観衆を大熱狂させた。

演舞の後は、観衆も入り乱れてのお決まりのカチャーシーで、締めくくられた。

また、最終日の7日にクラブチッタで開催された音楽祭、後夜祭には、石垣優、きいやま商店、上間綾乃らに加え、お笑いコンビのガレッジセール、スリムクラブクラブも出演し、大いに盛り上がった。
5日間、川崎の街が熱く燃えた同イベントは、大盛況で幕を閉じた。来年は区切りの15回目となる。従来の年以上に、豪華なイベントになることを期待したいものだ。
(ミカエル・コバタ)

THE SAKISHIMA meeting 2ndアルバムツアーが上陸!

THE SAKISHIMA meeting tour2017「“THE” BIRAKI」
場所:umeda AKASO(大阪市)
日時:平成29年4月17日
開演:19:30

新良幸人(石垣島)と下地イサム(宮古島)のユニット「SAKIAHIMA meeting」が、3月、約4年ぶりに新しいアルバムを発表した。
ユニット名も頭に「the」がつき、「THE SAKIAHIMA meeting」となった。
ツアータイトルの「“THE”BIRAKI」は、そんな新たな名前でのもっと広い世界への船出の願いが込められているように感じた。
3月下旬に宮古島・石垣島からスタートしたツアーはいよいよ内地に上陸し、ここ大阪が最初の地だった。

降りしきる雨の中、大勢のファンがライブ会場を訪れ、テーブル席や椅子席を埋め尽くした。
大阪でのライブは久しぶりのようで、ファンたちが口々にステージに向けてかけた「おかえりー!」の声に二人は迎えられた。
ドラムとのスリーピースで、次々と新曲の演奏が続く。

ユニット名に「THE」を加えた理由として、「環境保護団体の会議などと間違われないように」と笑いを取りながら説明があったが、それは海外公演を意識したのだろうと思った。
後日調べてみると、「the」は「それしかないもの」につくようだ。
「THE」をつけることで上記のような誤解を得ずに、先島諸島の出身二人による音楽ユニット名として認識されていくのだろう。
考えてみるとビートルズも、英語で書けば「The Beatles」だ。

ライブ会場はワンドリンク前払い制だったので、序盤に「カリーー!」の掛け声で乾杯もあった。
今回のアルバムは、二人が何をしてもいいということで、歌詞には新良幸人の出身地・白保(石垣島)と、下地イサムの出身地・久松(宮古島)を描きまくったのだそうだ。
また、歌詞には神様や「~~世」といった願いの言葉がたくさん出てくる。
八重山、宮古と二人の出身は違えども、暮らしの中の至る所に様々な神様がいる自然信仰の島という共通点が、THE SAKIAHIMA meetingならではの世界観を醸し出していた。
ライブは休憩を挟んで二部構成。
様々なジャンルの曲調が自ら曲作りをする二人によって昇華されて、ジャンルフリーや無国籍といった呼び方さえも超えたような、唯一無二の彼ら独特のライブを堪能した。
アンコールでは、ツアーTシャツに着替えてきた二人。

「SAKISHIMAのテーマ」と、新しいアルバムから「百夜」を歌った。
ライブ中、どの曲も方言で歌うからこそ伝わってくる想いがあったが、筆者には方言がわからない。
最後に歌われた「百夜」も心に響くものがあり、なぜこの曲をツアーの最後に持ってきたのかその想いや歌詞の意味が知りたくて、ライブ終了後にアルバムを購入した。
歌詞カードを開くと最初に、ニューヨークにあるジョン・レノンの記念碑を訪れた二人の足元と「IMAGINE」の文字が、目に飛び込んできた。

「百夜」はアルバムの最後に収録されていた。
歌詞の標準語訳があり、曲に込められた想いがわかった気がした。
今回のアルバムには、島々の至る所におられる様々な神様への願い、平和で実り多き世へと願う歌詞などが多く盛り込まれている。
そのコンセプトと、ライブの最後にこの曲を歌った二人の想いは、ジョンの「IMAGINE」に通じるものもあるのだろうと想像した。

アルバム1曲目の「ザ・サキシマユニゾン」にこんな歌詞がある。
「舟や 初水うきー  風や んきゃーん風  あまた 夢ぬうしー
(舟は 初水を受け  風は 昔からの風  多くの 夢を載せ)」
この歌詞のように、今回の「“THE”開き」から新たな海原へ向かおうとしている二人の今後の活躍を祈りたい。

東京・飛鳥山公園での桜祭りでエイサー演舞披露される!

