島に生きる生物たち

~八重山は貴重な野鳥の宝庫~

「八重山は地理的条件もあって、めずらしい鳥や、渡り鳥の宝庫なんです。日本中から多くのバードウォッチャーがやってくるんですよ」と教えてくれたのは、日本野鳥の会八重山支部長の本若博次さん。
八重山の野鳥を中心にお話をうかがった。

本若博次

石垣市大浜生まれ。名古屋のデザイン専門学校卒業後、グラフィックデザイナーとして会社勤務、デザイン専門学校講師を務めた。1996年より、野鳥を中心とした自然写真家およびイラストレーターとして独立。二科展デザイン部門入選2回、富士フォトコンテストネイチャー部門銅賞、ニッコールフォトコンテスト第3部特選など多数の受賞。共・著書「ヒバリ」「自然観察ツバメ」(偕成社)、「ふるーる 小鳥の時間」(文一総合出版)など。日本写真家協会、日本ワイルドライフアート協会、日本野鳥の会に所属。

絶滅危惧種のカンムリワシ(国指定特別天然記念物)

本若さんは「石垣島と西表島に生息するカンムリワシは最近、若干個体数が増えているようです。みなさんの保護意識が高まっているからではないでしょうか」と話す。
 自然破壊や汚染など淋しいニュースが多い昨今、うれしいニュースだと思う。しかし、カンムリワシの交通事故は以前減っていないようだ。道路上で引かれて死んだカエルなど、エサになるものを目がけて飛んできたカンムリワシが車にはねられる…。
 カンムリワシの生態は調査段階で、未知の部分も多いという。石垣島では、自然がより豊かに思われる北部より、於茂登岳周辺や屋良部半島、川平地区に多く生息している。田んぼや湿地があるところ、つまりエサが豊富な地域ということだそうだ。
「夏の繁殖期は人目に触れることが少ないですが、雛が巣立った9月中旬から4月くらいまでは、電柱の上でエサを狙っているカンムリワシを見かけることができます」と本若さんは話していた。
 同じく国指定特別天然記念物のイリオモテヤマネコに比べ目にする機会は多いが、生息数は、1998年の「日本野鳥の会八重山支部」の調べでは、195羽(石垣島91羽、西表島104羽)で絶滅の恐れがあることを忘れてはならない。

最近気になる野鳥

「ツルクイナ」というクイナの一種は、石垣島と西表島に生息する野鳥で、大きさはシロハラクイナの2倍くらい。クイナと言うと飛ばないイメージが強いが、ツルクイナは飛ぶそうだ。
まれに八重山から本州まで飛んでいくツルクイナもいるという。本若さんは「最近、石垣島では休耕田が減り畑にする傾向があるので、ツルクイナの繁殖地が確実に減っています。
過去との比較はまだできないのですが、減っていくのではないかと心配です」という。
本若さんが子どものころ、追っかけて遊んでいたという野鳥「ミフウズラ」を最近あまり見かけなくなったそうだ。
住みかを移動しているのか、個体数が減っているのか定かでないというが、人の生活環境の変化によって彼らの生活場所を奪っていることは間違いないらしい。

増えている鳥

カラスの個体数は増えているそうだ。カラスにも種類があり、本州の大都市で人に脅威を与えているカラスと違う種類のカラスが八重山には生息しているが、彼らが人間のゴミをあさるのは同じ。彼らの望む状態を、以前より提供している。与那国島にカラスはいなかったのだが、近年1~2羽のカラスが確認されている。「駆除した方がよいのでは?」と本若さんに尋ねると、「自然に入ってきた可能性もあるし、カラスの増殖について研究対象にもなりえます」との答えが返ってきた。増殖のシステムがわかれば、その対処法も導ける。

