谷崎樹生の八重山夏の自然観察入門

自然に嫌われない地球人になるために

 島の子どもたちは、大きくなると一度は島を出て外の世界で生活するでしょう。だからその前に島の歴史や文化だけでなく、自然についてもある程度は理解しておいてもらいたいものです。世界中どこに行っても、根っこは自分の生まれ島に、しっかり元気に自信を持って、下ろしておいてほしいと思います。

波に揺られて

 はじめてシーカヤックに乗ったとき「これは海の自転車だな」と思いました。エンジンがありませんから騒音も振動も排気ガスもありません。パドルの水音だけで、ほとんど引き波も立てずに水面を滑るように進みます。風や流れに逆らって進むときは、自転車で坂道を上るように、少々本気を出さねばなりません。船上から見る岸辺の風景も、視点が低いためか、とても新鮮です。岸辺の鳥たちの気配に気をつけて、なるべく驚かせないようにすれば、おそらくシーカヤックほど自然に対してローインパクトな自然観察グッズはないでしょう。排気ガスどころか足跡さえ残さないで深く静かに自然の中に侵入できるのですから。(自然観察者にとって一番大切なことは「自然にとっては自分は侵入者なのだ」ということをいつも忘れてはならないということです)。

自然観察のコツ

 「世間で私をどう見ているかは知らないが、自分自身としては、波打ち際で戯れる一人の子供のようなものだと思っている… それは、真理の大海がその子の眼前に探求されぬまま無限に広がっているのに、ときたま普通のよりは色鮮やかな小石や美しい貝殻などを見つけて喜ぶ子供のように。」
 これは、万有引力の法則を発見し、力学の基礎を築いたアイザック・ニュートンの言葉です。
 あなたの目の前の風景はただ一つの現実でしかありませんが、そのただ一つの現実の中にも無数の真実が隠されているのです。まさに自然はニュートンの言うように無数の真実を秘めた未知の大海なのです。あなたが自然を注意深く見つめればたくさんの「?」に次々に気づくはずです。答えはすでに用意されています。無数の真実があなたに気づかれるのを待っています。ただし、急いではいけません。思い込みは禁物です。冷静に現実を見つめ、パズルを解くように、一つ一つ事実を確認しながら、隠された真実を暴いて行きましょう。あせってはいけません。答えはすでに用意されていますが注意深く観察しないと問題にさえ気づかずに通りすぎてしまうことが多いのです。

 なお、自然観察による自然の攪乱や破壊を最小限にとどめるため、自然観察者は常に自分は自然への侵入者であることを忘れてはいけません。それと同時に人の視点ではなく観察する生物の視点で物を見ることも心がけたいものです。
 石や倒木をそっとひっくり返して観察した後は、ちゃんと元に戻しましょう。あなたが石を動かしただけで死んでしまう生き物がたくさんいることを忘れないでください。

干潟に立つナゾの葉っぱ(いつ・誰が・何のために………?)

 潮が引いたアンパルの干潟には、たくさんの枯葉が葉先を上にして立っています。これじゃ「落ち葉」じゃなくて「立ち葉」だね。などと洒落ていないで、まじめな自然観察者は「いつ・誰が・何のためにこんないたずらをしたのか」を突き止めねばなりません。「立ち葉」をそっと抜いてみましょう。すると根元に何物かがかじった新鮮な食べ跡が見られます。私は長い間「犯人はカニさんだ」と思っていました。ところが最近ついに真犯人を突き止めました。潮が引いたばかりの干潟で、体を思いっきり伸ばしたゴカイが葉っぱをくわえて自分の巣穴に引きずり込んでいたのです。犯人はカニだと思っていたのは実は誤解(ゴカイ)だったのです。よく見ると「立ち葉」の立ち方も、根元のほうがほんの少しだけ干潟につき刺さっているものから、半分以上深く埋もれてしまったものまでいろいろあります。おそらく満潮時に潮が差して緩んだ砂の中で、ゴカイは体をくねらせて大切な食料を少しずつ少しずつ巣の中に引きずり込んでいるのでしょう。「立ち葉」を抜いて観察したあとは、必ず元に戻してあげてくださいね。

オカヤドカリの引っ越し大乱戦(バトルロイヤル)

 日差しの弱い日なら昼間でも浜辺でえさを探しているオカヤドカリたちを見かけます。腐りかけた魚の死体や果実にはたくさんのオカヤドカリが群がっているのが見られます。ところが、餌らしい物は何もないのに大勢のオカヤドカリが集まって何か大騒ぎをしていることがあります。何事かと思ってよく見ると、けしからんことにみんなで一匹のオカヤドカリをいじめているのです。この一匹のいじめられっ子は体の割に大きな立派な貝殻を背負っています。どうやらそれがいじめの原因です。みんなでこの子の家を乗っ取ろうとしているのです。いじめられっ子は殻の中に体を縮めてじっと我慢です。そのうちいじめっ子同士で順位決定のための大乱戦が始まります。やがて乱闘も終わり、いじめっ子たちはランキングに従っていじめられっ子を中心に数本の列に並びます。時には見事な一列縦隊になることもあります。いじめに耐えられなくなったいじめられっ子が殻を捨てると、No1がその殻に引っ越し、No1の殻にはNo2が、No2の殻にはNo3が………そして、最初に殻から追い出されたいじめられっ子はというと、もちろん行列の最後尾に回るのです。