 4月1日土曜、4月2日日曜の両日、東京都内では著名な桜の名所のひとつである北区飛鳥山公園で、「さくら SA★KASOまつり」(同実行委員会主催)が開催された。

 同イベントは、今年で20回目を迎え、同区民にすっかり定着した。イベントは「琉と華」と題され、初日は「さくらエイサー」として、“沖縄デー”。

石垣島出身のアーティスト・世持桜のライブ、沖縄出身のお笑い芸人・1、2の大心のステージが行われた。

そして、創作エイサー隊 演舞太鼓、美ら星エイサー、エイサーシンカ夏ぬ子、とんとみー、なんくるエイサー、千花夏風、野田エイサー遊び家の関東地区の7チームが参加し、見事なエイサー演舞を披露。最後は観客も入り乱れての大カチャーシーで幕を閉じた。


 また、会場内には42軒の屋台出店があり、同区内の沖縄料理店はサーターアンダギー、オリオンビールなどを販売していた。

 この日は、あいくに小雨混じりのイベント強行となったが、観衆は沖縄文化に触れ、大いに盛り上がっていた。来年は好天に恵まれることを願いたいものだ。

(取材=ミカエル・コバタ)

近畿の各字郷友会合同花見会 2017

日時:2017年4月2日(日)
場所:大阪城公園

ようやく桜が咲き始めた大阪城公園に、今年も近畿地方にある八重山の字会(あざかい)のメンバーが一堂に集い、「合同花見会」が開催された。
今年も多くの郷友が集まり、そこかしこで輪になって持ち寄った弁当などを共に分け合いながら楽しんでいた。
様々な差し入れもあり、司会がそれを紹介するたびに拍手が起こっていた。

(画像:座開き、玉城会長挨拶、余興の様子)

内地の三線教室仲間や踊りの仲間といった方々も参加し、地方を担当したり踊りで日頃の練習の成果を披露する場面もあった。
余興は飛び入りも歓迎で、自薦他薦で歌や踊りが次々と繰り広げられた。

(画像:余興「アンガマ」)

通りすがりの人々も珍しそうに写真や動画を撮影している様子がうかがえた。
中には、踊りの中に飛び入りする外国人もいた。

踊る彼女(左端)を撮影している外国人カップルの男性。 
きっと旅のいい思い出になったことだろう。
さまざまな余興が続くのを見ながら、みなさん本当に芸達者だなと思う。
筆者も歌と踊りと一曲ずつでもいいのでやれるネタがあると、こういう会で楽しいのかもしれないなどと考えた。

宴の締めくくりには、みるく節の前に豊年音頭が演奏され、隣で宴会をしていた若い人たち10名程もその踊りの中に混じって、大いに盛り上がっていた。
踊りの後に声をかけて話を聞くと、ある会社の同僚同士でお花見をしていたとのこと。
郷友会の人たちからは「(飛び入りしてくれて)ありがとう!」という声が、彼らに投げかけられていた。
開かれた、楽しい会である。
会員のみなさんが輪になってみるく節を踊っている時、東南アジア系の若い女性数人が近寄ってきて、動画を撮り始めた。
「いったい何が起こってるの?」と英語で聞かれたので、悪戦苦闘しながら「沖縄の文化で、パーティーの終わりの踊りだ。」とだけどうにか答えたら、とても関心を持ってしばらく見入っていた。
広い大阪城公園の片隅で多くの人たちが八重山の文化に触れる機会ともなったこの日の合同花見会は、晴れやかな余韻を残しながら無事終了した。

共催団体:
近畿八重山郷友会、近畿大浜郷友会、大阪真平郷友会、近畿波照間郷友会、関西宮良郷友会、近畿川平郷友会、近畿八重山白保郷友会、おもと会、関西やいま於茂登会、関西与那国郷友会、関西黒島郷友会、関西やいまー会、関西八重山28年同期会

八重山とわたし(1) 「織の海道(おりのうみみち)」 田中滋さん

縁あって、書籍「織の海道01 八重山・宮古編」の出版元であるNPO法人織の海道実行委員会の、理事長 田中滋さんにお目にかかる機会を得た。
お声がけくださった須田雅子さんは、京都造形芸術大学で昨年度、卒業論文「苧麻をめぐる物語 ―奥会津昭和村と宮古・八重山の暮らしと文化―」をまとめた。
昭和村、八重山の島々、宮古島へと取材・調査を重ねてまとめたその論文は、大学の「同窓会賞」を受賞したそうだ。
お二人とも八重山の染織について調査された方だが、今回は田中さんのお話を中心にうかがった。