野鳥との共生

「動物のエリア、人間のエリアと住み分けするという考え方もひとつでしょう。自然を残す部分はきちんと残す。八重山の自然は観光資源にもなっているので、それが地元産業のためにもなる」と本若さんは話す。
本若さんは野鳥観察で、釣り針で怪我をして足を失った海辺の鳥など、傷ついた野鳥の姿もたくさん見てきた。「海岸に落ちている釣り針は、使った人が持ち帰れば野生動物を傷つけることにはならなかったはず。人も自然に触れ楽しむ権利があると思うが、気使いは必要じゃないでしょうか」と語る。
「野生動物は彼らのしたたかさ、生命力で環境が変化すればそれに適応しますが、彼らの力で自然環境を変えることはできません。ゴミのポイ捨てが減るだけでも、野生動物への弊害は減ります」
本若さんとの対話の中で、人間が野生動物と共生していこうという意識を持つことで、現状は改善されていくのだと改めて実感した。

 
~ウミガメに選ばれた島~

10年にわたり、石垣島近海に生息するウミガメの産卵状況調査を行う「石垣島ウミガメ研究会」会長の谷崎さんにお話をうかがった。
八重山は、先人たちから受け継いできた豊かな自然の恩恵を受けている。
「現代人は、もう少し自然に対し謙虚になるべきなんだろう」と感じた。

谷崎樹生

琉球大学生物学科で海洋生物学を学び84年から石垣島在住。現在、石垣島ウミガメ研究会会長・自然観察指導員連絡会会長などの活動を通して自然観察を島の文化として育て上げようとしている。友人と三人でメールマガジン「白保メール」発行中。

ウミガメの産卵状況調査

ウミガメの産卵状況調査では、上陸が始まる毎年4月から最後の卵が孵化する12月ごろの間に島中の浜を歩いてまわり、ウミガメの上陸跡があれば産卵の有無・産卵日の推定・種の判定などの調査を行い、精度の高いデータ収集を心がけているという。ウミガメの漂着死体を発見したときは、水産研究所で解剖をして性別・死因の推定を行い、生態の把握に努めている。最近同研究会は、活動スタッフが徐々に増え、海人の方など地域の協力者も増えているそうだ。
「石垣島近海では、アオウミガメが一番よく見られます。そのほか、全国的に絶滅が危惧されているアカウミガメやタイマイも石垣島の静かな浜辺で産卵しています。産卵しにやってきたウミガメにタグを取りつけて、撮影・測定をして個体識別を行い、個体数やウミガメの産卵の特徴を把握しつつあります。個体数は多くても百数十頭匹でしょうね」と谷崎さんは話す。決して多くはない数字だ。
同会の調べで、同じカメが3年前後の周期で同じ浜に産卵しに戻ってくることが多いとわかってきた。ウミガメには個性があり、1シーズン中に何度も同じ浜にやってくるケース、石垣島と宮古島で同じカメが産卵するケースもあるという。いずれにせよ、産卵場所にこだわりがあることは確かで、明かりの少ない静かな場所を選ぶのは同様だそうだ。ウミガメが3年後に同じ浜に戻って、いざ産卵しょうとしたとき、そこが静かな浜でなくなっていたら行き場を失う…。
谷崎さんは「人間が自然と関わる場合、その自然が何にとって絶対的な価値があるかを考えてほしいです。ウミガメにとって、子孫を残すための産卵場所である静かな浜は、絶対必要な場所です。静かな浜でビーチパーティーをすることは絶対必要でしょうか? ビーチパーティーを否定しているのではありません。優先順位を考えて自然と関わるのが大切じゃないかと思います」と語っていた。ウミガメは人が利用するずっと前から浜辺を産卵場所としてきたことも事実である。近年、アウトドアブームは続いている。自然に親しむことは人間にも必要なことだが、日常生活の利便性や快適さを、自然界に持ち込みすぎていないだろうか? 四輪駆動の車で浜に乗り入れているのを見かける。そこがウミガメの産卵場所であった場合、孵化した子ガメが轍にはまって方向性を見失い、海に戻れず干からびて死ぬことがあるそうだ。
谷崎さんは「島人は、島の自然によって生かされ、島の自然に根差した文化によって育まれてきました。ウミガメや渡り鳥のように地球規模の移動をする動物は、環境を総合的に評価する能力を持っているものと思われます。これは我々文明人がもうすでに失ってしまった能力なのかもしれません。そんなウミガメに選ばれた島の環境を守り、島の自然と共生することが、結局は島人の幸せに繋がるのではないでしょうか」と問い掛けている。