ハマユウの知恵(子どもを思う親心)

 長い茎の先に白い花をたくさんつけるハマユウ(ハマオモト)の姿は夏の浜辺でよく見かけますが、おもしろいのは花が終わってからなのです。花が散って花の付け根が膨らみ、実が生長し始めると茎は徐々に傾き始めます。実が大きく膨らむころには完全に地面に横たわってしまいます。やがて実が熟すと白っぽくて丸い大きな種が出来上がります。種は台風の高波にさらわれて流されますが、波に洗われなかった親株の回りにはたくさんの子株が育つことになります。

干潟のベルトコンベヤー(タテジマユムシ、食事中です)

 潮が引いた干潟の浅い水たまりの中にあやしくうごめく砂のリボンがあります。ちょっと触ってみると素早くズルズルッと縮んで砂に潜ってしまいました。この不思議な干潟のベルトコンベヤーは、ミミズやゴカイの親戚タテジマユムシのくちびるなのです。このユムシは干潟の表面にたまった有機物を砂粒と一緒に長く伸ばしたくちびるですくい取り、繊毛運動で粘液と一緒にベルトコンベヤー式に口に運ぶのです。

干潟で見つけた一筆書き(イソギンチャクを背負ったタケノコカニモリガイ)

 干上がった干潟に幅2~3cmの浅い溝がクネクネと続いています。この一筆書きの終点をほじくると、皮を剥いた細い竹の子のような巻き貝が出てきます。一筆書きはタケノコカニモリガイが砂の中をはい回った跡だったのです。この貝の背中にイソギンチャクが乗っかっていることがあります。タケノコカニモリガイは砂の中をはい回るときいつもイソギンチャクが付いているところを外に出しているのです。

どうにかなるさ(この木のたくましさ?を身よ)

 日本の森の木の死因の第一位は「風倒」つまり風で倒れることです。台風の多い八重山でも特に海岸林の木たちは、風と波の影響でよく倒れます。ところが中には倒れても傾いてもちっとも気にせず平気で生長し続けるとてもたくましい木たちがいます。ユウナ(オオハマボウ)は街路樹や公園に植えると普通の木のようにまっすぐ立って育ちますが海岸では寝転がって枝を目茶苦茶に伸ばし、バリケードのように育ちます。アダンは御存じのとおり気根を下ろし、トゲトゲの葉を茂らせ、どこからどこまでが一本の木なのかわからないような近寄り難い茂みを作ってしまいます。マングローブのメンバーでもあるシマシラキの老木は芸術的な樹型を見せてくれます。複雑に枝分かれする滑らかな幹は、地をはうようにクネクネとのたうち、幹と根の区別ができないような不思議な姿になるのです。長生きの秘訣は「形にこだわらないこと」なのかもしれません。

浜辺のライバル(ソナレシバとミルスベリヒユ)

 波あたりの弱い浜辺の砂地に生えるソナレシバ(磯慣れ芝)とマツバボタンのお化けのようなミルスベリヒユは宿命のライバルです。二人はじつは同じ場所を一人占めしたいのですが、お互いの存在が邪魔をして、仕方なしに住み分けているようです。ソナレシバは堅実派、丈夫な茎をはわせてしっかり根を張り着実に領地を増やして行きます。ミルスベリヒユは折れやすい茎を素早く伸ばし、邪魔物があってもその上にどんどん乗っかっていきます。

何でも有りの繁殖戦略(シダ植物)

 森の中にはたくさんの種類のシダが生えています。「シダかな」と思ったら葉の裏を見てください。たいていのシダは成熟すると葉の裏で胞子を作ります。胞子を作るカプセルを胞子嚢といって、その並び方は種によって実にさまざまです。胞子は風に飛ばされ湿った地面や岩の上、時には木の上でも発芽し前葉体という小さな深緑の葉っぱのようなものを作ります。前葉体の裏側では有性生殖が行われ、やがて小さなシダの赤ちゃんが産まれます。これがシダ植物の一般的な増え方ですが、中には変わり者もいます。胞子を作るための専用の葉を持つもの(イリオモテシャミセンズル・シロヤマゼンマイなど)、葉の表面や先端に小さな苗(無性芽)を作るもの(タイワンコモチシダ・オオヘツカシダなど)、葉の付け根が栄養を蓄え芋のようになって新しい株を作るもの(ナンヨウリュウビンタイなど)のように実にさまざまな繁殖戦略を見せてくれるのがシダ植物なのです。