(左:須田雅子さん、右:田中滋さん)

「織の海道」シリーズは、八重山諸島や宮古島、沖縄本島エリアをはじめとした様々な地域の染織について、その特徴や技術の発展してきた歴史的背景などを、多くの記録画像とともに構成した書籍だ。
元々海外も含む美術館などに寄贈することを前提に制作され、一般の書店販売ルートには乗っていない。
事務局直販、または、限られた染織関連施設などが商品として取り扱っているという。

シリーズ第一弾として、「八重山・宮古編」が発行されたのは、2002年。
沖縄、とりわけ八重山のことに興味がある筆者は、ずいぶん後にその存在を知り、ネット経由で入手したように記憶する。
お目にかかる前に久しぶりにページをめくってみた。
書籍や写真は、その時々の時代を記録する資料だ。
田中さんは15年前の、須田さんはここ2年間の、八重山の染織について調査し、まとめた。
その時の調査報告だけでなく、調査に関わった人自身が体験した記憶もまた、貴重な保存記録(アーカイブ)だと思う。

(与那国島の機織りの様子 「織の海道01 八重山・宮古編」)

田中さんのお話からも、そんな一部をうかがえた。
産業としての布やデザインの分野に身を置いて様々な仕事をしてきた田中さんは、30代後半に、独自に沖縄・先島諸島の染織について調査を始められた。
1991年、芭蕉布の喜如嘉を訪ねた際に、かつて都内の美大に在籍中、復帰直後の沖縄本島におもむいて芭蕉布を見た時とは、また違った美しさを実感できたそうだ。
「これを東京で紹介できないだろうか?」と思ったが、以前、竹富島の情報を得たので、当初翌日帰るつもりだった予定を延期して竹富島へと向かった。
竹富島では、宿泊した宿の女将さんが織物の組合関係の方だったこともあり、夜、近所のおばぁたちが自ら績んだブー(苧麻)の糸を売りに来たのを目の当たりにした。
その時の出会いやご縁が元で、都内でまず八重山の染織を紹介するイベントを独自に開催することとなったのだそうだ。

(竹富海晒し 「織の海道01 八重山・宮古編」より)

1992年、「竹富町の布と色」展(東京)を開催し、総合プロデュース、テキスタイルデザインを担当。
1998年、南風の里「八重山竹富町の織物」展(東京)にて、総合プロデュース担当。
同年、現在のNPO法人の前身である任意団体「織の海道」実行員会を設立。
先述の展示会はいずれも、竹富町織物協同組合の製品の紹介だったそうだ。
その後、石橋財団からの助成金を受け、あらためて先島諸島の染織や歴史、文化なども含めた調査を行い、その成果としての「織の海道」シリーズの第一弾、「八重山・宮古編」(2002年)の発行に至る。
出版と並行して、2001年には竹富島公民館でシンポジウム「八重山・宮古の織物を中心に」を、2002年に、展示会「与那国・竹富・石垣・宮古島 染織展示」を東京で開催するなど、田中さんは染織を軸として八重山を広く国内外に紹介することに貢献されてきた。

(NPO法人 織の海道実行委員会 パンフレットより)

・・・こんなお話しをうかがうと、ご縁と出会いのタイミングというのは不思議なものだと感じる。
その後、同会はNPO法人となり、「織の海道」シリーズ最新号を2013年に発行。
最新号のカンボジアの染織を紹介する「Vol.5 アジアへ、カンボジア ~クメール染織の美~」で、これまで沖縄・九州の染織を紹介してきた織の海道は国境を越えた。
上記画像、NPO法人 織の海道実行委員会 パンフレットに、田中さんの、八重山の染織との出会いから始まった想いが綴られている。
「小さな島、一人のおばぁの糸をつむぐ手から始まりました。 
その手は美しく文化を紡いでいるように思え 伝え、残したいと思いました。」
田中さんは、その思いを形にし、「織の海道」シリーズを発行しつつ、それに伴うイベントを開いた際や、大学等で染織文化の講師としてなど、現在も折に触れて八重山の染織について紹介し続けているのであった。