 
~西表野生生物保護センターで聞く~

八重山で自然豊かな島といえば、西表島を思いうかべる人は少なくないだろう。西表島は、原始的な形態を保ち「生きた化石」といわれるイリオモテヤマネコが生息していることでも有名。同保護センターの西表自然保護官・保護増殖専門官・理学博士である鑪雅哉(たたら まさや)さんに、ヤマネコを中心にお話をうかがった。

ヤマネコの交通事故は最悪のペース!

今年に入ってから、すでに3件のヤマネコの交通事故が発生した。これは1978年に初めてヤマネコの交通事故が確認されて以来、最悪のペース。2年前に年間5頭のヤマネコが交通事故で死亡したのがワースト記録だが、事故の多い冬場に入る前に3頭というのは緊急事態だという。冬場はヤマネコのオスが発情期で活発に動き、八重山の観光は冬場が盛んで車の台数が増えるため、交通事故の機会が増すそうだ。
世界中で西表のみに生息する国指定特別天然記念物のヤマネコは、同保護センターの調査で99~110頭と推定される。「年間で5頭死んだということは、約5パーセント失ったということです。八重山の人口は約5万人で、5パーセントにあたる人口は約2500人です。5パーセントの比率が少なくないことを実感できると思います」と鑪さんは語る。

事故防止対策

道路を利用するドライバーに認識してもらうのが効果的であるため、ヤマネコの交通事故が発生した場所に標識を立て、ゼブラゾーン(ガタガタ舗装)を設けるなどして注意を促している。西表で車やバイクを運転した人はご存知であろう。
11月から2月の「野生動物の交通事故防止キャンペーン」期間中には、西表国立公園パクボランティア団体が、島内30ヶ所余に設置された「ヤマネコ注意!」の標識周りの雑草や枝を除去し、竹富町内の防災無線放送を使って野生生物の交通事故を防ごうと呼びかけている。
そのほか、アンダーパスという野生動物用のトンネルを作り、路上に動物が出てこないような道作りにも取り組んでいる。足跡からヤマネコも利用していることが確認されているそうだ。

道路上は動物たちの危険なレストラン

西表島は野生動物の宝庫であるため、防ぎようのない交通事故も起こっている。たとえば、満月の夜にカニの大群が山側から道路を越えて海側に横断することがあり、それは道路を埋め尽くすほどの大群で、車は通行するために多少引いてしまう。雨上がりにはカエルの大群がよく路上に姿を現すという。そういった小動物の死骸が路上にたくさんあるので、ヤマネコやカンムリワシなど少し大型の野生動物も路上に集まり、車に引かれる。鑪さんは「ヤマネコやカンムリワシの事故は、二次災害と言えるのではないでしょうか。一次災害から防ぐ対策が必要だと思っています」と話す。原因を追求し、対策の方向が見えても、車の使用を規制することは難しそうだ。
 