水面に潜む忍者ガニ(フタハオサガニの潜望鏡)

 干潟の浅い水たまりのそばで、しゃがんで水面に空を写してみると、銀色に光る水面のあちこちに、小さな細い待ち針の頭のようなものが二本ずつ並んで立っているのが見えます。水面下に潜んで外の様子をうかがっている忍者・フタハオサガニの眼なのです。フタハオサガニを捕まえたら足の周りをよく見てください。小さな紫色の二枚貝・オサガニヤドリガイがカニの毛にしがみついているかもしれません。

ハブカズラの保険(安全第一・備えあれば憂いなし)

 森の中で、ヒカゲヘゴやカシの木の幹にはい上っているカズラです。葉はツヤのある緑で、観葉植物のポトスやモンステラに似ています。地面をはっているときのツルは細く、葉も深緑色の小さなポトスのような葉です。ところが、これが一旦木に登り始めると大変身するのです。上に行くほどツルは太くなり、大きな切れ込みの深いモンステラのような葉をつけるようになります。どうやらハブカズラは光が充分にある木の上の大きな葉でせっせと光合成をして養分を太い茎に蓄えているようです。さらにすごいのは、節々から出す気根です。ハブカズラは木に登ったツルの節々から気根を出し、気根は幹をはい下り地面に着くとしっかり根を張るのです。一本の細いツルではい登り、たくさんの気根を下ろし、おまけにツルに栄養を蓄えてしまうハブカズラは、いったい何に備えているのでしょうか?
 一本のツルだけでは根元を切られたときの被害は甚大です。ハブカズラのたくさんの気根は言わば保険のようなものです。

海星での契り(カスリモミジガイの結婚)

 底地ビーチや川平湾のような細かい砂の干潟には、カスリモミジガイと言う変な名前のヒトデがいます。砂色で絣模様がある地味なヒトデです。砂の中の有機物を食べて砂をきれいにしてくれるおとなしいヒトデです。素手で触っても大丈夫です。ところがこのヒトデは名前だけではなく行動もちょっと変わっているのです。写真のように重なりあっていることが多いのですが、下が雌、上が雄で、これはヒトデの結婚なのです。

蝉の抜け殻(小さな違いわかるかな?)

 「今日も暑くなるぞ」と言うように、朝早くからクマゼミが力いっぱい鳴いています。御獄や公園の木の幹にはセミの抜け殻がたくさんくっついています。夕方幼虫を捕まえて、夜遅くまで羽化の様子を観察するのも楽しいものです。ところで、意外と知られていないことですが、セミは幼虫でも抜け殻でも雌雄の判別ができるのです。腹側から見るとお尻の先の少し前に、雌には産卵管を覆う鱗のようなカバーが付いています。

ノミの夫婦といそうろう(オオジョロウグモの家庭の事情)

 大きな巣に黒と黄色の毒々しい模様の大きなクモを見たことがあるでしょう。それがオオジョロウグモです。とても怖そうなクモですが触らなければ危険はありません。近寄ってよく観察しましょう。大きな黒いクモ(じつはこれが雌)に寄り添うように小さな赤いクモが同居していたらそれが雄です。もっと小さな小さなクモが巣の端に何匹かいたらそれはイソウロウグモです。雄はどこからやってくるのか? 居候はなぜ追い出されないのか? オオジョロウグモの家庭はなかなか複雑です。

危険な動物たち

サキシマハブ
 夜間カエルのいるところを歩くときは要注意です。海岸から山奥まで水たまりのあるところにはオタマジャクシが、オタマジャクシがいるところにはカエルが、カエルのいるところにはサキシマハブが必ずやってくると思ったほうがよいでしょう。

ヤマンギ
 クヌギカレハなどの蛾の幼虫(毛虫)です。森の中で木の幹などにピッタリ張り付くように保護色で隠れています。うっかり触ると鋭い毛が刺さり、毒液が注入されて激しく痛み、ひどく腫れ、治るのに何ヵ月もかかります。森の中では足跡だけではなくどこに手を置くかも問題なのです。

ハブクラゲ
 波の静かな浅瀬に寄ってくる毒のある長い触手を持つ透明なクラゲです。大きいものでは触手は2mにも伸びます。縮んだ触手は青黒く色づいていますが、伸びきったものはほとんど見えません。とても賢いクラゲで人の気配に敏感に反応します。

ハナブサイソギンチャク
 浅い砂地の底に穴を掘って住んでいます。一本一本の触手が杉の木のようで、全体はカリフラワーのようです。色は白っぽい砂色からこげ茶色までさまざまです。触ると毒針をまき散らして穴に潜ってしまいます。

イモガイ類
 食用になるマガキガイによく似た形の巻き貝です。普通の巻き貝とは反対側がとがっています。鋭い毒矢で刺し、人を殺すほどの強力な神経毒を持っている種類もあります。

(情報やいま1998年8月号より)
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