*NPO法人 織の海道実行委員会
facebook  https://ja-jp.facebook.com/orinoumimichi/

京の夜に与那国の風が吹いた

「風吹く島の音 ~日本最西端!! 与那国島 十五夜遊び三人会~」 

場所:本山修験宗総本山 聖護院「宸殿」(京都市)
日時:平成29年3月11日
開演:19:00
山口和昭(竹笛) 与那覇有羽(うた・三線)、与那覇桂子(舞踊)
ゲスト:安場淳&アンチャン・プロジェクト

チラシによると、「関西初の与那国に暮らす島民のみなさんによる伝統芸能ライブです」とのこと。
本格的な与那国の島唄と踊りの公演だ。
翌日12日(於・NPO福祉広場 ホール)との2回公演の内、初日の様子をお伝えする。

舞台となった聖護院宸殿(しんでん)は、狩野派による金箔を押し当てた上に様々な絵が描かれた襖絵、不動明王像など数々の像や所蔵品展示など、貴重な文化財に囲まれた厳かな空間だった。
事務局「与那国の風 準備会」山田和幸氏によると、当初の定員70名の予定が、問合わせが多く急遽席を増やしたそうだ。
京都や大阪のみならず、中には各地遠方からも、どぅなんとぅ(与那国人)や与那国島にゆかりがある人々などが駆けつけたとのこと。
与那国島伝統の衣装に身を包んだ演者たちの、島の言葉の唄が聞ける、貴重な時間。
120名ほどの聴衆が、今宵限りの特別な空間で与那国島の風を感じ、歌や踊りに魅了された。

山口和昭さん、与那覇有羽さんは、島の伝統的な衣装ドゥタティで。
与那覇桂子さんも、与那国島の女性の伝統的な柄という紺地に白縞の衣装で登場。


(画像提供:「与那国の風」準備会)

ライブは、お盆の行事などに歌う「ミンブチ(念仏節)」から始まった。
事務局山田さんによると、聖護院・宸殿でのライブがこの日と決まった後、演奏者のみなさんは、3.11への鎮魂もこめてこの「ミンブチ」を一曲目に演奏すると、かなり早い時期から決めていらしたそうだ。
14曲の内「月ぬ美しゃ」以外はすべて与那国島の民謡で、与那覇有羽さんの曲ごとの解説により、唄や踊りの意味や島の歴史を知ることができた。
踊りは与那覇桂子さん。
時折人差し指や中指の先を親指と合わせて輪にする手先を見ていると、まるで仏像の手のように見えてくるのも、この独特な空間の影響だろうか。


(画像提供:「与那国の風」準備会)

与那国の人は、三線より笛や太鼓の音に親しみがあるとのことで、山口さんによる笛の独奏や有羽さんとの重奏もあった。


(画像提供:「与那国の風」準備会)

東京の与那国郷友会から、与那国島の芸能に惹かれて島に通い続けてきた安場淳さんとその仲間たちが応援に駆けつけ、与那国の子守歌のアレンジを披露した。
「与那国の風」準備会の代表である山田さんもまた、若い頃から与那国に足しげく通い、この日のご縁つなぎをした人であった。
会場には関西与那国郷友会の方々の姿もあった。
様々な人たちの想いや力により、今日の日が実現できたのであろうと推測する。
最後は、与那国島の豊年祭の締めくくりで踊られる巻き踊り、「ドゥンタ」。
輪になって踊ることはなかったが、宸殿に灯されたロウソクの火を皆で囲み、有羽さんの先導による掛け声にならって会場に詰め掛けた人々も声をあげ、与那国島らしい雰囲気での終演となった。

【出演者】
山口和昭さん(竹笛)、与那覇有羽さん(うた・三線)、与那覇桂子さん(舞踊)

安場淳&アンチャン・プロジェクト

【裏話】
前日10日、与那国からのお三方が乗る予定の飛行機が欠航してしまったそうだ。
一時出演が危ぶまれそうになったものの、島の人々が奔走した結果、前日深夜に全員がどうにか京都に到着されたとのこと。
まさに「渡難(どなん)」であった。
演奏曲の中に、旅の無事を願う「旅果報(たびかふ)」といううたがあったが、旅には様々なアクシデントが起こることもある。
出演者がこうして到着できたのは、島の神様も本公演の成功を願うたくさんの人の想いを聞き入れて、応援してくださったのかもしれないとも思った。