西表島でも問題のオオヒキガエル

保護センターの調査によると、今まで存在しなかったオオヒキガエルが西表島で計27回発見された。今のところ、大人になったカエルの状態でしか発見されていないのが救いだという。オオヒキガエルは一度に数万個の卵を産み、あっというまに繁殖するからだ。オオキヒガエルは耳の裏から毒素を分泌するため、カエルをエサとしているヤマネコが食せば、生息を脅かす可能性が指摘されている。現在、死体解剖でオオヒキガエルが原因で死亡したヤマネコなどは見つかっていないが、警戒すべき状態なのである。
ヤマネコのためだけでなく、西表島に生息する在来種の野生生物に影響する可能性があるのは言うまでもない。島の各地に調査員を置き、オオヒキガエルの鳴き声や姿を見つけたら駆除する対策をとっていて、島民も協力しているそうだ。
「オオヒキガエルは土木作業用の土砂に紛れて石垣島からやってきていることは確実です。石垣島の土砂積み込み場所で水際対策を打てばベストです」と鑪さんは話していた。西表島だけでなく、竹富町の島々へ運び込まれる土砂は石垣島を経由しているのである。
 

飼いイヌやネコも野生の中では立派なハンター

もともと野生の動物でなかったものが繁殖し、それまでの生態系を壊す事例は全国にある。八重山でも元家畜のヤギやペットだったイヌやネコが問題になっているという。
野生化したヤギは、生きていくため彼らの首の届く範囲の草や木の芽を食べ尽くす。小笠原諸島の無人島では、すでにノヤギによる大きな被害が出ていて、1994年から東京都は捕獲を始めている。草がなくなり植生破壊された結果、土砂の流出が起こり、海の生物や鳥類にまで悪影響を及ぼしたのだ。同様のケースが八重山でも懸念されていて、被害の出始めた鳩間島や新城島では一部捕獲されているとのこと。
ほかにも今まで八重山にはいなかったクジャクやキジも問題になっている。捨てイヌ・ネコも野生化すれば立派なハンターになる。鑪さんは「人間と生活していた動物は、野生の動物が持っていない病原菌(人には影響しない場合が多い)を持っているので、生き物を捨てるのは絶対に止めるべきです」と力説。人間の自分勝手さが、想像以上に自然の生態を変えているようだ。
 

人と野生動物の関係

西表島は生物の多様性に富み「東洋のガラパゴス」と呼ばれることもある。地域の人々は昔から野生生物と親しんできた歴史を持ち、人里も夜になれば野生動物が身近な距離までやってくる。今後も人と野生動物がバランスを保って共生していける島であることを願わずにはいられない。

 
~バードサンクチュアリとアンパル~

アンパル干潟に生息する野鳥たちのサンクチュアリ(聖域)が危ない
全国の動きに小さな最南端の諸島が連動してきている。
いよいよ、大都市からのターゲットになりだした八重山。
コントロール可能な形で八重山の自然は持続可能になのか。心配は尽きない。
八重山の自然に生きる野鳥観察を30年以上続けてきた日本野鳥の会八重山支部の元支部長の崎山陽一郎さんに、八重山の自然の魅力やアンパル干潟について聞いてみた。

崎山陽一郎

崎山さんはいう。自然愛好家はバードウオッチングから、生態系・地域・ヒトと、関心は展開していくものだと。なおその延長に、ヒトの住む地域の生活、歴史、文化と広がるとき、自然の生態系に深く精通する心構えが必要になるとも。また、ツアー業者には、自然全般についての知識が必要となることはもちろんだが、自然に負荷をかけないよう、十分こころがけ、法律で規制される前に自主規制をするべきであると崎山さんは考えている。

恵まれた島

「石垣島のような小さな島に、沖縄県でもっとも高い山がある。しかも島の中に平久保から屋良部崎までほぼ連山をなしています。山が多く深い。となると水が豊富で、川もある程度の規模のものとなる。湿地も多い。水田もあり、作物の生育に適している。河口にはマングローブがある。魚の産卵場であり、野鳥の憩いの場であり、休息の場でもある。恵まれた島であることが言えると思います」と、崎山陽一郎さんは、山水景観を特長に挙げた。西表島も島のほとんどが山岳地帯。西表も確かに水は豊富だ。
八重山諸島の自然の魅力は、多くの山が生み出す水が核となる。それが多様な自然環境を生み出し、そこで織りなされる動物たちのドラマが、人をひきつけているのかも。太陽の日差しは南国で、美しい海に囲まれていても、この水が豊かでなければ、ちがって見えたかもしれない。だから観光客に人気があるのも、そこからくる雰囲気も影響しているかもしれない。ふと、崎山さんの話で思い当たった。
 

もろい島嶼の自然

「日本にとって、亜熱帯の地域は、貴重な資源ですよね。ところが、そこに住んでいる人間にはわからないんですよね。四季がはっきりしている本土の人から見れば、非常に魅力ある場所ですよね。それを、長く持続可能に、しかも賢明に利用するにはいかに保護に力を入れるべきか」それが大事だと崎山さんはいう。
「こういう貴重な自然は、ちょっとでも手を加えると、ガラッと変わってしまうことがある。自然破壊につながるこになります。」と崎山氏。
 このもろさが、島ではあまり知られていないらしい。
「一般に、島嶼の自然は非常にもろいといわれます。ちょっと手をかけただけで、自然の生態系はガラリと変わってしまう。ですから、八重山も放っておけば自然が壊れてしまう危険性があるのです。これは南洋諸島のどこでも、同じです。そういう報告が出ています」とのこと。
「それを、ムチャクチャに利用してしまえば、自然破壊につながってしまうことは目に見えている。」とも。
 

干潟の乾燥化

「昔のアンパルは、底生生物が豊かだった。ところがそれが次第に少なくなっています。今も、少なくなりつつある」
 土地改良による赤土の流入や、排水溝を3面張りで作ったために、コンクリで水の浸透がシャットアウトされ、乾燥化が進んだせいではないかとい?う声もある。
「アンパルは、ずっと奥まで続いているんですが、乾燥化がはじまって底生生物が少なくなったと考えられます。ただ、調査されていないので、あくまでも、考えられるということですが」
 日本野鳥の会八重山支部は、31年前にできている。1972年に結成し、当時は、探鳥会というと必ずアンパルでの実施に決まっていた。ところが、ここ20年、アンパルで探鳥会はおこなわれなくなってしまった。
「アンパルの後背地でやる以外は、ほとんどなくなりました。平田原だとか、新川川の河口だとか、バンナ公園だとか、探鳥会の場所をほかに移しています」
 

観光ラッシュ

 八重山観光が年間70万人規模に向かって増える一方の中、不安を感じる人は少なくない。
「私はエコツーリズムには期待している一人です。環境に負荷を与えない、持続可能にかしこく自然を活用するというのがその本来のありかた。いわゆる、エンジン付きのボートではなく、カヌーで川をさかのぼり、自然を大切にするツアーです」と安心する崎山氏も少し不安も感じているという。
 右肩上がりに観光客が増えてくると、この案内役は仕事を消化しなくてはいけない。となると、将来どういうかたちにするかが気になる。
「カヌーを使用したからといって、免罪符のように許された行為ととって、何隻ものボートが、一斉にそこら中を攪乱していく」こと。
また「アンパルにはバードサンクチャリ(野鳥の聖域)と呼ばれる場所があります。マングローブの中に、マングローブが生えていない箇所があり、そこを満潮になるとカヌーがそこまで入っている。そうなるとサンクチュアリ(聖域)でなくなってしまう」という。
 本来、純粋にはエコツーリズムは島・集落の歴史、その背景や文化や方言など、複合的にガイドするはず。だが、どうも違う傾向にあるのが識者の間では問題視されている。
ただここは、業者をかばうなら、文化系のバリエーションをメニューに組む前に、客が増えて、受け皿づくりに力が入ってしまったともとれる。カヌーを使うことが免罪符的と問題視されないよう、早く島の生活・歴史・文化系メニューを充実させる必要があるようだ。まず、過剰な体験サービスへの依存こそ、改めるべきでは。
 