デビュー27周年を迎えるBEGINが東京でコンサート

 昨年10月10日、宮城県仙台市で開幕した「BEGINコンサート2016-2017」が、いよいよ大詰めを迎え、さる3月5日には、東京・昭和女子大人見記念講堂でライブを行った。

 東京での公演は「25周年記念コンサートツアー」のファイナルとなった昨年3月20日、両国国技館でのライブ以来、丸1年ぶり。チケットは発売後、わずか数分でソールドアウトになるほど、東京近郊のファンが待ち焦がれていたコンサートだ。
 今回のライブでは、第1部で演奏する楽曲「いちゃりば結」の歌詞を観客から募集。この中から選ばれた歌詞をメンバーが歌唱する試みも実施された。
 観客の要望に応えたメンバーは、予定より1曲増やすという、BEGINらしい“サービス精神”を発揮。デビュー曲の「恋しくて」から、最新の「マルシャ・ショーラメドレー」など、全17曲を3時間弱にわたって熱唱。アンコールの最後は、巣立ちの季節である春らしく「パーマ屋ゆんた」で締めくくり、超満員の観客を魅了した。
 また、通常ライブ中の写真撮影は禁止されているが、今ツアーでは1曲だけ撮影を許可しており、観客を大いに喜ばせていた。

 同ツアーは、26日の大阪・フェスティバルホールで終幕となる。21日でデビュー27周年を迎えるBEGINは、最近ソロでの活動も増えたが、石垣島で育んだメンバー3人の結束力は健在。28年目もまた、ファンの心に響く音楽を提供してくれるに違いない。
 なお、ピアノの上地等が22日、石垣島のジャズバー「すけあくろ」(大川213―1 B1)でソロライブを開催する。
※詳細 http://www.begin1990.com/news/live.php?page=2

(レポート=ミカエル・コバタ)

京都沖縄県人会・京都沖縄ファン倶楽部合同新年会が開催される

日時:2017年2月11日(土)
会場:からすま京都ホテル(京都市)、二次会:市内某所居酒屋

京都沖縄県人会次期会長に現副会長である上原任氏(石垣島)がなられるとうかがい、新年会の二次会会場へ足を運んだ。
小ぢんまりとしてお話もしやすそうだとイメージして行ったら、5~60名の大所帯。
しかもみなさん、新年会ですでにお酒を飲んでいるので、にぎやかに盛り上がっていた。
ウチナーンチュもナイチャーも入り乱れてあちこちで談笑に花が咲き、「開かれた会」という印象を受けた。

(左:現会長・宮城不二男氏、右:次期会長・上原任氏)

お互いビールジョッキや杯を傾けながら、両氏にお話をうかがった。
宮城氏によると、一次会は180名ほどの参加があったとのこと。
県人会、ファン倶楽部、在京都の他の県人会の方々など、さまざまな形でつながっている人たちが集ったようだ。
式次第によると、一次会では余興の他に、「京都沖縄県人会北部支部結成式」、「吉本沖縄国際映画祭京都応援団団結式」、「琉球ミュージック倶楽部活動紹介」などがあり、京都沖縄県人会の精力的な活動の様子がうかがえた。
間もなく会長の任期を終えられる宮城氏は、「今後は『琉球ミュージック倶楽部』会長として京都から琉球音楽を発信していきたい」と、熱い思いを口にされた。

上原氏がおっしゃったキーワードをまとめると、今後の県人会への思いはこんな風であろうと受け止めた。
県人が故郷を懐かしく思えるような場であると同時に、沖縄が大好きな人たち(ファン倶楽部)や他の県人会の方々などともこのような場で出会い、つながり、みんなで面白く楽しく末広がりに発展していくのが目指す形である、と。
今年の10月に、「全国沖縄県人会交流会」が京都で開催されるそうだ。
「東京や大阪、兵庫など県人会員が多数いる地域とは違い、少ない人数で準備・開催することになる。」と、上原氏は成功への覚悟を語られた。

【居酒屋で繰り広げられた余興】

琉球バイオリン・大城敦博さん
珍しい形の楽器は、ヴァイパーという電子バイオリンだそうだ。
バイオリンで琉球音楽を奏でることを「琉球バイオリン」と名付け、この日も「童神」などを演奏。