3つの対策

これらの対策を尋ねると、簡単ではないことを崎山氏は前置きして、
「まずは、自然の聖域の維持は必要ですね」と崎山氏。
「あと、自然は有限のものだと私は思う。これはあたりまえのことですが、これを人は忘れてしまう」
 なるほど、無限に感じるのは、個人一人が大自然の前に立つ場合の無力さからだ。この際問題なのは、目前の多様な生物がひしめく豊かな自然だ。それは、動物たちが食物連鎖で密接につながりあう、限りある自然。
「最後にもうひとつ。美しい自然景観を永久に保持したい、後世の人にも残したいという思いを、もつことではないですか」と崎山氏。
 今、八重山の自然が再評価されている。国内最大のサンゴ礁エリアの石西礁湖の再生事業が国主体で始まり、轟川で全県に先駆け、赤土対策モデルづくりを実施している。また文部科学省の事業で、世界標準にかなう西表島の植物標本づくりが始まっている。いままで亜熱帯八重山の特殊性が見落とされていたのだ。国レベルで八重山の再評価が始まる中で、地元でも観光客の様子で、実感できるものがある。
 環境省は、10月2日の中央環境審議会で、11月1日よりアンパル干潟を国の鳥獣保護区に指定することを了承した。指定が官報に載り、11月1日を迎えれば、ラムサール条約の指定可能な干潟にアンパル干潟はなる。
 あとは2005年のラムサールで行われる会議をまって、指定が実現?することになるのだ。長年、要請してきた人々の願いがそこでようやく叶う。最後に崎山さんは言った。
「探鳥会開催地をアンパルに戻したい。それが私の願いです」

 
~八重山の自然と絶滅危惧種イシガキニイニイ~

「豊かさ」は種類も数も十分あることだ。国内のセミ約30種の内の3分の1が、八重山諸島にいる事実は、八重山の自然の豊かさを示している。しかし、その個体数が減れば、やがて種類数も失うことにもなる。いまある八重山諸島の生物の多様性は、
イシガキニイニイを通して見た場合、ある種の「ナゾ」に支えられた、もろさが浮き出てくる。
イシガキニイニイに詳しい島村賢正氏に話を聞いた。

島村賢正

「沖縄、石垣、西表では、自然の多様性を減らす方向に進んでいます。小さい島では、あっという間に自然は崩壊します」と、島村賢正氏は、島の将来を心配しています。

不思議なイシガキニイニイ

「私のイシガキニイニイとの出会いは、大学の恩師からの採集依頼からです」と島村さんは農学部で昆虫を研究する恩師から、当時まだたくさんいたイシガキニイニイの採取を依頼されたのがきっかけだという。「1981年に依頼され、2・2個体を送りました。私が最初に知ったころのイシガキニイニイは、米原キャンプ場の駐車場あたりから富野小学校あたりまで、今よりずっと広範囲に生息していました」
 これが1990年頃の前後から少なくなり出したという。
当時のヤエヤマヤシ林の中は細い道しかなかった。遊歩道を整備してから道幅が広がり、道の周囲が開けてきたという。
「入り口駐車場も整備され、店ができたことと観光客が増えたこと、変化はそれぐらいです。全体から見ればほんの一部分で乾燥化があったとしても、それが個体数の減少とつながるようには思えません。しかも、今、このセミが見られるエリアが、人のよく入る場所に近いというのも、理由がつきません。とにかく、不思議です」
 

国内のセミの種類の3分の1

「国内には約30種のセミがいます。その内の10種が八重山のセミです。なかでも、イシガキニイニイは石垣島の米原のヤシ林にしかいません」
 セミの種類だけを見ただけで、八重山の生物が多様性に富んでいることが分かる。
「山があり、川があり、平地があり、環境的にこの島は多様に富んでいるのです」
 一般論でいわれることに、小さな島嶼地域では、生物の種の分化が早いという。
 これを八重山に当てはめて、断言はできないものの、生物の種類が多い島であることは、間違いないだろう。小さな島でしかも、多様な地形が影響している。
 

解けないナゾ

「1981年頃は、ヤシ林の外でも見られました。あの売店前の駐車場の外でも鳴いていました。バショウの茎にも、とまってました」
 今よりは広範囲なエリアにいたが、なぜか米原のヤシ林の周囲だけにしかいない。これが不思議だった。
「ヤエヤマニイニイは石垣島・西表島の広い範囲にいますが、このイシガキニイニイは米原にしかいません。石垣島や西表島を広範囲に調べましたが、どこにもいませんでした」
 イシガキニイニイは、一見した姿や鳴き方はヤエヤマニイニイとそっくりだという。ところが捕まえて後ろ羽を見て、はじめてこの種であることがわかる。
 この小さな違い持つセミがこのヤシ林の周囲だけにいるという不思議さ。これは、未だに解明されていない。ほかの場所に飛び移って、そこで卵を産んでもおかしくはないはずだ。生息域を広げてもいいはずなのだ。
 

規制しても絶滅の危機

イシガキニイニイは、1971年に林正美さんが発見。以来、前世紀最後の新発見のセミとなった。2002年に国内希少種野生動植物種の保存法の対象希少種に指定された。
「今年は、数匹が鳴くのを聞いただけです」
 深刻なのだ。環境省のモニタリング調査では5匹が鳴き声で確認されただけ。現時点では、姿を見つけることは不可能に近いという。
 環境省は、今年11月1日から米原のヤシ林にイシガキニイニイのための立入禁止区域を指定し、規制する。もちろん立入禁止区域以外からも、セミの鳴き声は聞こえます。ただ、羽化するエリアとなる一帯はその時期に、モニタリング調査や監視などの取り組みがおこなわれる。ただ、この規制がイシガキニイニイの減少を抑制すると思ったら大間違いで、実は減少の原因がわからないままにあり、とりあえず最後の生息域が荒らされないようにするだけの措置といえる。
 

原因は天敵でもない

「このセミの天敵も詳しくは調べられていません。天敵と考えられるのは、ヒヨドリ、カラスなど。羽化する時期はサソリモドキやムカデ。孵化の直後はアリですか」
 これらが、大量発生しているわけでもなく、マニアが乱獲しているようにも見えない。他の場所から侵入するセミに生息地を追われているわけでもない。
 環境が大きく変わった形跡も見られず、また最後に残る狭い生息地エリアが、観光客が出はいりする駐車場に近い場所で、鳴き声は観光客が聞ける場所で、何がどうして生息数を減らしているかまったくわからないのが、このイシガキニイニイの減少状況だ。
 また、絶滅が近いという証拠があるわけでもない。というのも、絶滅が近いと近親交配の影響で奇形が出てくるが、そのような兆候はみられていない。
 埼玉大学の林先生は、以前のものと比較しても劣化は見られないとのこと。
 

開発がすすむ八重山

「最近、山裾が切り開かれて、農地や牧草地が増えてきました。この八重山、石垣の生物の多様性がどういう風に変化しているか、心配です」
 人は確かに、自然の中で暮らしたいという思いは、誰もが持つもの。しかし、そうすると、その自然を壊すことになる。ジレンマがある。
「壊さないで、どう暮らすかを考えることもありますが、私は、もう人間は人の住む場所で住み、自然の中に別荘を造ったりするのは、もう止めた方がいいのではないかと思います」と島村氏。
 島出身者を含めて、島外から移住した人も山裾を開拓するのは、遠慮するのが普通の感覚だろう。ところが、本土では軽井沢のような別荘地で有名な土地がある。
 そこと同様に考えるのだ。本土の感覚の延長で移住する者は、土地を手に新築し、一足飛びに住人になり、権利を主張できるのが現状だ。これについて島村氏はいう。
「自然の中で暮らしたいという気持ちは確かに分かりますよ。のんびりと、見晴らしはいいし空気はいいし。特に山裾は見晴らしがいいですから。でも、自然が破壊される」
「そういう場所で暮らしたいとする気持ちも分かるんですが、我々も含めて、人の欲望を抑えて、人が住むのは市街地にする。今は交通手段も発達したから、時々自然の中に出かけ、癒されるというのが、いいのではないかと思いますね」
 