三線の伴奏で踊る人々。

カチャーシー。

そして再びしばらくの間談笑タイムとなり、最後は一本締めでお開きとなった。
今後開催されるイベントチラシをいただいたので、その中から八重山と関係が深いものをご紹介しておこう。

●「風吹く島の音 ~日本最西端!! 与那国島 十五夜遊び三人会~」
 https://www.facebook.com/dunanchima/
 3月11日(土)、19時~ 本山修験総本山聖護院「宸殿」(京都・熊野神社前)
 3月12日(日)、15時~ NPO福祉広場1Fホール(京都・北野白梅町)

●「古都の風邪にのせて in 円山音楽堂
  ~ ふるさと災害復興支援チャリテイーコンサート&ふるさと物産展~」
  https://ja-jp.facebook.com/kotonokaze/
 4月8日(土)12時~20時、9日(日)11時~17時半
 京都市円山公園野外音楽堂
 出演予定:迎里 計(石垣島)、横目兄弟(石垣島)、まーちゃんバンド(西表島)、など

近畿八重山郷友会新年会が開催される

日時:2017年1月29日(日)
会場:大東市民会館(大阪府大東市)
時間:13時~

旧暦の1月2日にあたる先月最後の日曜日に、近畿八重山郷友会の新年会が開催された。
総会でおなじみの大東市民会館に、7~80名の会員が集った。
会場の隅には、昨年のイベントで撮影された写真が会員のために焼き増しされて置いてあり、また、故郷八重山の人々の活躍を記した新聞記事を自由に閲覧できるようになっている。

岡田絋二 幹事長の司会の下、式次第が進んでいく。
玉城一正 会長は年頭の挨拶で、「カンムリワシのようにみなさんが羽ばたいていく年に」と語られた。
また、昨年11月に八重山の3市町で開催された三年に一度の「2016全国のやいまぴとぅ大会」へ、本会からもメンバーが参加し交流を深めたことをはじめとした、昨年の主だった事業についても紹介があった。
来賓の方々の挨拶の後、東里俊範 副会長による乾杯、祝いの舞へと続く。

舞台では、予定されていた余興の演目以外に、飛び入りでも様々な歌や踊りが繰り広げられた。

酉年生まれの人への記念品贈呈式で、数え年25~85才のみなさんが祝われた。
石垣島生まれ、大阪育ちの演歌歌手、妃弥呼(ひみこ)さんも会場にかけつけた。

ご年配の方々による「カモメの水兵さん」「お正月のうた」などの童謡の時間では、客席の人々も童心に帰って懐かしみながら歌う声が響いた。
余興も後半になるほど、フロアで踊る人や手拍子、指笛などで会場も開放的な雰囲気になっていった。
途中で行われた抽選会では、司会による当たった人の紹介を聞いていると、遠くは三重や愛知からも参加した郷友もいたようで、みなさんのつながりの強さを感じた。
与那国郷友会の「与那国小唄」や「鳩間の港」で、余興はフィナーレを迎えた。
その盛り上がりの熱をさらに放つように「六調節」で皆が舞い、ゆるやかな「弥勒節」で場を鎮める。

最後は万歳三唱で締めくくられ、お開きとなった。


なお、近畿エリアには、様々な郷友会、同期会があります。
関心を持たれた方は、以下を参照してください。
「やいまぴとぅネットワーク 中部・近畿エリア」
http://yaimapitwu.com/network/area/chubu-kinki/

酒飲みのよしなしごと(4)「気配りとの攻防戦」

明けましておめでとうございます。
本年もあまくま出かけて行って、少なくとも毎月1本は記事を書こうと目標にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。

それは、昨年11月に参加した「京都泡盛同好会」でのことだ。
このイベントは、会費も上等だったが、その分、一流ホテルの大宴会場でサービスを受けるというスタイルだった。
料理に関しては、結婚式のように円卓に座り、次々と運ばれる大皿料理を自分たちで取り分ける形式であるものの、使った皿や空いたグラスは当然だが気づいたホテルスタッフがさっと下げてくださる。
まさか、本来心地よいこの気配りとの攻防戦をするとは思ってもみなかった(苦笑)。
会場には様々な泡盛が用意されて飲み放題。
ウェルカムドリンクとしていただいたものは、初めての参加で訳が分からないまま差し出されたものを素直に手にした泡盛水割りだったので、銘柄もわからなかった。
2杯目からは、どうせなら普段自分があまり見かけたことのない、しかも古酒など上等なものから飲もう! という作戦であれこれ楽しんだ。
いくつか味見をし、飲み比べるためには、普通にグラスになみなみとつがれていてはお酒に飲まれてしまう。
なので、中盤は古酒ストレートをグラスに少しずつ入れてもらい、一番多い時で泡盛3種類+水+飲みかけの水割りと、5つのグラスが自分の前に並んでいた。