残すところは残す

「全部が全部否定するわけではないんですが、残すところは残すべきでは。利用するところは利用する。計画的にしていかないと、八重山だけではなく沖縄の自然の多様性は失われてゆきます。八重山の自然を愛するのであれば、自然環境を攪乱してしまう自然の中の別荘建設などはやめていただき、つくるなら市街地でつくって、市街地から自然のある場所へ出かけてほしいですね」。その通りだと思う。

 
~自然のバランスを保つのが大切~

八重山の自然のすばらしさに惹かれ石垣に移住、海の生き物を中心にその形を点描画やイラストなどで記録し続けてきた熊谷さん。
作品集「美しい自然があるからみんな元気で生きられる」を出版し、本誌10月号でも紹介しているが、今回は海の生き物について、熊谷さんが感じていることをお話していただいた。

熊谷溢夫

1936年、石川県金沢市出身。金沢美術工芸大学彫刻科卒。東京でイラスト、デザインの仕事をする。東京日本橋高島屋、船の科学館、トヨタ記念館などのイラストを描く。30歳過ぎて中米、東南アジアを訪ね歩く。石垣島に来て「海の生き物たち」を手がけて20年。作品に「屏風山のハブ」の切り絵などがある。

海で思うこと

以前は、冨崎の海岸でも岩場に行けばタカラガイがたくさんいたんですよね。ここ5、6年の間に急激に減った気がします。キイロ・ダカラ、ハナビラ・ダカラ、タル・ダカラを見かけました。ヤコウガイやホラガイもほとんどその姿を見ることがなくなりました。大柄な貝で磨きをかけると美しいので、飾り物としても人気があり、お土産屋さんでよく見かけます。それらの貝が八重山の海でひっそりと暮らしていてくれれば…、人間の手によってとり尽くされないといいですね。
ホラガイは最近、異常発生しているオニヒトデの天敵です。ホラガイがいれば、オニヒトデの個体数は保たれるはず。オニヒトデ駆除という形ではなく、バランスが保てれば最もよい形だと思います。食べるとおいしいタカセガイやシャコガイは、養殖して放しているようですが、これも増えすぎないように注意すべき。養殖が悪いということではなく、やりすぎは危険ということです。
名蔵のアンパルの河口付近の海で息子と泳いだとき、海に飛び込むとヘドロがもわーっと広がって、息子はすごく驚いていました。干潟の環境が悪化すると、干潟の生物だけでなく、それをエサとしている野鳥も減っていきます。
 

私たちにできること

漁業、行政の関係者でない私たちにできることは、自然をできるだけ汚さないように気をつけることではないでしょうか。空き缶やタバコのポイ捨てなどは絶対やめるべきです。海岸でバーベキューをしたらゴミを残さず帰るとか、自分の目の届く範囲はゴミを拾って帰るとか。地元の人は特に、八重山では自然が観光産業の資源となっているので気をつけるべきだと思います。子や孫の代のことを考えれば、それがいかに深刻な問題になるかわかると思います。
 

アフターケアも必要

新しい観光施設を作るとき、必ず賛成の人と反対の人が現われますよね。作る前に話し合いを持つこと、できあがった後の問題解決が大切だと思います。人間が増え、産業も大切なのはわかるけれど、後に自然破壊につながっているとわかったらアフターケアしていくべきではないでしょうか? 産業施設を作る側は事前の投資だけでなく、将来を考えた投資も覚悟すべきじゃないかと思います。

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