(久米仙原酒58度、瑞泉古酒40度、瑞泉 キングクラウン10年古酒30度。
このお酒の順番に、テーブルの上にグラスを3つ、その奥に水と飲みかけの水割りを並べていた。)
中には、久米仙の原酒58度なんてのもあり、ちびりちびりと舐めるように味わっていた。
グラスの底に5ミリくらいの高さになっても、一気に飲めない量だ。
しかしそれが問題だった。
スタッフさんが、飲み終わったものと勘違いして、気を利かせて下げようとしてくださるのだ。
その手をやんわりと遮るようにグラスを守りながら、「これはまだ飲んでますから」と数回言う羽目になった。
同じ人に2回言ったし、巡回で別のスタッフも何人か入れ代わり立ち代わり来るから、その都度また説明もした。
そうやって貴重な原酒&古酒のストレートのわずかな残りを持っていかれないように確保しながら、取材のための撮影の合間にちびちびと味わっていた。
悲劇は一瞬の隙に起こった。
以前別のイベントでお話させていただいた方とあいさつするために、少しの間、席を離れた。
戻ってきたら・・・   ・・・グラスの数が一個足りない!
消えたグラスの位置から推測するに、残量が一番少なかった10年物の古酒のグラスを持って行かれてしまった!
ストレートだから、あと一口分くらいはあったのに~~~。
10年物~~~!!  ・・・ガックリである・・・。
スタッフのねーねーたちには、どれも透明な液体だから、中身がチェイサーか水割りかストレートのいずれなのかは、嗅ぐか味見しないと区別がつかないだろうから、仕方ないのだけれど・・・。
しかし、しかしである。 
最後の一口のお楽しみを奪われてしまった筆者としては、これほど切ないものはない。
酒好きの方には、この残念感をわかっていただけると思う。

11月後半に開催されたもう一つの泡盛イベント、「関西泡盛同好会」では、前回の失敗を教訓にと気をつけていた。
貸会場でセルフサービスだったので、会の途中であと少し残っているコップを回収される心配はいらないと判断し、泡盛と沖縄料理を堪能しながら余興の撮影にいそしんだ。
(ストレートで味わったのは、菊之露 12年古酒44度、菊之露吟撰5年古酒40度 など)

しかし、それはうかつであった。
立食中心の会場の隅に、わずかに椅子付きテーブルがあったので、そこに席を確保して、時々撮影のために席を外していた。
最後のカチャーシーで盛り上がっている場面も無事に撮影し終わり、「さて、最後にとっておいた古酒ストレートの一口を飲んで締めくくるか・・・」と席に戻ってきたら、やはりコップが無くなっていた・・・。
会員さんたちが片づけを始める時間になっていたのだ。
席を外していた=帰ってしまったという構図になったようで、最後のお楽しみのもくろみはまたもや潰えてしまったのであった。
あぁ、残念無念!
次回このようなイベントに参加する際には、「最後の一滴までストレートを堪能中」とでも書いた付箋紙でも用意して行こうか。

アイランダー2016に竹富町・石垣市がブースを出展

2016年11月26日(土)~27日(日)
池袋サンシャインシティ

今年も全国各地のたくさんの島々がブースを連ねる祭典、「アイランダー2016」が開催された。
今年は、行政職員、UIJターン経験者などの「島活相談員」がいるブースは79。
沖縄県は5ブースで、竹富町に加えて石垣市が今年初めて参加し、ブースが隣同士だった。

【石垣市ブース】
石垣市は今年度4月、企画部 企画政策課に移住・定住支援係を設立した。
現在市内の人口は、国内の人口減少とは逆に増加の傾向にあるが、将来は減少の道をたどる予測もあり、それを見越して移住者支援をスタートさせたという。

今回は、市の職員が「島活相談員」として在席。
椅子に掛けて本格的に相談・情報を求める来場者の姿もあった。

また、石垣市ではそういった将来の課題に対する対策とは別に、現在の待機児童を減らすために、「保育士さんの渡航費助成」支援制度を設けており、会場では関心のある人は誰でも、そのチラシを手にすることができた。
石垣市臨時保育士名簿登録制度に基づき、保育士の登録申請を行い、名簿登録完了後に実際に働くことが確定した段階で、その渡航(赴任)に必要な費用が支給されるという制度だ。
沖縄県外の人には50万円、石垣市を除く沖縄県内の人には40万円となっている。
他に、家賃補助の制度もあると聞いた。

●石垣市・保育士への渡航費助成制度への問い合わせ:
 石垣市役所 福祉部児童家庭課 電話 0980-82-1704
●移住全体に関する問い合わせ:
 石垣市役所 企画部 企画政策課に移住・定住支援係 
メール 企画@city.ishigaki.okinawa.jp(「企画」を「kikaku」に書き換えて下さい)

【竹富町ブースで移住者の話をうかがう】
一方、竹富町では、内閣府地方創生加速化交付金を活用した「竹富町就業創出及び移住・定住促進事業」に基づき、IT系就業支援の一環として西表島にこの夏シェアオフィスをオープンさせた。

 記事「シェアオフィスが開所 都市部と同様の仕事可能」
(八重山毎日新聞 2016年7月30日)
http://www.y-mainichi.co.jp/news/30201/

昨年、2期行った就業支援のITスキルを学ぶ講座からは2名の移住者が誕生。
竹富町ブースに「島活相談員」としていらした、今年の3期の講座へ参加のために千葉から西表島へ移住したという後藤陽介さんに、お話をうかがった。

移住は今年の6月。
昨年に一度、石垣島で開催されたITスキルを集中的に学ぶ講座に参加し、2カ月ほど滞在したという。
その時初めて八重山に来て、一度千葉に戻られたが再び縁あって八重山に短期の仕事で滞在。
その後、農家の手伝いなどを経た後、正式に移住したのだそうだ。
一回目の八重山へ訪れるきっかけは、全く違う業種だった前職を辞めたことからで、その後移住するまでに、様々な紆余曲折や不思議なご縁に導かれるような出会いなどがあったとうかがった。
後藤さんは、現在は青年会など地元の活動にも参加しながら、シェアオフィスでのIT現地サポーターやフィールドライターという役割で、身に付けたスキルで地元の方々などのサポートを行っている。
シェアオフィスには、地元の自営業の高齢者の方が、例えばメールソフトの使い方やホームページの作り方などを学びに来ることもあるという。
後藤さんは、「個人事業主として自立したい」と目標を語ってくださった。

【竹富島 島学校】
竹富町ブースでは今年もまた、泡波の試飲や、島々の黒糖の試食、様々な情報・パンフレットも用意されており、ひっきりなしに来場者が立ち寄っていた。

町職員の方に、今回のトピックについてうかがったところ、竹富町観光協会による島の生活・自然などの体験滞在の旅「島学校」が、来年2月に竹富島をフィールドに開催されるとのこと。
昨年度に続いて2度目の竹富島だ。
すでに募集が開始されている。 
詳しくは、竹富町観光協会webサイト「ぱいぬ島ストーリー」を参照されたい。
http://www.painusima.com/info?pid=4656

●「島学校」に関する参考情報
昨年の「竹富島 島学校」の様子:
・離島経済新聞:
http://ritokei.com/article/news/2118
・石垣島トラベルセンター:
http://www.itc-ishigaki.jp/view/77
以前開催された「西表島 島学校」について:
http://www.painusima.com/shima-gakkou/

余談ではあるが、会期中はサンシャインシティ別会場にて、「ニッポン全国物産展」も開催されていた。
沖縄ブースには、5~6社ほどが自慢の商品を所狭しと並べてアピールしていた。
時間の都合で八重山の企業の参加の有無は確認できなかったが、こちらもどのブースも盛大な賑いで、「アイランダー」と本展の会場を行き来している人たちも少なくなかった。
「アイランダー」会場自体にも「しまマルシェ」という各島直送の特産品を買えるコーナーや、「島のグルメ食堂」というイートインコーナーが設けられていた。
久米島は、観光・移住等のブースに加え、「しまマルシェ」にも出展していた。
出展側はコスト面や縦割り仕事の連携などが悩ましいところであろうが、このような場を活用して、食の面から、観光や移住・就業の面からなど、多方面から八重山を内地にアピールする機会を設けるのもいいのではなかろうかと感じたイベントだった。